14-11
「──うっ!」
これまでにない不快感に私は反射的に立ち上がり、教室の椅子を倒してしまう。
「ミセル!?」
グレーテルと双子たちが駆け寄って来る。
ユリアと取り巻き2人組も心配げにこちらを見ている。
しかし今の私には、なんでもないと彼女たちに微笑みを返す余裕も無かった。
この所私を悩ませていたあの不快感。目に見えない蠅の飛ぶ気配。
あれが突然、ヘラクレスオオカブトかコーカサスオオカブトにでもなったかのように急に不快感が増したのだ。
いやただ蠅が大きくなっただけではない。この煩わしさは、言うなればその2匹が耳元でタップダンスの腕を競い合っている状態だ。
どっちも脚が6本もあるものだから、もう煩いなんてものではない。しかも脚で演技をしているというのに腕を競い合ってるってどういうことなの。
「……た、体調悪いの? もしかして、この間言ってたあれ?」
「……この間言ってたあれです。今急に耐えられないレベルになりました」
しかし、これも悪い事ばかりではない。
ここまで煩くなってくれたおかげで、何処の馬鹿がはしゃいでいるのか何となくわかるようになった。
今は方角しかわからないが、落ち着いて龍脈を探れば直ぐに特定出来るはずだ。
「──すみませんが、ディーを呼んでもらえますか? 今日は早退いたします」
◇◇◇
突然執務室に突入してきた秘書から話を聞いたデルニエール公の上機嫌は一気に吹き飛んだ。
「ぼ、暴走だと!? 確かなのかそれは!」
「は、はい。監視を兼ねていた警備兵からの報告では、間違いないかと……。
デウスエクスマキナはベルナデッタ女史の研究所から東進し、ゴルジェイ博士の研究所を襲撃したとの事です。その後の事はまだ報告が入っておりませんが、方向を変えて街の方へ向かったところまでは確認が……」
「街にだと!? 馬鹿な……! なんだ、何が不満だったというのだ、ベルナデッタ女史は……!
森の奥の研究所への引っ越しも円満に済んだのではなかったのか!」
初めこそ元々の研究室にいささかの執着があったようだが、その研究室を引き払う必要はないと交渉してからは特に問題は無かったはずだ。
今更になって、しかも機動兵器に乗り込んだ状態で街にある研究室に帰ろうなどと考える理由がさっぱりわからない。
「べ、ベルナデッタ博士の意思ではないのかも知れません……」
「なに? どういう意味だ」
「監視役の兵士の話によれば、デウスエクスマキナはとても人が操作しているとは思えない動きをしていたそうです。まるで鉄で出来た、そう魔物か何かのような……。ですから、デウスエクスマキナの暴走は正しく彼の暴走であるのかも……」
「ベルナデッタ女史による操縦では無いだと……? では、自律行動をしていたとでも言うのか! 提出されているスペックにはそのような機能は無かったはずだぞ!」
「人工魔石の完納から、すでにいくらか時が経っております。その時間を利用して機能の追加を──いえ大改修を行なったのかも……。
報告を聞いた時には見間違いかと思っていたのですが、デウスエクスマキナの体高もコンペの時よりずいぶんと大きくなっていたと……」
「みっ、見間違いで済むか! なぜ確認しておかん! もし改修ではなく増設だったとしたら、デウスエクスマキナがもう一機あるという事になるのだぞ!」
ほんの数分前まであれほど気分が良かったというのに、今やデルニエール公の血管は焦りと興奮のせいで破裂寸前だった。
そこへさらに、再びノック無しで執務室の扉が開かれ、新たな報告がやってくる。
「──デ、デルニエール公爵!」
「ええい、何だ! まさか、もう街に到達したのか!?」
「い、いいえ! 違います!
街に向かうデウスエクスマキナに、ゼノインサニアが攻撃を開始しました!
それによりデウスエクスマキナはゼノインサニアと戦闘を開始し、進行が止まったとの事です!」
「ま、まさかゼノインサニアも暴走しているとか言うのではあるまいな!」
「違います!
ゼノインサニアには……ゴルジェイ博士が乗り込んでいます! 避難を促す兵の制止を振り切って強引に機体に乗り込み、デウスエクスマキナを追いかけて行ったと……!」
「バカな! なぜ止めないんだ! ゴルジェイ博士の頭脳もこの国の未来には無くてはならぬものなのだぞ!」
「無理ですよ! 物理的に!」
監視の為に派遣してあった兵士は当然博士たちの護衛も兼ねている。
今デルニエール公が言った通り、最重要人物とも言うべき両博士の護衛だ。当然軍でもトップクラスの精鋭から特別に選出されている。
四公爵の孫たちほどの戦闘力は無いが、警護という技術に特化した彼らはその分野においては並ぶ者は居ない。
しかしゴルジェイ博士はそんな彼らの制止を物理的に振り切ってゼノインサニアに乗り込んだと言う。
これがもし、お互い違う立場であったとしたら。つまりゴルジェイ博士が、例えばテロリストだったとしたら。
止められませんでしたで済む話ではない。
なんと不甲斐ない、と嘆きかけて、デルニエール公は首を振った。
コンペティションでのあの一幕を思えば、レクタングルの精鋭兵が不甲斐ないというよりはゴルジェイ博士の身体能力が高すぎるのだろう。
どのみち、すでにゴルジェイ博士とゼノインサニアはデウスエクスマキナと戦闘に入ってしまっているのだ。
「……我が軍の精鋭よりも強いゴルジェイ博士が、デウスエクスマキナの鎮圧に自主的に向かってくれた事は幸運だった、と考えるしかあるまい」




