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「ではまず、そもそも横領容疑の具体的な内容からもう一度順に確認していきましょう。
今回横領が起きたと容疑が挙がったのは、先だってのメリディエスよりの侵攻時、迎撃戦へ援軍を出す地方領主への戦時一時交付金が給付されなかったことが発端でした」
いやそういうことじゃなくて、と言いたそうなレベリオ伯爵をよそに、裁判長が話を続ける。
「さい──」
息継ぎも兼ねて裁判長が言葉を切ったタイミングでレベリオ伯爵が発言しようとしたので、私はそれを遮って言葉をかぶせた。
「インテリオラで定められている戦時防衛法では、他国や国外の武装勢力によってインテリオラの領土が侵犯された場合、議会の承認なしに国庫から一時交付金が支払われる事になっていますね」
「ええ。弁護人のおっしゃる通りです。そのための金貨は常に備蓄してあります。
しかし今回、通例通り王家よりその命が下されたところまでは確かなのですが、何故か地方領主に交付されず、結果的に当該領地の領主と有志の領主たちの自腹で防衛戦が行なわれることとなりました」
国を守るためである。自分の領地に直接関係がなかったとしても、援軍を出した領主は多くいた。
しかし軍というのは動かすだけでも莫大なお金が必要になる。資金に余裕のある領や常備軍を持つ領などなら軍隊を供出できても、そうでない領では先立つ物がなければ難しい。
時間をかければなんとか工面できるとしても、いきなり侵攻された領があるからすぐ援軍を送るというわけにもいかなかった。
そんな事情もあり、当初は思うように戦力が集まらず、アングルス領は相当深くまで侵攻される事態になってしまったのだ。
「現状認識のために敢えて言いますが、軍の予測ではデスペル侯が派遣された精鋭がいなければアングルス領は完全に突破されていたそうです」
デスペル侯爵の出した援軍は確か叔母が指揮官として率いていたはずだ。
うちの王都駐留部隊も連れて行った上に、さらに精鋭も引き連れていたのか。それなら敵国王都まで逆撃できたというのも頷ける。
ここに至って今さら止めようがないと思ったのか、レベリオ伯爵はもう私を睨むばかりで無駄に発言しようとはしない。
「その、交付されなかった金貨というのはどこかに無くなってしまったのですか?」
「いえ、すべて手付かずのまま金庫に残されていました。しかし王城の書類では交付済になっていましたので、現物も近いうちに運び出すつもりだったのでしょう。敵軍の侵攻による混乱に乗じて持ち出すつもりだったと思われますが、横領犯の想定よりも早くメリディエス王国が白旗を揚げた為、出来なかったものと思われます」
「ではデスペル侯爵とアングルス伯爵の、いえ辺境伯の奮闘のおかげですね」
とりあえず叔母とギルバートを褒めておこう。
「ふ。そうですね」
裁判長が意味深に口の端を上げた。
「当時、これが可能だったのは財務管理を担当していたジャン氏の部署だけでした。ですので、それが可能だった中で書類偽造が最も容易に行なえ、且つ想定される偽造のタイミングでアリバイが無かったジャン氏が容疑者として挙げられたわけです」
そしてこれまで証拠不十分で起訴にまで至らなかったということは、ジャン氏を容疑者足らしめているのはアリバイが無い事だけだというわけだ。
優秀な捜査官の方々がこれまで捜査しても状況が変わらなかったのだから、ジャン氏のアリバイを今さら証明するのは不可能だろう。だから彼の容疑を完全に晴らす事はできない。
しかし他の容疑者をでっち上げる事は出来る。でっち上げるというか、まあそれが事実なわけだが。
「その件ですが、他の方々には本当に不可能だったのでしょうか」
「一応不可能だったとされていますが、ジャン氏がやったという決定的な証拠が無い以上、他の可能性をもう一度精査する必要がありますね」
「お、お待ち下さい裁判人!」
「……関係者席は、発言の際はまず許可を申し出て下さい」
「も、申し訳ありません。発言よろしいですか」
「どうぞ」
あれ、私もう許可とか取らずに普通に話しちゃってるけどいいのだろうか。今さらだが。
「ほ、他の事務員はそれぞれ担当している業務が分かれております。職権を考えれば、横領に関わる全ての業務が出来たのはジャン氏だけであり……」
「正確には、ジャン氏とその補佐であるレベリオ伯のお二人ですね」
「わ、私には完璧なアリバイがございます! ですので、アリバイのないジャン氏以外に犯人は考えられません! 証拠もおそらく、その職権を利用して処分してしまったのでしょう!」
「職権を──あ、裁判長。発言よろしいですか?」
「弁護人、どうぞ。それと何度も言いますが、私は裁判長ではありません」
「ありがとうございます。
ええと、職権を利用して処分してしまったのだとすれば、命令に従った形になるとは言えジャン氏には共犯者と呼べる者がいたことになりますね。
それについてはハラリオ伯爵はどうお考えなのでしょう」
「……それはもしかして、私のことを言っているのか? 私の名前はハロルド・レベリオだ! 勝手に略すな──「ラ」はどこから出てきた!?」
「失礼しました。ハロルド・レベリオ伯爵はどうお考えなのでしょう」
ちょっと私は方方に失礼しすぎ問題があるな。気をつけなければペナルティを食らうかもしれない。
「ふん! それはもちろん、協力者がいたのだろう。いかに責任者とはいえ、全てをひとりで行なえるほど我が国の制度は脆弱ではない!」
自白かな。
「それはつまり、同じ事が伯爵閣下にも言えることなのではないでしょうか。協力者が必要なのは証拠隠滅だけではなく、犯行でも言えることです。協力者がいるのでしたら、本人のアリバイがいかに完璧であろうともさほどの意味はないのでは」
「そ、れは……! 詭弁だ! 仮にそうだとしても、アリバイがある者よりも無い者の方がより疑わしい事実に変わりはない! それに、協力者が何かをしたという証拠でもあるのかね! あればもう出ているはずだ!」
協力者とやらが犯行を行なった証拠は残念ながらない。
しかし、協力者がいたかもしれない証拠なら持っている。
「裁判ちょ、裁判人。弁護人が独自のルートから入手した証拠がありますので、提出いたします」
「……まあいいでしょう。その証拠はまずは神官の元に。真贋が確認され問題なければ受理します」
受け取ってくれないのか、と思いながらも、私は関係者席に居るディーから書類を受け取り、一段高い場所に座っている女神教の神官と思われる人物に手渡した。
書類を受け取った神官は一枚一枚確認し、何かのスキルを発動した。
「──【真贋鑑定】──。はい。間違いありません。ここに書かれている事はおそらく事実でしょう。少なくとも、書いた本人は事実だと思っていたはずです」
何そのスキル。
【真贋鑑定】と言ったか。物の真贋を鑑定できるということだろうか。
ただ神官の言い方からすると、真贋と言っても絶対的な評価ではなく、あくまでそれを作った者の意思によって本物か偽物かが決定される仕様のようだ。つまり、仮に贋作であったとしても作った本人がオリジナルだと信じていればそれは本物として鑑定されるということである。まあ贋作を本物と思い込んで作る芸術家もいないだろうし、そんな事態はそうそう起こらないだろうが。
いや、そうでもないか。
例えば前世の江戸時代の浮世絵などの、木版による美術品の場合。
原版が偽物であったとしても、刷る作業者が本物だと信じていれば、それは本物の版画だと鑑定される可能性がある。
まあ書類をわざわざ版画で作る意味もないので、今は全く関係ないが。
しかしこれで聖職者が裁判所に居た理由もわかった。
提出される証拠品の鑑定のためだ。
神前裁判とか言われなくてよかった。
もしこれが神前裁判で、最終判決は神に委ねるとか言われていたら、最悪の場合ジャン氏は重しを付けて池に沈められるとか焼けた鉄棒を握らされるとかやらされていたに違いない。それでも頑張れば助けられただろうが、ジャン氏が痛い思いをするのは間違いない。
神官の手によって真贋が確認された書類はそのまま、神官から裁判人に渡された。
それを神官と同じように一枚一枚確認した裁判人は告げる。
「──ふむ。この書類、いや手紙によれば、どうやら貴方の部下の中には何人か、弱みを握られて貴方に従わざるを得なかった者がいるようですね。レベリオ伯爵」
実際の中世ヨーロッパの裁判では、焼けた鉄棒を握らされても全く火傷をしなかった被告人も一定数いたようです。
このことから、当時の聖職者は無実だと思われる者には火傷をさせないなんらかのトリックを用いていたのではという説もあります。
つまり実際はこの聖職者が被告人の態度や言動から真偽を見極めていたということですね。




