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「そっ! それは! いや、その前に、何なのですかその書類は! 一体どこから!」
「独自のルートからです。詳細は答えられません」
「そんな出処が怪しい証拠など、認められるか!」
そう、その通りだ。
そこだけは私もどうなのかなと思っていた。
しかしグレーテルに紹介してもらった裁判人の人は大丈夫っていうし、なら大丈夫なのかなと思って気軽に持ってきていたのだが、まさかスキルの力で真贋を鑑定するとは思わなかった。
真贋を鑑定したのは今が初めてなので、裁判人はあの証拠の真贋は知らなかったはずだ。
しかし裁判人にとってはどちらでもよかったのだろう。
私が提出した証拠が偽物であればそのまま偽造の罪で私とジャン氏を糾弾し、本物であれば打ち合わせ通りにレベリオ伯爵を糾弾する。
どちらに転んだとしても、彼が開いたこの裁判で有罪になる者が出れば、それは彼の功績になる。
いかに私が宇宙一美しいと言っても、世の中には美しさよりも別の物の方に価値を感じる者もいる。
初対面の裁判人が私の手を取ったのは、あくまで彼にとって利益があったからであり、私が美しかったからではないのだ。
私の美しさを評価しない価値観を持つ人間は信用できないが、利用する事は出来る。裁判人と私はお互いに利害が一致している。
そして裁判人の今の態度からも分かる通り、提出された証拠品の信頼性は出処ではなく【真贋鑑定】の結果によってのみ担保される。
スキルを授けるのは女神だとされており、女神は嘘をつかないからだ。
「詳細は答えられませんが、出処が確かであることはこの私、ミセリア・マルゴーがマルゴー家の名において保証いたします。そして今、神官様によって本物であると証明された以上、証拠品の証拠能力は十分だと考えます」
ちなみに嘘をつかないのは女神教が信仰している女神の話であり、美の女神たる私はたまに嘘をつきます。
とはいえ今回の件は別に嘘ではない。
入手経路こそ怪しいというか普通に犯罪行為だったが、出処は伯爵邸のワインセラーなので確かといえば確かである。
「ぐぬ……!」
それはレベリオ伯爵も薄々察していたのだろう。
神官によって本物と認定された以上、私の証拠の価値はもう揺るがない。
「だが、それが何だというのだ! 確かに私は、その手紙の示す通り一部の部下の行動を縛る事が出来たのかもしれない! しかし、それが即ち私の犯行を決定付ける事にはならない!」
もちろんその通りだ。
「でしたら、同じ事がジャン氏にも言えますね。たとえ今回の犯行の関係各所における職権を有し、またそれを行なえるだけの時間をも有していたジャン氏であっても、それが即ち犯行を決定付ける事にはなりません」
ここに至っては、当日のアリバイが完璧だろうが曖昧だろうがもはやあまり意味はない。
なぜなら伯爵のアリバイを証言している部下の人間の名前もまた、今渡した証拠の中に存在しているからだ。
「……わかった。いいだろう。ジャン氏が最も疑わしいという発言は撤回しよう」
「そう申されましても、伯爵閣下はただの関係者に過ぎませんので、閣下の発言には大して価値はございませんが……」
裁判人ならともかく。
「そうですね。そして今重要なのは、新たにレベリオ伯爵という容疑者が浮かび上がってきた事実だけです」
そして当の裁判人はそう言っている。
ジャン氏の弁護人として私がするべきなのは、ジャン氏の無実を証明するという回りくどい事ではなく、ジャン氏より怪しい人物を作り出してそいつに罪を着せてやることだ。
まあ今回に関してはわざわざ罪を着せるまでもなく、普通に黒幕なので心も傷まない。
「……ぐ……し、しかし、私はなにもやっていない……!」
「伯爵閣下にも納得していただけたところで、裁判人。弁護人は新たな証拠を提出します」
「……関係者が納得しているようには見えませんが、いいでしょう。その証拠は神官へ」
先ほどと同じように、私は書類を神官に手渡した。
「……今度はなんだ……! なんの書類だ……!」
レベリオ伯爵が私を睨みつけている。わかっているくせに。
この書類は全てワインセラーにあったものだ。
まあ伯爵の使用人が色んな部屋からかき集めて来たものなので、どこの何が持ち去られたのか伯爵は把握していないのかもしれないが。
ワインセラーから書類を持ち出した後、私は『死神』にもう一度命じ、書類の代わりにエドゥアール時代のジョルジュのテストの答案を残しておいた。
さらに目立つアマンダには裁判の直前までレベリオ伯爵邸にちょっかいを出させている。うかつに元の場所に戻すわけにもいかなかったはずだし、隠した書類の中身の確認だってわざわざすまい。
盗み出されている事はもう理解したはずだが、どれがどれだけ盗まれているのかはわからないのだろう。
これも先ほど同様、神官が真贋を確認し、本物だと認めて裁判人に渡す。
「……これは……。タベルナリウス侯爵派閥の各要人に当てた手紙の返事、でしょうか。タベルナリウス侯爵が謹慎中に侯爵派閥を掌握するための工作のようにも思えますが……」
「あっ……それは……」
レベリオ伯爵が反応した。
どうやら気づいたようだ。
しかし弱々しい。派手に反応していらないことに気付かれるのを恐れているのだろう。
いやここに持ってきた時点でこちらがこれを重要な書類だと判断していることは明らかだし、今さら遅いが。
「裁判人。その証拠で重要なのは、内容だけではありません。返信された日付です」
私がそう言うと、裁判人は一瞬こちらを見て少し物足りなさそうな顔をした。何なの。
「……日付? そういえば、ご丁寧に返信の日付がメモされていますね。これは……」
「──そちらのメモ書きのみ、レベリオ伯爵の書かれた文字です。鑑定の結果、先ほどの書類のレベリオ伯爵の署名と同じ筆跡でした」
神官がそう補足した。あのスキルは筆跡鑑定も出来るのか。
しかも、署名と数字の日付を比べたということは、実際に書かれた文字のクセを見ているわけではないのに判定可能である事を意味している。科捜研も真っ青な能力だ。さすがにずるくないかなそれ。
「なるほど、伯爵は律儀に手紙が返ってきた日付を記録しておいでなのですね。なぜでしょうか」
「そ、それは……」
「裁判人。被告人ジャン氏が拘束されたのがいつだったのか、よく思い出してみてください。手紙が返信された日付のうちのいくつかは、ジャン氏が拘束されタベルナリウス侯爵閣下が謹慎を言い渡されるよりも前です」
「おや、本当ですね。ということは、派閥を掌握しようとその手紙を出した方は、侯爵が謹慎を言い渡される事が事前にわかっていたということになりますね。でなければ、謹慎よりも前に返事が返ってくるはずがない」
「裁判人のおっしゃる通りです。そしてわざわざその日付を残していた理由は、早く返信した者ほどタベルナリウス侯爵無き後に構築される新体制で優遇するつもりだったとか、出した手紙にそういう内容が書かれていたのでしょうね。
そして今回のケースでタベルナリウス侯爵が謹慎される事が事前にわかっていた人物とは、ジャン氏が横領の容疑をかけられる事がわかっていた人物に他なりません。
以上のことから、そもそもジャン氏が容疑者になるよう取り計らったのはレベリオ伯爵である可能性が高いと言えますね」
「しかし、弁護人。被告人ジャン氏を有罪とする証拠は弱く、あのままではおそらく私は起訴を見送っていたでしょう。タベルナリウス侯爵を失脚させるには、いささか弱いのでは」
「はい。ですが、そこで今の手紙が効力を持ちます。
日付こそレベリオ伯爵が書き込んだものですが、手紙自体は各貴族の方々が書かれたもの。そこにははっきりとタベルナリウス侯爵を見限ってレベリオ伯爵に付くと書いてあります。
仮にタベルナリウス侯爵が無罪放免とされた後でも、その手紙がある限り、その貴族の方々はレベリオ伯爵を裏切れません。レベリオ伯爵に必要だったのは、その手紙を送り、返事が返ってくるまでの短い間でもタベルナリウス侯爵が動けない状況を作る事でした。返信の手紙の数を考えますと、おそらく派閥のほとんどの貴族はレベリオ伯爵が掌握出来たのでしょう。
こうなればもはやタベルナリウス侯爵が戻ってきても、以前のように派閥を運営していく事は出来ません。派閥のほとんどの貴族はすでにレベリオ伯爵の手先になっているのですからね。これがレベリオ伯爵がジャン氏を陥れた理由です。彼はタベルナリウス侯爵を一時的に抑え、自分だけが使える時間を作り出すために今回の事件をでっち上げたのです」
「しかしそれでも謹慎よりも前の日付の手紙があるのは解せませんね。謹慎よりも前ということは、つまり事件が発覚するよりも前。その時点でタベルナリウス侯爵に密告する貴族が出ないとも限らないのでは」
「実際に謹慎よりも前の日付が書かれているものは、最初からレベリオ伯爵の息がかかっていた貴族の書いたものでしょう。もしかしたら先ほどの証拠にある、弱みを握られた貴族のものも含まれているかもしれません。
手紙を送っても反応が鈍い貴族にはその返信を見せ、すでに了承している貴族もいるのだと話していたのではないでしょうか。そして日付を見せ、自分は届き次第その日付も記録しているのだと言ってプレッシャーをかけた。
いえ、そもそもレベリオ伯爵は手紙を送ったのではなくご自分で話しに行かれたのかもしれませんね。手紙など送れば何かの証拠にされてしまいますし」
「それで返事の方は自分が切り札にするために文書での返信を要求したと。なるほど……」
あの手紙を返信した貴族のところまではいちいち裏を取りに行っていないが、たぶん合っているはずだ。状況から考えるとそれしかない。
「──ジャン氏が無実であるかどうかはわかりませんが、少なくともレベリオ伯爵が事前に横領が告発されることを知っており、その前提で行動していた事は明らかです。そして、横領容疑についてもレベリオ伯爵のアリバイは今となっては完璧なものとは言えません。
よって今はジャン氏よりも追求するべき相手がいると思いますが、いかがでしょうか、裁判人」




