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章題はまだ未定です(
「はい。大丈夫よ。そのまま、そのまま……。よし、いってちょうだい」
「──【キマイラブレス】!」
アマンダの合図に頷いたクロウ・カシスが魔法を発動する。
すると次の瞬間、クロウの口から激しい炎が放たれた。
炎は標的用にと立てられていた丸太を焼き尽くし、完全に炭化させる。
「……うん。いいわね。魔力の制御も上手に出来ているわ。さすがよ」
「ふう。ありがとう、アマンダ殿」
「いいのよ。気にしないで」
アマンダが、私も見たことがないほど優しい目をしてクロウの逞しい肩をねっとりと撫でた。
仲がいいようで何よりだ。
◇
魔大陸から連れてきた白いゴリラは、ゴルジェイと名乗った。
しかし私の言葉を聞いていた彼は、すでにゴルジェイは死んだ身であるから、天国ではクロウ・カシスと名乗ると言った。まだ生きているのにもう死んだ後のことを考えているとか、黄緑色の巨人から飛び降りた時もそうだが、ちょっとせっかちな獣人であるようだ。すばやさが上がりやすそう。
クロウは半分魔力生命体みたいな生態をしているらしく、地面にめり込んだダメージはほとんど無かった。
バレンシアもどこか浮世離れした雰囲気をまとっているし、獣人というのは変な奴ばかりだな、と思っていたら、どうやら違うらしい。
クロウの方もその体質は死んだからだと思っていたらしく、しばらく話が噛み合わなかったが、後になってようやくわかった。
こちらにやってくる直前、クロウは生命力とかいう謎のエネルギーを使い果たし、もういつ死んでもおかしくない状態だったという。
しかし私が渦を使って分解再構築をしてしまったせいか、その肉体に魔素が練り込まれ、それが生命力とやらの代わりをするようになったようだ。
獣人の存在のうち、生命力が占めていた割合はおそらく半分程度と思われる。と言っても生命力とは生命の力そのものであるようで、血や骨、肉の一部など、そういう物質的な部分にも多く含まれていた。
力というより、概念とか考え方みたいなもののようだ。
それが失われるという事がいかに異常な現象であるかに気付いた私はちょっとゾッとした。
なるほど、そんなものを対価に支払ったというなら、星の力なんて非常識なものも呼べるはずだ。魔素だの魔力だのよりもよほどファンタジックである。
そんな生命力の代わりにファンタジックでない魔素が練り込まれてしまったクロウは、半魔力生命体と化していた。
基本的には普通の人間と変わらないが、潜在的な魔力量が桁外れに多い。マルゴー人以上、完全魔力生命体だったギーメル未満といった感じだ。
そのせいか、魔力を使いすぎると向こう側が透けて見えるようになる。
やっぱりファンタジックじゃないか。ゴリラだし、ファンタジックビーストかこいつ。
ただ残念ながら、生前に失った視力は魔力生命体になっても戻ることはなかった。いやまだ一度も死んでないから生前のままだが。
さらに、血の色も蛍光の緑になっていた。なんかそういう映画があった気がする。クロウは半透明になったりもするし、もしや新種の捕食者なのでは。
一応、向こうに帰りたくないのかと聞いてみたが、死人が生き返るべきではないと言って断られた。
まだ勘違いしているのか、それとも全て察した上で、あれだけ死ぬ死ぬ詐欺をしておいて実は死んでいなかったと言って戻るのが恥ずかしいだけなのかはわからない。
とりあえず、せっかく豊富な魔力があるのだから、魔法を覚えたほうがいいだろう。
そう考えた私は、クロウに魔法を教えることにした。
しかし学園でも魔法実技を見学している私は、同年代の他の学生よりも使える魔法が少ない。私が教えられる事はそう多くはないだろう。
「──お困りのようね」
お困りでいたところ、どこからともなくアマンダが現れた。
「もしかして、そちらの美丈夫に魔法を教えたいけれど優秀な教師がいない、とかで困っていたりするのかしら。奇遇ね。私、こう見えても魔法が得意なの」
彼女は流し目をクロウに向けながらそう言う。
残念ながらクロウは目が見えないのでその蠱惑的な表情には気付かなかったが。
ついでに言えば、私以外の言葉もわからないので何を話しているのかもわからないはずだ。
しかし見計らったようなタイミングで現れたものだ。どこかで見てたのかな。
クロウの通訳兼語学教師として、マルゴーからバレンシアを呼んだ。
バレンシアはマルゴーの本邸でマイヤにみっちり指導を受けていたらしい。
少し見ない間に随分とメイドとしての動きが洗練されていた。
これならば、王都でも他の貴族家のメイドに引けは取らない。
「ご無沙汰しておりマス。お嬢サマ」
でも独特のイントネーションはそのままだった。
まあこれもチャームポイントと言えばチャームポイントなので、別に問題ない。
このチャームポイントまでマッシヴゴリラのクロウに引き継がれてしまうとちょっと違和感があるが、まあ何とかなるだろう。
クロウはバレンシアに通訳をしてもらいながらアマンダから魔法を習うことになった。
本人の申告ではクロウは研究者であるということだったが、そんなマッチョな研究者がいるかと私は信じていなかった。
しかし通訳を受けながら魔法を習っていく過程で、クロウは勝手にインテリオラ語を習得していった。
そのあまりの早さはクロウの脳の柔軟さと吸収の良さを示していた。研究者はちょっと盛りすぎだとしても、日常的に頭を使う仕事をしていたのは確かかもしれない。
さすがはゴリラである。森の賢者と呼ぶ地域もあるようだし、獣人たちの中でも特別頭が良い種族なのだろう。
少なくとも言語習得能力については私よりも上であるのは確かなようだ。まあ私はチートのお陰でもう新しく言語を覚えたりする必要も無いわけだが。
アマンダが彼に教えた魔法はアマンダのオリジナルの魔法であるようで、彼女もさすがは結社の元幹部だけあり、魔法に関する造詣が大変深いようだった。
【キマイラブレス】は魔力を体内で練り上げ、圧縮し、属性を付与して口から吐き出すというものだった。
両手が塞がっていても問題なく魔法発動が出来るということで、アマンダは重宝しているらしかった。言うほどそんなに両手が塞がった状態で魔法が必要な事ってあるかな。特にアマンダなんて武器使わないのに。
魔物は両手というか、前脚で身体を支える四脚型も多いので、ブレス系の魔法というのは種類としては実は豊富らしい。ただ、人間の体型には合わない──手があるのでわざわざ口で魔法を使う必要がない──ということで実用化の研究をしている者が少ない。
アマンダはなぜわざわざこれを研究しているのだろう。
と思ったが、並んで口から炎を吐くアマンダとクロウは何かその様子がとても良く似合っていたので、細かいことは別にいいかと思う事にした。




