14-18
つい、ほんの小さな声で零してしまっただけだったが、反応は劇的だった。
赤い瘴気の光を放つ巨ケンタも、弱々しく黄緑の光を放つ巨人も、どちらもが揃って上空の私の方を向く。
なんだこいつら地獄耳か。
──■■■! ■■■■■■■! ■■■、■■■■■■■■!
そして突然、脳内に何かの意思のようなものが流れ込んでくる。
直感で赤い方のものの放った思念だとわかった。
が、意味はわからない。
響きからするとバレンシアがバレリーだった時に使っていた言語に似ている気がする。こいつが宇宙怪樹の果実だとしたら、ギーメルに神扱いされるレベルだというのに言語は獣人の言葉を使っているらしい。
耳に聞こえているわけではないので、これは思念波的なサムシングだと思うのだが、思念波も獣人の言語で伝えられるのか。
人は脳内で思考する時も特定の言語、多くの場合は母国語ベースで思考しているとか言われていた気がするが、それと同じだろうか。
「……ちょっと何言ってるかわからないですね。ニホン語かインテリオラ語でお願いします」
──■■■■!? ■■、■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■!
だから、わからないと言っているのがわからないのか。
手足6本あるようだし、やっぱり昆虫族程度の脳しか持っていないのだろうか。
意思疎通が出来ないとなると、どちらがヘラクレスオオカブトなのかもわからないし、宇宙怪樹の果実が何を考えているのか、今後どうするつもりなのかもわからない。
そうなると、ただ目障りで煩わしいだけのデカブツだし、もう始末してしまうしかない。
黄緑の方も厄介ではあるのだが、あちらはすでに内包していた強大なエネルギーが大地の下に抜けていきつつある。放っておけばそのうち自壊するだろう。
興味はあったが、おそらく私とは相容れないし、しかも言葉が通じないならやはりどうしようもない。黙って見送るしかない。
赤い果実はあれだけ破壊されていたにもかかわらず、みるみるうちに自己修復をしていった。
始末するにしても、これを物理的な手段で倒すのは無理だろう。無理というか、意味がないというべきか。倒してもどうせ修復されてしまう気がする。
何となくだが、治す事にかけては他の追随を許さない性質を持っているような気がするし。
どうしようかな、と赤い方を始末する方法について考えていると、いつかのあの感覚が突然やってきた。
【──】、【──】、と、脳裏に流れていくワード。
今なら分かる。
これはおそらく、私がスキルか何かを発動させた時に世界から返ってくる、確認のダイアログのようなものだ。
はて、今は特に何も発動とかしていなかったのだが、と思っていると、曖昧だったそのワードが次第にはっきりと理解できるようになってくる。
──【貴様】、【ティファレト】、【何故】、【ここにいる】、【いつ】、【再誕】、【完遂】、【した】
あ、スキルじゃないなこれ。
目の前の赤い奴からのメッセージだ。
どうやら曲がりなりにも神とか呼ばれているその権能を利用し、世界の根幹にアクセスして一時的に中身のないスキルを作り、それを私に見せているらしい。
なんと迷惑なやつであろうか。
もしもこの瞬間、何かの拍子にどこかの誰かがたまたまその才能を開花させ、洗礼で読み取られてしまったらどうするのか。「洗礼により判明したこの子の才能は、【貴様】です!」とか言われたら親御さんもびっくりしてしまうだろう。
「あの、めちゃめちゃ聞き取りづらいですし、超迷惑なのでそれやめてもらっていいですか?」
──【こんな事】、【やりたい】、【はずがない】、【貴様】、【何故】、【思念波】、【送信】、【だけ】、【受信】、【拒否】、【する】
しかし【思念波】とかあたりは普通にあったら使えそうな気がする。【受信】とか【送信】とかは何だろう。【思念波】の送受信の事を言っているのなら、仮に【思念波】が無くて【送信】だけある人とかがいたとして、それ【送信】だけ持ってても意味ないのでは。逆に【受信】だけなら何かに使えそうな気がする。
と取り留めもなく考えていたら、ようやくわかった。
たぶん、私が無意識にその思念波とやらを飛ばしていたのだ。小声で話したつもりだったのに赤い果実も黄緑の巨人も両方私を見たのは私の思念波を受信したからなのだ。
以前にバレリーが私の言葉だけを理解していたのは、これが関係しているのかもしれない。
そしてこの赤い果実の思念波を私が理解できなかったのは、私が受信を拒否しているからだろう。
赤い果実の思念波のエネルギー量が大きすぎるため、何か言っているなというのはわかるのだが、こちら側で対話を拒否しているためその内容までは伝わってこない。
非通知で電話がかかってきたから無視している、というのと似ている。赤い果実の叫び声は着信音のようなものだ。
それに業を煮やした赤い果実が、サーバーである世界の根幹にアクセスをし、力技で文字情報だけでも私に届くように細工をしたわけだ。
つまり、こちら側からは留守電のように音声を伝えているのだが、相手の返信は全てポケベルで送られてきているような状態である。
いや、ポケベルとか知らないけど。名前だけ聞いたことあるやつ。きっとそう。
「なるほど。わかりました。──たぶん、これでいいと思います」
私は心の中で、赤い果実と対話する意思を示す。
──何故、話すだけでこんなにも苦労しなければならぬのか……。
「まったくですね。しっかりしてください」
──……。
無言である、という意思が伝わってきた。
それ伝える必要あるのか。
──そんな事より、貴様、ティファレトだな! いつ再誕したのだ。というか、本当にティファレトか? 我の知るティファレトの気配とは全く違うのだが……。一体、どうやって再誕に必要なアニマを集めた? 何を食ったらそんな異常な状態になる?
ティファレトって誰だ。もしかして私か。
アニマって何だ。もしかして魔素が集めている生物の意思の欠片のことか。
あと、特におかしなものを食べた記憶はない。
というか。
「何を食べてそうなったのかとか、貴方にだけは言われたくないのですが。瘴気と貴方が混じり合って、別の何かに変質してしまっていませんか。端的に言って、とても不快な印象です。第一印象で決めてました生理的に無理ですというか、いるだけで迷惑ですので消えてもらっていいですか?」
──それこそ、貴様にだけは言われたくない! 貴様、本当に何者なのだ! 我の瘴気どころではない! 貴様に混じっているのは、全く別の次元の……、まさか、貴様、それがダアトとかいう……!
ダアト、というのもどこかで聞いた事がある気がする。
しかも以前に聞いたときも、それを話していた人物も誰かからの伝聞のような言い方をしていたような。
じゃあみんな又聞きということじゃないか。なんなの。本当はそんなものどこにも存在していないのでは。
それより赤い果実が興奮してきたせいか、またあの不快なタップダンスの気配が強くなってきた。
もう、こいつがヘラクレスオオカブトという事でいい。
聞きたい事は色々あるが、それを凌駕する煩わしさが私の脳をシェイクする。
今は一刻も早くこいつを始末した方がいい。どうせ、私とは相容れない存在だ。
周りを見れば、こいつは随分と自然を破壊したようだし、環境にも優しくない。いや最終的に一番自然を破壊したのは森ごと腕を生やした黄緑色だろうか。まあそこはどちらでもいい。私の土地じゃないし。
「もういいです。貴方に恨みはありませんが、煩わしいので消えてもらいます」
私がそう言うと、赤い果実も気炎を揚げた。
気に入らないのはお互い様だ、ということらしい。
何となく同族嫌悪に近い気がすると思ったが、赤い果実は全く美しくないので同族でも何でもない。まあ、男の子的なロマンは感じなくもないが。いや、私は男の子じゃなくて男の娘だから関係ないな。よし壊そう。
──抜かせ! 消えるのは貴様の方だ! いかに貴様が《世界の中心》であろうと、あらゆるダメージを修復出来る我の力があれば!
この宇宙怪樹の果実は、あらゆるダメージを修復出来る力があるらしい。
あのバラバラの状態から復元できたのはその力によるものだろう。
確かにそんな力があるのなら、普通に倒そうとするのは無謀だ。
しかし、倒せないというならば。
「……なるほど、便利そうですね。ではその力は私がいただくことにします」
かつて、ギーメルは私に命懸けで【貪り喰らうもの】というスキルを教えてくれた。
対象のモノを奪うというジャイアニズムに溢れたスキルだが、実のところ意思ある者に対して使うにはとても面倒な制限があった。
だから私は、意思を持たないフリーな魔素を集める事だけにあのスキルを使っていた。
その制限とは、天秤に「真実」をのせること。
真実と、奪いたいモノを天秤にかけるのだ。
対象に真実を告げ、その真実と釣り合う分だけを対象から奪い取る事が出来る。
あれはそういうスキルだった。
聞いてもないのにギーメルがべらべらと色々話してくれたのはこのためだ。全ては私に真実を告げ、その真実に釣り合うだけの魔力を私から奪うため。
だから私も、真実を話そう。
この赤い混じり物に、この世の真実を。
「──聞きなさい。天空の外科医よ。峻厳たるゲブラーよ。貴方に真実を伝えましょう」
真実を、と意識した時点で、赤い混じり物の名前が何となくわかった。おそらく相手が天秤の片方の皿にのったからだろう。ならばスキル発動の準備はすでに出来ている。
「とくと見なさい。私はこの世界で、いや──」
「──この宇宙で、最も美しい」
天秤の皿のもう片方に、私が話した真実がのった。
赤い混じり物、ゲブラーが狼狽えた様子を見せるが、身動きが取れないようだ。もう遅い。
「さあ、この真実に釣り合うだけの、貴方の「価値」を頂きましょう。【貪り喰らうもの】」
手に持った乗馬鞭をゲブラーに向ける。
鞭の先端から、私の髪の色に近いプラチナゴールドの光が溢れ出し、巨大なゲブラーを絡め取る。
ゲブラーの赤い光が抵抗しようと試みるが、白金の光はそんなものは無駄だとばかりに全てを飲み込んでいく。
──やめっ……。
当たり前の事を言うだけなので実質デメリットないのでは、と思われるかも知れませんが。
世界一美しいというのはお嬢にとっては真実ではないので、効果を発揮しません。
宇宙一美しいと言わなければならないのです。そして言われた相手も、宇宙空間の存在を知っていなければ真実になりません。
よかったゲームバランスとれてるな(




