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魔気コンバータはレクタングルの上層部にたいそう受けたようだった。
審査委員の高官たちのみならず、四公爵までもが興味深げにデウスエクスマキナに近づいてきて、色々と質問を投げかけてきた。
さすがのベルナデッタも国家の頂点にいる者たちとの対面には緊張したが、何とか彼らの質問に過不足なく答えることが出来た。
四公爵がベルナデッタとの質疑応答に満足して立ち去っていくと、今度は仏頂面を引き下げてゴルジェイが近づいてきた。
礼儀知らずの彼でも、四公爵の邪魔をしない程度の分別はあったらしい。
その仏頂面は、自分の開発したゼノインサニアとやらよりベルナデッタのデウスエクスマキナの方が受けが良かったせいだろうか。
だが、こればかりは仕方がない事だ。共に新機軸の技術ではあるが、その完成度には雲泥の差があるのだから。
ゴルジェイも、魔石を全く使わない事に固執したりしなければ、あんな無様な結果にならずに済んだはずなのだが。
「──おい、ベル」
「……ちょっと、馴れ馴れしいわよ。公的な場なんだから、ちゃんと呼んでよ」
「呼び方などどうでも良い。そんな事よりベル、あの魔石だが、ちゃんと検証は出来ているのか」
ゴルジェイの言う「あの魔石」とは、たった今デモンストレーションでデウスエクスマキナが精製した人工魔石の事だろう。
現状、レクタングル共和国の魔の気の濃度は増加の一途をたどっており、基本的に国中のどこに居ても豊富な魔の気が充満している。
つまり魔気コンバータさえあればいくらでも人工魔石を精製出来るのだ。
そうして実際にこの場で人工魔石を生み出して見せたことも、四公爵や政府高官たちの歓心を買う一助となっている。
「当たり前でしょう。元より安定したエネルギーの供給を目的に研究しているのだから、使えなければ話にならないわ。人工魔石は問題なく、魔石の代替品として利用可能よ。
それどころか、同じ大きさなら天然の魔石より効率がいいくらいだわ。
さらに、コンバータの出力側の魔石精製部分の形状を工夫してやれば望んだ形状の人工魔石を作り出す事も可能。魔石は魔物の種類や個体差によって形や大きさがまちまちだったから、従来の魔導具は動力源である魔石の容器をどうしても大きめに作らざるを得ない問題があったけれど、人工魔石なら規格を統一して──」
「エネルギー効率など聞いていない。形はもっとどうでも良い。そもそも魔の気自体が正体不明のエネルギー素子なのだから、それを集めて作った人工魔石のエネルギー価が高いのは当然だ。
俺が聞きたいのはそういう表面的な事ではなく、人工魔石を使うことで魔導具やその周りにいる人体に何か影響が出たり、他に気になる変化があったりはしないかということだ」
「……何それ。どういう意味?」
魔石は単なるエネルギー源だ。それ以外の何物でもない。
近いものを挙げるとするなら、かつては燃料として使われていたという燃える石、石炭などだろうか。
「石炭を燃やした時に出る黒い煙みたいな影響はないかって事? 別に魔石は直接燃やすわけじゃないし、特に影響なんて出ないと思うけど」
「確かに俺が聞きたいのはそういう意味だが、俺とて魔石を直接燃やすような事などせん。従来の魔石と同様に使用しても本当に問題はないのか、十分な検証はしたのかということだ。いや、していないだろう。俺が研究室を出て行ってから、お前があれを開発した期間を考えると、十分な検証をするだけの時間は無かったはずだ」
「けれど、理論的には魔石と人工魔石に差はないはずよ。各種測定器の数値でも特に差異は見られないし」
ベルナデッタはややムッとした表情で反論した。
竹を割ったような性格であるゴルジェイに限って有り得ないとは思うが、まるで自分が作り出した人工魔石に根拠のないイチャモンをつけられているかのような気分になったからだ。
「測定機器まで新作したわけではないだろう。従来の測定機器は従来の天然魔石や魔の気の測定用のものだ。人工魔石が天然魔石と比べてどう違いがあるのかもわかっていない以上、従来の測定機器で測定してもそれほど意味はあるまい。
先ほどざっとだが魔気コンバータを見せてもらった。詳しい機構は分からなかったが、簡単に言うとあれは魔の気を集めて凝縮し、人工魔石という形に成形してしまうものだ。そうだな?」
「そうよ」
ベルナデッタはゴルジェイの「詳しい機構は分からなかったが」という言葉に気を良くする。
「……今の俺の不安を何と言って説明していいものか、うまく考えつかんが……。
天然の魔石というのは、単に魔の気を集めて固めたものではない。そもそも魔石とは、魔の気を吸ってエネルギー源としている魔物が体内に作り出す結晶だ。言わば魔物が魔の気からエネルギーを吸った残りカスだ。我々人類はその残りカスをかき集めて使っているに過ぎない。
例えて言うのなら、そうだな……。魔の気が食事で、魔石は糞だ。そしてその糞に群がる我々は差し詰め蝿かフンコロガシと言ったところか」
「ちょっと! 他にもっといい例えはなかったの!?」
「最初にうまく考えつかんと言ったはずだ。そして話の本質はそこではない。
いいか、ベル。例えいかな魔導具を用いようとも、食事から直接糞を生み出す事は出来ん。何故なら食事から糞に至るまでには、人体の内部で行なわれる様々な複雑怪奇な工程が必要になるからだ。その全てが解明されていない以上、魔導具で再現する事など出来んのだ」
「……その前に、そんな事を再現しようなんて考える人間はいないと思うけど」
「同じ事が魔石にも言える、かもしれぬ。
少なくとも魔物がエネルギー源として吸入している以上、魔の気に含まれているエネルギーのうち、何らかの成分が魔物の身体で消費されているはずだ。そうでなくとも、魔物の体内で魔の気を変質させる何らかの作用が起きている可能性もある。糞の色が必ずしも食事の色と一致しないのと同じようにな」
なぜいちいち排泄物を例えに出すのか。
「でも、仮にそうだとしても、それこそ天然魔石より人工魔石の方がエネルギー効率がいい理由の仮説になるんじゃなくて? プラスの要素こそあれ、マイナスの要素なんて無いと思うけれど」
「……だといいがな……」
ゴルジェイは最後に険しい視線をデウスエクスマキナに向けた後、自分のゼノインサニアの方へと歩いて行った。




