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「──と、言うわけでえ! 我がゼノインサニアは魔石を必要としない、全く新しい画期的な設計思想から生み出されたのである!」
ひと通りの解説を終え、ゴルジェイがそう締めくくると、会場の各所から感嘆の声が聞こえてきた。
「おお……!」
「なるほど、この技術が実用化されれば……」
「いつかまた魔の気の減少が起きたとしても、今回ほどの被害を受けずとも済むというわけだな……」
そしてそれは四公爵も例外ではなく、感心と関心の浮かんだ視線をゴルジェイに向けている。
そんな中、ベルナデッタは内心で首を傾げていた。
あの技術自体はベルナデッタもよく知っている。かつては同じ研究室でお互いに手助けをし合っていたわけだから当然である。
あれは勇者ヴァレリーが魔石を消費する事なく独力のみで魔導具を発動させられることから着想を得たもので、そこからゴルジェイは人間が本来持っている力だけでも実は魔導具の発動は可能なのではないかという説を強引に提唱していた。
度重なる研究と実験の結果、確かに出力は微量ながら普通の人間にも勇者に似たエネルギーが存在している事は確認できたのだが、しかし到底実用レベルには至らなかったはずだ。
厳密に言えば、一応使えはするのだが、運転者の生命の安全が保証できないという欠点があった。まさか、あの欠点を解消する目処がたったというのだろうか。
少なくともベルナデッタが見ていた頃にはそんな様子はまったくなかった。
しかしあくまでその理論と技術の追求にこだわるゴルジェイと、まずは魔石を使う事を容認し、そこから発展させて徐々に魔石利用を減らしていくという現実的な路線を唱えるベルナデッタとの間で次第に軋轢が生じていき、ついにはゴルジェイが研究室を出ていく事になったのだ。
「これは素晴らしい。少し、動かしてみてもいいかね?」
審査委員の政府高官がひとり、ゴルジェイの側に聳え立つ人型の大型機動兵器ゼノインサニアに近づいた。
四公爵は動かない。
まあ当たり前である。まだ研究段階の技術であるから、何かの不具合や誤動作を起こさないとは限らない。レクタングルのトップたる四公爵がうかつに近付くわけにはいかない。
そう考えるとあの高官は実に勇敢だ。公爵たちの代わりに身代わりになろうというのだろう。
「もちろん構わないとも! 存分にこのゼノインサニアのパワーを堪能するといい!」
「では、失礼して……」
高官はゼノインサニアに乗り込み、すぐに見えなくなった。
ゴルジェイがサポートに付き、操作方法などをレクチャーしている。
会場にいる全ての人々は、ゼノインサニアが動き出すのを今か今かと固唾を飲んで見守っている。
しかし、しばらく経っても鋼鉄の巨人は一向に動こうとはしない。
何かのトラブルだろうか、いや実はまだ未完成だったのでは、など、次第にそこかしこからそんな囁きが聞こえてき始めた頃。
ゼノインサニアから高官が降りてきた。
「……どうやら、完全に出力が不足しているようですな。この機構であの巨体を動かすなど、到底無理だったようです」
やはり、とベルナデッタは思った。
出力不足はあのシステムの根本的な問題だ。それをこんな短期間で解決できるはずがないとは思っていた。
しかし全く動かせなかったということは、少なくとも乗員の安全についてはさすがに考えられているようだ。
人間の持つ潜在的な力は弱い。
しかしどうやら、これは生命力に紐付けられているらしかった。
故にこのシステムを使い、生命力の消耗を度外視するならば、おそらくあのサイズの機動兵器でもそのエネルギーを賄う事は出来るだろう。
ベルナデッタがいた頃の実験では、パイロット兼エネルギー源として使用したラットが一瞬で干からびていた。あれを人間が使うなどとんでもない話だ。
「はーっはっは!」
しかし実際にテストした高官に駄目出しをされたにもかかわらず、ゴルジェイは高笑いをあげた。
「それは早計というものだよ御老体! ゼノインサニアが動かなかったのは確かに出力不足! しかしそれは必ずしもゼノインサニアの力不足を意味しない!
ならば何が不足していたのか!
そう、それは他ならぬパイロットの力だ! つまり実力不足は御老体の方なのだ!」
あろうことか、ゴルジェイは審査委員でもある高官をこき下ろした。
「はぁ!? な、な……!」
そして言われた高官は口をぱくぱくさせ、怒りのあまりか徐々に顔が赤くなっていく。
「まあ見ていたまえ! 資格ある真のパイロットによるゼノインサニアの勇姿をな!」
ゴルジェイはそう啖呵を切り、颯爽とゼノインサニアに乗り込んでいく。
そしてそれから程なく、先ほどの沈黙は何だったのかと言わんばかりに、ゼノインサニアがその巨腕を振り上げた。
「──おお!」
「う、動いたぞ!」
「馬鹿な! あの巨体が! 本当に魔石は使っていないのか!」
驚く会場。
それはベルナデッタも同様だった。
ありえない。一体、どうやって人間ひとりであれだけのエネルギーを生み出しているのか。
すると、ゼノインサニアの内部から唸るような低い音が聞こえてきた。
「──ォォォォォ……!」
なんだろう、と耳を澄ませると、それは音ではなく、人の声である事がわかる。
「──ォォオオオオ! パウワァァァァァアアアァァァム!」
ゴルジェイの声だった。
どうやら、ゼノインサニアに十分なエネルギーを供給するためには鍛え上げられた筋肉が必要不可欠であるらしく、普通の人間では到底動かすことなど出来ないらしい。
生命力の使用にセーフティをかけた結果、その代わりに筋力を使用するようになってしまったようだ。
会場の審査委員たちはそれを聞き、感情の抜け落ちた表情で評価シートに何かを記入していた。
コンペティションの出オチ枠。
自動車の窓の開閉をする機構は、電動のものはパワーウィンドウって言うんですが、手動でハンドル回す方のやつも閉めるたびに「パワァァァウィンドオオオォォ!」って言ってたりしませんでした? しませんでしたか、そうですか。




