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勇者ヴァレリー、死す。
その訃報は、大きな悲しみを伴ってレクタングルを駆け抜けた。
しかし悲しんでばかりもいられない。
勇者ヴァレリーがその生命を散らせたのは、魔の気の低下の原因とされる魔王と刺し違えたからだという。
であれば、レクタングルの人々が悲しみに暮れて立ち止まることを、勇者ヴァレリーは望むまい。
勇者ヴァレリーの訃報と、そして魔王討伐の吉報を持ち帰った討伐隊は、王都にて盛大なパレードで出迎えられた。
それは盛大さで悲しみを吹き飛ばそうと言わんばかりの規模ではあったが、しかし空元気というわけでもなかった。
魔王討伐の影響か、数ヶ月前から王都周辺の魔の気の濃度は上昇傾向にあり、増え始めた魔物から魔石が産出されるようになっていたからだ。
パレードを盛大に出来たのも、その物質的余裕があればこそだった。
◇
「──ふむ。経過は順調、と言っていいのかな」
読んでいた書類を執務机に投げ、連盟総長デルニエール公爵はそう言った。
執務室には他に、レクタングル共和国四大公爵家の各家当主が揃っていた。
そのうちの1人、ドゥヴァン公爵が答える。
「そうだな。あまり古い時代には濃度測定の魔導具も無かったから記録も残っていないが、少なくとも観測史上でもっとも古い記録にあるより魔の気の濃度はだいぶ濃くなっているようだ」
デルニエール公の読んでいた書類は他の公爵にも配られている。
「濃度計が作られたのも、魔物が減った原因が魔の気の減少にあるのではないかと考えられたからだしな。つまり、記録に残っている数値の時点ですでに社会問題化するほど魔の気は減っておったと考えるが道理だ。それを思えば、今の状態こそこの大陸の本来の姿と言ってもよかろう」
討伐隊のメンバー、つまり四公爵の孫たちが帰還してからすでに一ヶ月。
魔の気の濃度が上がり始めたタイミングや孫たちからの報告から考えると、魔王が倒れてから半年以上は経過した事になる。
「……ううむ。果たしてこれでいいのだろうか」
「何か気になることでもあるのか、ドロワット公」
「いや、魔の気が増える速度がな……。記録を見れば、かなり濃度の低い水準ではあるが、その減少速度は随分と緩やかだったように見受けられる。
それがたった半年でここまで回復したのは喜ばしい事だが、この増加速度は果たして普通の事なのか……」
「これまでが低すぎただけだったのではないか? 瓶の底にわずかに残った魔の気を生き残った魔物がやりくりしていたような状態だったというか。減少速度がゆっくりだったのも誤差のようなもので、大きな目で見れば単にずっと「ほぼ空」の状態が続いていただけだったとも考えられる。それが増えて元に戻ったのだから、急激に増加したように感じられるのも仕方のない事だ」
「そうであればいいのだが……。何にしても、正常な状態の魔の気の濃度を知るすべがないというのはもどかしいな」
「それはこれから、儂らが記録を残していくしかあるまい。この先の未来でまた同じ災害が起きてしまった時のためにな」
「そうだな……」
ドロワット公も納得し、四公爵は引き続き、産出量が回復した魔石によるエネルギーインフラの整備の議題に移っていった。
産出された魔石が増えたということは、そのままレクタングル共和国のエネルギー資源が潤沢になったことを意味している。
今後も今回のような魔石不足やそれ以外の災害などが起きる可能性も考え、一定量の魔石の備蓄や魔石から取り出したエネルギーの貯蔵など、未来に向けて考えるべき事は山のようにあった。
◇
しかしその後も魔の気の濃度計が示す数値は指数関数的に上昇を続け、ついには測定限界を越え、計測器のスケールアップを迫られるほどになっていった。
ところが魔の気を吸収して増えていくはずの魔物の数は横ばいになっており、魔石の産出量は増えてはいかなかった。
濃度計に触れる機会のある人間は誰もが首を傾げ、原因を探ったが、一向にわからなかった。
濃度計の精度を疑問視する声も上がったが、国中のあらゆる計測器は同じ結果を示していた。
魔の気の濃度の異常上昇はレクタングル共和国だけなのか、それとも南の魔界でも起きているのか。
それを探るには再びデモンズ・ロードが浮上するのを待たなければならないが、今はまだ時期ではない。
しかしこのままではデモンズ・ロードの浮上のときに魔の気が一体どれほどの濃度になっているのか、見当もつかない。
何かが起きているはずなのに、それが何なのかは全くわからない。
そんな国民の不安に押されるように、共和国は有事の際の備えにと国を上げて新たな魔導具の開発を推し進めていった。
そして、さらに数ヶ月後。
レクタングルが誇る天才魔科学者、アルティフェクス博士の手によって、大量の魔石を動力源に稼働する大型機動兵器デウスエクスマキナが完成したのだった。
最初名前考えるのが面倒だったのでアクラージオ博士とかにしようかと思いましたがやめました(




