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──バカな……いくら世界の中心と言っても……これは……さすがに……自己中心的すぎる……だろ……う……。
そんな断末魔の囁きを残し、ゲブラーの巨大な身体が崩れていく。
手や脚の先からひとりでに分解されていき、地響きを立ててパーツが落下する。
胸の巨大な宝石だけは最後まで空中に残っていたが、それも徐々に曇っていき、端からボロボロと崩れて風に吹かれて散ってしまった。
しかし自己中とは失礼極まる断末魔だ。
そもそも、私の事を世界の中心だとか言ったのは自分の方ではないか。
まあ本音を言えば私の美しさなら宇宙の中心と言っても過言ではないと思うのだが、謙虚な私は世界の中心という事で妥協しておくことにする。
「さて、と」
何故か得意げにしているサクラの手綱を引き、黄緑の方に身体を向けた。
私がゲブラーと遊んでいる間に、黄緑の巨人のエネルギーも随分と抜けてきてしまっているようだ。
人工物のようだし、どこかに操作している人間──獣人がいると思うのだが、どこだろうか。
遠隔で操作する技術があるなら別だが、無いならたぶん巨人の中にいるはずだ。
ボンジリに頼んで黄緑の巨人の前まで空気の床を伸ばしてもらい、サクラをそこまで歩かせる。
近付いていくにつれて巨人の色がさらに薄くなってしまうが、これはおそらく私の力と巨人の力が反発しているせいだろう。
ゲブラーの存在を吸い尽くしてしまったせいもあるが、そうでなくても元々私は魔力が多い。
この巨人の力が、宇宙怪樹がこの星に落ちて来たことによって地下に追いやられてしまったこの星の本来のエネルギーだとすれば、瘴気や魔素、魔力などとはさぞかし相性が悪かろう。
バレンシアの話では、獣人たちはほとんど魔力を持っていないとのことだった。
そのおかげで星の力を引き出すことが出来たに違いない。
もちろんそれだけではないだろうが、理由がなんであれどうせ私たち人間には使えない技術なので知ってもしょうがない。
巨人の目の前まで来ると、巨人の胸が突然開いた。
また何か宝石でも出てくるのかなと思っていたら、中にいたのは真っ白に燃え尽きた人間だった。いや獣人か。耳が人間にそっくりなので、猿獣人だろうか。ムキムキだしゴリラかも。
「……あんたは……。何者だ……。神か、悪魔か……。いや、どっちでもいいか。それより、助かった。礼を言う」
つい先ほどまでタップダンスバトルをしていたゲブラーを始末したからだろう。
真っ白なゴリラは私の方を見てそう言った。
目が合わない。
彼は目が見えていないのかもしれない。
それより、彼が獣人ならば彼は獣人の言葉を話しているはずだ。
しかし私には何を言っているのかがわかる。口の動きとセリフの内容が合っていない。
これはゲブラーとの会話のおかげで、彼の思念を読み取る事が出来るようになったおかげだ。
ここにきてようやく、私にも異世界転生チートの代表格「自動翻訳」が追加されたようだ。
もっと他のチートも欲しいところである。
何か返事をしようかなと思っていたら、ゴリラに遮られた。
「いや、何も言わなくてもいい。わかっている。──俺を迎えに来たのだろう?」
え、何言ってるのこいつ。
「自分の身体の状態は、自分が一番よくわかる……。俺は生命力を使いすぎた。数日くらいは息があるかと思ったが、迎えが来たって事は、もうほとんど時間が無いということなのだろうな……」
「──そんな! お兄ちゃん!」
白いゴリラの向こうにもうひとりいるらしい。女性の声だ。ゴリラの妹のようだ。
「悪魔というには、ちょっと空気が神々しすぎるな。あんたが神なら、俺が行くのは天国か。ふ、ガラじゃあないな」
もしかして、私の事をタクシーか何かと勘違いしているのだろうか。
これは遠回しに天国まで乗せていけとか言われているのか。
自動車や馬車ならまだしも、馬でゴリラと相乗りなどごめんである。
「やめて! お兄ちゃんを連れて行かないで!」
「よせ、ベル。これは仕方がないことなんだ。お前にはもっと、言っておきたい事もあったが……。今さらだな……」
「そんな……! やだよ……お兄ちゃん……!」
いや、盛り上がっているところ申し訳ないのだが、だから私はタクシーではない。
まあ、神々しいのは認めるが。
「──じゃあな、ベル。お前は長生きしろよ」
私がついていけない感情を持て余していると、白いゴリラが突然巨人の胸から飛び降りた。
いつまでも話していたら未練が残るから、とか何とか言っていた気がするが、いくらなんでも思い切りが良すぎる。
酔っ払いがタクシーを止めるために車道に飛び出すというケースが極稀にあるらしいが、それをリスペクトしているのだろうか。だからタクシーじゃないってば。
しかしこれではタクシーを止めるやり方というより、3桁回目のプロポーズを強制的に成功させるやり方に近い気がする。もしくはダイレクトに自殺。会話内容からするとそれが本命か。
ていうか、いかにゴリラと言えども、これはさすがにマジで死んでしまうのでは。
「お兄ちゃああああああん!」
「ええ……何なんですかこれ……」
しょうがないので、私は咄嗟にゴリラの落下地点に転移の渦を生み出した。
行き先は王都の屋敷のサクラの厩舎だ。
まあ獣人はすでにバレンシアがいるし、もうひとり増えたところで誤差だろう。
北の魔大陸からインテリオラへのタクシー代として、せいぜいこき使ってやるとしよう。
◇
厩舎に戻ると、土の地面に白いゴリラがめり込んでいた。
なるほど、運動エネルギーもそのまま転移で持ち越されるのか。
これ利用したら物凄く悪いことが出来そうな気がする。
が、私はいい子なのでやらない。まあそれとは関係ないが、後で誰かに石とかたくさん拾ってきてもらおう。
サクラから降りて爪先でゴリラをつんつんしていると、しばらくして意識を取り戻したゴリラが呻いて起き上がった。
生きていたのか。さすがはゴリラだ。頑丈である。
「……ぐ……俺は……ここは……天国か? 随分と、土臭い──あと獣臭いが……」
このゴリラからは色々と話を聞いたり、あと言い聞かせたりしなければならないが、その前にまずは名前だ。
さっき赤い方をヘラクレスオオカブトにすると独断で私が決めたので、こっちはコーカサスになる。
コーカサスとは、確か元はスキタイ語だかなんだかの「白い雪」を意味する言葉から来ていたはず。
頭が真っ白なこのゴリラにはぴったりだろう。
「──正直よくわかりませんが、貴方が私のところで働くというのなら、まずは名前を差し上げます。
貴方は今日からクロウ・カシスです。よろしくお願いしますね」
実は教室でタップダンスに頭を悩ませていたときからゴリジェイの生命を削って白髪にし、コーカサス役にすることは決まっていたという伏線でした。それ伏線ていうのか。
コーカサスオオカブトはコーカサスって名前についていますが、コーカサス地方に生息しているわけではありません。ジャワ島からインドシナ半島にかけての東南アジアに生息しています。
コーカサス地方は黒海とカスピ海の間に横たわるコーカサス山脈とその周辺の事を指しますので、地理的には全く関係ありませんね。
名前の由来はコーカサスオオカブトの翅の光沢が白い雪を連想させるものだったから、だそうです。
白い雪はスキタイ語でクロウカシスと言うそうで、そこから古代ギリシア語のカウカーソスを経て、英語のコーカサス、ロシア語のカフカースへと変遷していったというわけですね。
あとがきに外国のカブトムシの名前の由来について解説している作品はあまりないと思いますが、もし他にありましたら読みに行きたいと思いますので教えて下さい。あと評価★5ください(唐突




