14-10
デウスエクスマキナの胸部ハッチを開けようと、ベルナデッタが開閉のためのハンドルに手をかける。
しかしハンドルが動かない。
「──あれ? こんなに固かったかしら」
引っ越しの時にどこかにぶつけて歪んでしまったのだろうか。
しかし、デウスエクスマキナは元々機動兵器だ。このところしばらくは魔石製造マシーンとしてしか使っていないが。
多少動いたりぶつけたりしたところで、ハッチが開かなくなるほどフレームが歪んでしまうようなヤワな作りではない。
ベルナデッタは首を傾げながらも、開かないはずがないとハンドルを握る手に力を込める。
はしごの上でバランスも取りづらいが、力を込めるうちに知らずに大胆になっていき、いつしか全体重をかける勢いでハンドルを握っていた。
「うぬぬぬぬ……! あっ! 開いた!
やっと開いたわ。まったく、なんでこんなに固く──」
◇◇◇
ゴルジェイは作業中、目眩のようなものを感じてふと顔を上げた。
目眩という症状自体は知っているが、これまで自分が体感したことがなかったので新鮮だったのだ。
聞いた話によれば、血が足りなかったり多すぎたりするとそういう症状が出る事があるらしい。ゴルジェイは食事もタンパク質中心だがバランス良く取っており、運動も適度以上にこなしている。血の量は知らないが、これまで体調を崩したこともないし、目眩が起きる理由がない。
本当はやってはいけないのだろうが、今のが果たして目眩だったのかどうかが知りたくて、ゴルジェイは勢い良く立ち上がった。
「……なんだ。目眩ではないのか」
揺れているのは視界ではない。
地面だ。
いや地面が揺れているという状況も十分に希少価値が高いが。
少なくともゴルジェイが生まれてからこれまで、大地が揺れた事はなかった。
「少し、外に出て確認してみるか。何か俺の知らない災害でも起きているのかもしれない」
断続的に微かに揺れる床を踏みしめながら、研究所から外に出る。
すると、揺れと一緒に遠くで大きな音が鳴っているのに気がついた。
一緒に鳴っているというか、微妙にタイミングがズレている。揺れの方が少し早い。
音というものにも速さがあることはすでにわかっている。
地面が揺れる現象については例が無いので不明だが、仮に揺れが伝わる速度というものも存在するのだとしたら、それはつまり音よりも速い事を意味しているのではないだろうか。
今後も大地が揺れる現象が起きるのかはわからないが、これはこれで研究としては面白いような、と考えながら大地の揺れを楽しんでいると、ふと音と揺れの間隔が狭まっている事に気が付いた。
というか、音は大きくなっているし、揺れも激しくなっている。
「……音源が……近付いている?」
ゴルジェイは慎重に辺りを見渡し、音と揺れの発生源を探った。
そうしている間にも音と揺れはどんどん大きくなっていき、間隔も狭まっていった。
そして、その間隔がついに重なった時。
──ォォォォオオオオオオオオ……!
鬱蒼とした森の木々を越えて、金属で出来た巨大な何かが顔を出す。
「っ! こいつ……! デウスエクス何たらか!」
ここで初めて気がついた。振動と共に伝わっていた音は木々を薙ぎ倒す音だったようだ。聞いたことのない音だったのでわからなかった。
「だが、コンペで見たときよりも一回り大きいか……!? ベルめ、この短期間でもう2機目を建造したのか!」
その推定デウスエクスマキナ2号機はゴルジェイを無視し、彼の研究所の方へと進んでいく。
「まずい……! 狙いはゼノインサニアか!」
コンペティションで勝利したというのに、なぜ今更負けたゼノインサニアを破壊しようというのか。
そう思って冷や汗を浮かべたが、デウスエクスマキナは研究所の母屋の方には向かわずに、外に建てられている倉庫の方へと4つの足を進めていく。
そしてその巨大な腕を振り下ろし、倉庫を一撃で破壊すると、瓦礫の中に腕を突っ込み掻き回す。
何かを探しているのかと見ていると、中から淡く輝く四角い結晶を鷲掴みにして持ち上げた。
「人工魔石……? 自分で作って配ったものを、奪い返すというのか? 何を考えているんだ……」
◇◇◇
コンペティションは成功だった。
魔石コンバータや筋力ジェネレータといった斬新で画期的な新技術を発掘することが出来、さらに魔石コンバータによる効率化によって既存の魔導具技術も2世代は進めることが出来たのだ。
そして進められた技術によって魔石コンバータや筋力ジェネレータの研究も進められそうな手応えがある。
技術というものは、何か切っ掛けがあれば一気に進化する事がある。
デルニエール公爵が生まれる前の話だが、レクタングルに魔導具が初めて誕生した頃などはまさにそのような感じだったらしい。
そんな革新的な人類の進化が自分たちの代で再び起こせようとは、常に冷静であろうとしているデルニエール公をしても興奮せずにはいられない。
「──たっ、大変です!」
しかしデルニエール公の良い気分は執務室への突然の闖入者によって台無しにされてしまった。




