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レクタングル共和国初の大型機動兵器コンペティションを制したのは、ベルナデッタ・アルティフェクス博士だった。
国民の不安を払拭するためもあり、コンペティションの題目こそ兵器に限定されたものであったが、その実決め手となったのはエネルギー関連の新技術であった。
その事はコンペティションに選ばれる程の優秀な魔科学者たちは気付いており、コンペティションで発表された兵器にはどれも新技術か、既存の技術の発展型が採用されていた。
一部実用外の技術もあったが、政府にとっては概ね成功裏に終わったと言っていいだろう。
ベルナデッタ・アルティフェクス博士の研究室にはもちろん事前の宣告通りの補助金やサポートを支給する。
しかし敗れたファウスト・ファブリカ博士やゴルジェイ・アルティフェクス博士の発表にも、技術力や発展性という点においては大いに可能性を感じさせる余地があった。
一見荒唐無稽に見えたが、魔石や魔の気を全く利用しないゴルジェイ博士の筋力ジェネレータは、これまでにない新しい未来を高官たちにも予感させるものであった。
あれはつまり、言い換えれば筋肉担当のオペレータに食事さえ供給すれば好きなだけ軍事作戦行動が可能であることを意味している。ゴルジェイ博士の見事な筋肉でなければ扱えないのはいささかのデメリットであるが、それも今後の技術の進歩によって効率を上げる事が出来れば解消されていくだろう。
ファウスト・ファブリカ博士の堅実な研究も重要だ。
アルティフェクス兄妹は天才であるがゆえか、どうも問題を一足飛びに解決してしまおうというきらいがあるが、本来文明の発展というのは長年積み重ねられた確たる技術の上にこそ成り立つものなのだ。
その意味で、現行の技術を軽視せず、それをさらに発展させる形で問題へアプローチしようとしたファウスト博士の姿勢は研究者として実にまっとうであると言える。
魔石が足りなくなるなら使わなければいいだとか、魔石が足りなくなるなら作ればいいだとか、頭のネジが違う所に刺さっているかのようなあの兄妹にはない安心感があった。
ゆえにレクタングル政府はコンペティションに敗れた研究機関にも一定の補助をすることを告知し、また今後も不定期にこのような発表会を設ける事を宣言した。
◇
「──正直、あの筋力で動くとかいう意味のわからぬ兵器に国家の命運を託したいとは思えないが、魔石に全く頼らない動力というのは価値があるな。ゼノインサニアは巨大機動兵器だからこそアルティフェクス博士ほどの筋力が必要になるのであって、もっと小さな魔導具ならば一般人でも十分使えるだろう」
「うむ。それに今後、さらに研究が進んでいけばより効率的に運用出来るようになるやもしれんしな。そうなれば、あのゼノインサニアも現実的な兵器に成り得る」
「まあ待て。新しい技術に年甲斐もなく浮かれるのはわかるが、まずは足元を固める事こそ肝要よ。新技術など、現状ではどの道あの天才どもにしか扱えん。ならば連中には金だけ出しておけばいい」
「そうだな。儂らが権力者として手を貸すべきは、むしろ基幹技術の発展の方だ。つまり、ファウスト・ファブリカ博士の研究室よ。あの研究室に人を増やし、仕事を回し、予算を与えよう。コンペで勝ったベルナデッタ女史よりも多くの補助金を出すというわけにはいかんが、国家事業として仕事を回してやれば補助金以外の金も融通出来る」
連盟総長デルニエール公爵の執務室にて、四公爵はコンペティションの反省会を開いていた。
反省会と言っても公的なものではなく、老いたる悪友たちが好き勝手に意見を言い合う気安いものである。
とは言えそこは生涯を国と家のために捧げてきた大公爵たち。話している内容は決して安くはない。
これまでにもこの四公爵の雑談から決まった重要政策はいくつもあった。
「……まあ、敗れたとは言えアルティフェクス──ゴルジェイ・アルティフェクス博士の研究もファウスト・ファブリカ博士の研究もどちらも素晴らしいものだ。国をあげて支援するに相応しい。
それより問題は……」
「うむ。問題は、勝ってしまったベルナデッタ・アルティフェクス博士だな……」
四公爵はそろってため息をついた。
ベルナデッタ・アルティフェクスの研究は画期的であり、かつ創造的でもあり、加えて現行のエネルギー資源の上位互換とも言えるものであった。
およそ為政者が望む全ての要素が内包された素晴らしい技術である。実際に自分たちの目で見ていなければ詐欺か誤報かと考えたくらいだ。
ゆえに審査委員の満場一致で彼女が選ばれたのは必然であった。
しかし問題なのは、その研究ひとつで望む全ての要素が内包されてしまっている点そのものにある。
どんな事でもそうなのだが、急激な変化というのは大きな傷みを伴うものである。
それが文明の発展に関わる技術や、生活の根幹を為すエネルギー問題となれば尚更だ。
ベルナデッタ・アルティフェクスの研究が実用化されれば、まず間違いなく魔石の需要は無くなっていくだろう。
もちろん今ある魔導具は従来通りエネルギー源として魔石を必要とするのだが、ベルナデッタ・アルティフェクスの研究成果はその魔石を無から生み出す事が出来る。人工魔石と呼べるものが登場するのだ。
すなわち、ここで言う需要がなくなる魔石とは、冒険者たちが魔物から採取してくる天然魔石のことである。
資料によれば、多少の効率の違いはあるようだが、基本的に天然魔石も人工魔石も同じもののようである。だから人工魔石が登場しても天然魔石が使えなくなるというわけではない。
しかし、問題は価格だ。
デウスエクスマキナさえあれば無限に手に入れられる人工魔石があるというのに、誰が命を賭けて魔物と戦って天然魔石を得ようというのか。
しかも人工魔石は天然魔石よりもエネルギー価が高く、形状も自在に出来るという。
魔石相場の暴落は避けられない。
そうなれば冒険者たちは職を失う事になり、食うに困った荒くれ者たちが辿る道などそう多くはない。
また、そんな冒険者たちから優先的に魔石を買い上げている冒険者ギルドや、冒険者ギルドから卸された素材の流通を担っている商業ギルドが受けるダメージも想像を絶するほどになるだろう。
もっとも、近年の各種ギルドの専横は目に余るものがあるので、ちょうどよいお灸になるかもしれないが。
「……人工魔石には高い税をかけて流通を制限し、段階的に緩めていくしかないな」
「なら、その税収で軍備を拡張するとするか。冒険者たちが魔物を狩らないようになれば、安全保障の観点から国が軍を出して討伐しなければならなくなるだろう。予算はいくらあっても足りなくなる。冒険者の再就職先も用意できて一石二鳥だな」
「そううまくいくか? お主らは忘れているようだが、デウスエクスマキナはエネルギー資源ではなく機動兵器なのだぞ。あれがスペック通りの戦闘力を発揮するのなら、もう歩兵など役には立たん」
「まあ待て。魔物から得られる資源は何も魔石だけではない。それ以外の部位も市場にはそこそこの値段で流通している。そんなに急に冒険者たちが職を失う事にはなるまいて」
「いかに学がない冒険者と言えども、いや、自分の命を資本にしている冒険者だからこそ損得勘定は命懸けでやるはずだ。要は費用対効果の問題だ。魔物を倒して得られる利益から魔石の分を引いたとしても、果たして命を賭けるに値する価値が残るのかという話だ。それに気付いた優秀な者から去っていくだろう」
「……そして残るのは腕力しか取り柄がない、先の見えない無法者か……」
「それと金蔓を失うギルド連中だな」
ベルナデッタ・アルティフェクス博士の研究は間違いなくこの国の、いや世界の未来を変え得るものだ。
しかしだからこそ、慎重に取り扱わなければならない。
四公爵はベルナデッタ・アルティフェクス博士をやんわりと囲い込み、その研究室を事実上完全に政府の管理下に置くことを決定した。
言葉の意味をご存知の方とそうでない方で差が出るのはあれなので軽めに名前の由来を説明します。
デウスエクスマキナは「機械仕掛けの神」ですね。
デウスが「神」、マキナが「機械」、エクスが「~によって」とかそんな感じです。
ゼノは古典ラテン語で「異端」「異質」
インサニアは同じく「狂気」
みたいな意味です。
ゴルジェイ君どういう気持ちでそんな名前付けたの(




