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とりあえず、バラバラにされた赤い方の様子を見ようと上から近付いていく。
緑の方はまだ動けそうだからだ。もし見つかれば、私もタップダンスを挑まれてしまうかもしれない。
とは言え、見ている限りでは元気な方の黄緑も満身創痍なようではある。
黄緑の光も徐々に弱まっているし、破壊した赤い方から離れた後は動こうとしない。
さすがにあの状態からタップダンスバトルを挑むような事はすまい。
これらは一体どういう存在なのだろうかと、上空から赤い方を観察してみる。
どうやら巨大な魔物といった生物めいたものではなく、何かしらの機械のようなものらしい。
破壊されてバラバラになってしまっているのではっきりとはわからないが、人に似た形の腕や脚のようなものが見える。機械で出来た巨大人型建造物、といったところだろうか。
いや、それにしては脚が少し多い気がする。数えて分かる限りでは4脚ある。脚が2本生えたユニットが2つと、腕がそれぞれ1本ずつ、そして腕のない上半身らしきユニットだ。
地面から生えていた超巨大な腕も土に還っているのでいくらかはそれに埋まってしまっているが、おおよそ間違いないだろう。
つまり、この赤いのは手足を合わせて6本あるという事になる。
なんてことだ。やはり昆虫族だった。
黄緑色の方は普通の人型のように見えるが、あれも地面から腕を生やして色々していたし、人と同じく手足が4本しかないと断言するのはまだ早い。
何にしても、ここが北の魔大陸であるとしたら、この巨大建造物を作ったのは獣人たちだという事になる。
どうやら獣人の国はインテリオラより数段優れた科学技術を持っているらしい。
赤く光ったり黄緑に光ったり、私の脳内に直接カブトムシのタップダンスを送信してきたりと純粋な科学技術ではないような気がするが、とにかく謎に技術水準が高い事は間違いない。
バレンシアも雑談で魔導具が多いとか話していた気がするし、大きさはともかくこれらも魔導具の一種なのだろう。
出来れば誰かを捕まえて話を聞きたいところだが、とキョロキョロしていると、赤い方の残骸に再び光が集まり始めた。
何だか馴染みがある気がするし、これ何だったかなと思って見ていて、思い出した。この赤い光はおそらく瘴気だ。
瘴気は普通光ったりしないし色もついていないので、赤い機械が瘴気に何らかの影響を与え、干渉し、色を付けて光らせているのだと思われる。何のためにそんなことを。
私が興味を引かれて見ていると、赤い光は砕けて散らばっていたガラス玉のようなものをかき集め、ひとつの大きな球体を形作っていく。
いや、形作るというよりこれは「修復」しているのだろうか。そういう「意思」というか、力の方向性のようなものを感じる。
そして球体が完全に修復されると、その意思はさらに強くなる。
その球体を見て理解した。
私の脳内を騒がせていたのは、間違いなくこの力だ。
いつかのギーメルの話を思い出す。
魔素に溶け込んでいる意思。その根本にあるもの。
そしてこの赤い球体から感じる、人ひとりでは到底辿り着けないほどの、強大で堅固な意思。
こいつこそがおそらく、そう、宇宙怪樹の種子であろう。
いや、この世界に根を張り、長い時間をかけて数多の意思のエネルギーを集積してきただろうこれは、もはや種子ではなく果実だ。
ただ薄っすらと、純粋な「宇宙怪樹の果実」ではないだろう事も感じた。
たぶん、こいつが魔素でなく瘴気を集めて再誕したからだ。
瘴気というのは、魔素に適合できそうでギリギリ出来なかったこの世界の植物が、魔素を取り込み自分たちが馴染みやすい形に変質させたものである。
そしてそれを吸入し適合した生物が魔物として生まれ変わり、進化していった。
つまり瘴気には、宇宙怪樹由来のエネルギーと純粋な意思の力だけでなく、この星由来の謎な不純物もいくらか含有されている事になる。
そのせいで集約された宇宙怪樹の種子にノイズのようなものが混じり、純粋な果実を形成出来なかったのではないだろうか。
宇宙怪樹の力自体はそれほど気に障るものではない。魔物の気配も慣れているから問題ない。
しかしそれらが中途半端に混じっているのは耐え難い。
このノイズの混じった状態が私にとって非常に気に障るものだったので、同じく煩わしいもの代表として虫のイメージをとり、脳内でハエやカブトムシによる大運動会が開催される事になったのだろう。
タップダンスしかしてないのに大運動会は言いすぎかもしれないが、そういえば体育の授業の創作ダンスって何だったんだろう。あれ黒歴史にならない人っているのかな。
混じり物ながらも完全に修復された赤い玉は、赤く光るよう加工されたイルミネーション瘴気略してイルミネー瘴気をたれ流し、辺りに散らばる機械の残骸を集め、その修復を始めた。
玉からイルミネー瘴気が流れ、それが地面に広がっていく様子は、例えるならドライアイスからあふれる冷えた二酸化炭素がイメージとしては一番近いだろうか。
イルミネー瘴気は実に鮮やかな手並みで修復を完了させると、最後に赤い玉を修復された機械の巨人の胸に収め、再び赤い玉に吸い込まれて消えていった。
そして巨人が4本の脚で立ち上がる。人型じゃないから巨人ではないか。巨ケンタウロスとでも言うべきか。しかし下半身は馬というには少々太ましい。ケンタウロスに比べて脚が短いぶん、名前もちょっと短くして巨ケンタあたりが妥当かな。
復活した巨ケンタは黄緑色の巨人の方を睨むようにして立っている。
そうだった。
この巨ケンタが宇宙怪樹の果実の一柱であるとするなら、それをあそこまで破壊してみせた黄緑色の巨人は一体何者なのか。
あれも私にとって目障りな存在であるのはタップダンスの様子から間違いないだろうが、巨ケンタに感じる、混じり物のような違和感はない。
純粋な存在でありながら、私と相容れない者。
いや、その前に私とは何者なのか。
ギーメルの最後の言葉。
私自身が持っている、たまに都合がいい力。
宇宙からやってきたという迷惑な神々。
それより以前から存在していた、この星の生き物たち。
様々な事を考えると、自分が何なのか、そして黄緑の巨人が何なのかが朧げながら分かってくる。
まあとりあえず私の事はいいとしても、私の想像が確かならこの黄緑の巨人の存在には注意する必要がある。
ある意味、宇宙怪樹の果実よりもよほど重要だ。
とは言え、それはそれとして目下私にとって重要な事柄は別にある。
こいつらがタップダンスを踊っていたカブトムシだとすれば、そう。
「……これ、どちらがヘラクレスなんでしょう」




