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こちら、予約投稿しようと思ってミスで普通に投稿してしまったものです。
この日はこの前にもう一話投稿していますので、読まれてない方はお気をつけください。
もう、身体に力が入らない。
それはつまり、ゼノインサニアに供給できるエネルギーが無い事を意味している。
実際、最後の力を振り絞ってデウスエクスマキナを止めんと縋り付いたはいいものの、まるで相手にされずに振り払われてしまった。
「──っはあっ! はあっ! はあっ!」
戦い始めてどれほど経ったかわからない。
狭いコクピットの中、ゴルジェイの荒い息遣いだけが響いている。
バイタルリキッドも流しすぎたようだ。仮に今、さらに筋力を与えたとしても、ゼノインサニアはこれまでのようには応えてくれないだろう。
ゼノインサニアを振り払ったデウスエクスマキナは、もはやこちらのことなど眼中にないとばかりに悠々と街を目指して歩みを進めようとしている。
いや、眼中になかったのは初めからか。
デウスエクスマキナにとってはゼノインサニアの攻撃など、蠅かなにかを払う程度の認識でしかなかったのだろう。
「……ぐっ。だが……、行かせるわけにはいかん……!」
ゴルジェイはコクピット内の壁に雑にビスで打ちつけられている、小さな鉄の格子のようなものを睨みつけた。
そのまましばし、瞑想するように目を閉じる。
荒かった呼吸も落ち着いていき、静寂の中、ただデウスエクスマキナが遠ざかっていく地響きだけが聞こえてくる。
それを認識すると、ゴルジェイは目を見開き、鉄の格子に指をかけてそれを勢い良く引きちぎった。
鉄の格子はまるで飴細工のようにひしゃげ、引きちぎられた勢いのままコクピットの中を跳ねて足元に落ちた。
「……ふふ。もはや腕を上げるだけの力さえ残っておらんと思っていたが……。覚悟を決めた途端にこれか。人間とは、実に現金なものだ……」
細く小さいとは言え、鉄で出来た格子を指で引きちぎるなど、コンディションが最高の状態でさえ出来るとは思えない。
それがこれほど疲れ果てた状態でありながら、いとも容易く出来てしまうとは。
「……そうだ。覚悟は決まった。
──行くぞ、ゼノインサニア。俺の全てをくれてやろう。制限……解除!」
そして鉄の格子の中にあった、赤いボタンに勢い良く拳を叩きつけた。
その瞬間、ゼノインサニアは咆哮を上げた。
去ろうとしていたデウスエクスマキナが立ち止まり、何事かと振り返る。
大地に倒れ伏していたゼノインサニアから、薄い緑色のオーラのようなものが立ち昇っていた。
ゼノインサニアの全身を濡らしていたバイタルリキッド。ほとんど無色になるほど色が薄まっていたそれが、立ち昇るオーラと同じ薄緑色、いや鮮やかな花緑青の輝きを放つ。
ゼノインサニアがゆっくりと立ち上がる。
手足に負荷がかかるたびに、破損部位からバイタルリキッドが吹き出している。が、そのバイタルリキッドも花緑青の光に輝き、大地に落ちてもなお色褪せはしない。
「──ようやくこっちを見たな。デウスエクスマキナ。だが、もう遅い。この俺の……生命の輝きを見よ!」
ゴルジェイの気迫に応え、ゼノインサニアがボロボロの腕を振り上げる。
するとゼノインサニアの背後の地面が盛り上がり、木々を巻き込み、巨大な岩石の腕となってデウスエクスマキナに襲いかかった。
岩石の腕の表面には、まるで血管が浮いているかのように無数の光の筋が走っている。
その色もまた、ゼノインサニアのオーラと同じ花緑青。
それは、ここまでの戦いでゼノインサニアが流してきたバイタルリキッドが大地に染み込んだものだった。
大地に還ったバイタルリキッドは大地と一体化し、再びゼノインサニアの意思の元、敵であるデウスエクスマキナを止めんがためにその腕を伸ばしてみせたのだ。
筋力ジェネレータはかつて、生命力ジェネレータであった。
生物の生命力が過剰に消費されると、その生物は当然ながら死亡する。
そんな危険なシステムなど使えるはずがない。ゆえにもっと小さなエネルギーからでも十分な出力を確保できるよう研究と改良を重ね、エネルギーの供給元を生命力から筋力に変更した。
そんなゴルジェイの研究の集大成であるゼノインサニアには、筋力ジェネレータの試作型壱号炉が搭載されている。
これはかつて生命力ジェネレータとして作ったものを改修したものだ。
ゆえに全ての制限を解除し、パイロットの持つエネルギーの全てを吸収できるようにしてやれば、再び生命力を吸って稼働することが出来るようになる。
エネルギーの効率化を極めてきただけあって、その出力は開発初期とは比べ物にならないほど膨大になっていた。
だがそうは言っても、さすがに流れ出たバイタルリキッドが大地を自身の腕と化して敵を攻撃するなど、普通に考えて有り得ない。
明らかに設計外の異常な事態が起きている。
ゴルジェイも、何となく届くような気がして手を振り上げただけだった。
しかしゴルジェイは気にしなかった。結果的に届いたのだから問題ない。
異常事態はデウスエクスマキナもおそらく同じ。ならばお互い様というやつだ。
「パワー……、いや。──アースハンド・ホォールドォ!」
ゴルジェイの叫びに応え、大地の腕は巨大な掌で左右からデウスエクスマキナを挟み込むと、その動きを完全に拘束する。
まるで大地と完全に一体化しているかのような全能感がゴルジェイを満たす。
しかし、この力には時間制限がある事をゴルジェイは知っている。今だけの、借り物の全知全能。さしずめ偽りの神だ。
この大地の力を得た、今なら分かる。
大地に染み込んだバイタルリキッドは、地表を覆う魔の気の下、遥か地の底に眠る強大な未知のエネルギーを呼び覚ましたのだ。
しかしこれはあくまで、その力を借りているだけである。
呼び水となったゴルジェイの生命力が完全に尽きてしまえば、このエネルギーは再び魔の気によって地の底へと押し込まれてしまうだろう。
動きを止められたデウスエクスマキナは、焦ったように雄叫びを上げた。
口もないのにどこから声を出しているのか、と一瞬好奇心が鎌首をもたげたが、今はそんな事を気にしている時間はない。それに雄叫びくらいゼノインサニアだって上げている。問題ない。
大地の巨腕、アースハンドの能力はただ敵を拘束するだけではない。
「このまま捻り潰してやる!」
大地の腕の掌が、まるで人形遊びをする子供のようにデウスエクスマキナの機体を潰しにかかる。
デウスエクスマキナはみしり、みしりと音を立てながら潰されていく。
しかし潰れていく動きはすぐに緩慢になり、止まってしまった。
それどころか、デウスエクスマキナは逆に掌を押し返し始めた。
「なに?」
大地の腕の掌の隙間から、真っ赤な光が漏れている。
あれはデウスエクスマキナが生み出す人工魔石の光、つまり魔の気の輝きだ。
その光が強まっているということは、魔気コンバータの変換量が増大しているという事だろう。
やがてデウスエクスマキナは内側から掌を破壊し、拘束から完全に抜け出してしまった。
その衝撃のせいか、歪んでいた胸部装甲も弾け飛んでおり、中から巨大人工ルビーが顔を覗かせていた。
赤い光はやはり、そのルビーから発せられていた。
そしてそのルビーの中には、眠っているかのように微動だにしないベルナデッタの姿があった。
「……どこに行ったのかと思えば……そんなところで昼寝していたのか。出来の悪い妹め……」




