2-7
さすがに物を知らない私と言えど、次々代の国家を担う主役の名前くらいは知っている。
彼の王子の名はゲルハルト。ゲルハルト・インテリオラだ。
ちらりと隣のグレーテルを盗み見る。
よく似ているが、年齢の差なのか別の要因なのか、ゲルハルトの方が幾分か精悍な印象を受ける。
とはいえまだ手遅れとまではいかない。我が母の手によって女装すれば、きっとゲルトルード嬢としてさぞかし社交界をにぎわせることだろう。グレーテルと並べば煌く珊瑚2本差しだ。
いや違った。将来を約束されている彼を女装させる必要などない。
どうも、ディーの変身ぶりを目の当たりにしてから思考が母の嗜好に寄ってきている気がする。
ここ最近は父に似ていると言われる事が多かったが、やはり母の血もきっちり引いているということか。
ゲルハルト王子は現在、インテリオラ王国において第4位の王位継承権を持っている。第1位は当然2人の父君である王太子クリストハルト、第2位と第3位は名前は忘れたが確か現国王の叔父と弟だ。ちなみにグレーテルには継承権がないため順位は振られていない。性別の問題ではなく病弱だからという事になっている。
現国王の叔父は先々代の国王が晩年になってから作った子供なので現国王とそう歳が変わらない。とは言え弟君や現国王本人も含めて皆高齢なので、おそらくゲルハルトが学園を卒業し、成人するのを機に継承順を入れ替えるのだろう。
そうなれば彼の継承順は2位となり、世代交代が成ればすぐに立太子だ。
まさに約束された未来が待っている。
ゲルハルト王子と言えば、私たちのふたつ上の学年で、確か学生会長をしているとか何とか聞いた気がする。
新入生でもないのにこの場にいるのはそのためだろう。
いずれにしても、式典前のこの時間は早めに来ている来賓の挨拶を受けるのが仕事のはずだ。
こんな会場の隅っこに用など無いはずだが、これも私たちが壁際で輝きすぎてしまったせいか。
「……お兄様。どうしてこちらに?」
「いや、いくら待ってもお前が挨拶に来ないからだが」
そういえば学園の正面玄関に乗り付けた時も私たちの馬車は一番乗りだった。王女であるグレーテルに気を使い、他の貴族たちが外で待っていたとすれば、同じ事が当然ここでも起こり得る。
つまり、入学を祝われる者たちの中で最も身分が高いグレーテルが、主賓である学校側関係者、この場合は学生会長ゲルハルトに挨拶をしなければ、他の者は気を使って挨拶できないというわけだ。
なんということだろう。
先ほどから視線が集中しているなと思っていたが、それは私たちの美しさのせいではなく、こいつらなんでさっさと挨拶に行かないんだという催促の視線だったのだ。
私たちの美しさが視線を集めてしまうのは間違いない事だが、それとこれとは別である。
目立つのは仕方がないが、悪目立ちは良くない。というか目立つのも本当は駄目だった。
恥ずかしさのあまり私は顔を伏せた。
「それは申し訳ありませんでした。お兄様もご存知の事と思いますが、私たちは身体が弱いのです。馬車での移動と人ごみで気疲れしてしまったので、こちらで少々休ませてもらっておりました」
病弱、とひと言で言っても色々ある。
慢性的に身体がだるく、日常生活を送ること自体を辛く感じるタイプもあれば、普段はそこそこ元気だが、発作などが起きれば一息に死の危険が迫ってくるようなタイプもあるだろう。
私は前者を想定して練習したが、グレーテルは後者のようだった。ゲルハルトと普通に会話している。私もそうすればよかったかもしれない。
「そうだったな。私たち、というと、そちらは」
「こちらは辺境を守るマルゴー伯爵のご息女です。マルゴーの至宝と噂されているご令嬢ですわ」
ゲルハルトの視線を感じる。
貴族社会において目上の者に目下の者から声をかけるのは不躾とされているが、上位者に紹介されたならばその限りではない。むしろ、答えなければ礼を失する。
私は伏せていた顔を上げ、ゲルハルトに挨拶をした。
「……殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう。私はマルゴー辺境伯ライオネルが長女、ミセリア・マルゴーにございます。どうぞ、お見知りおきを」
本来ならば会場に入って最初にしなければならなかった工程だ。
再び恥ずかしさを思い出し、顔が上気するのを感じる。
目を合わせるといつもの問題が起こるかもしれないので、視線はゲルハルトの胸元あたりに固定しておく。赦しなく上位者に目を合わせるのもあまり行儀のよいことではないので、これは不自然ではないはずだ。
「──君、が……マルゴーの……」
ゲルハルトが息を飲んだ。彼の胸元に付けられた勲章が揺れる。
彼がどういう感情からそうしたのかは表情を見ていないのでわからない。
私の美しさに魂を撃ち抜かれのか、それともマルゴー辺境伯の名に畏れを抱いたのか。
たぶん前者だな、と思う一方、つい今しがた調子に乗って恥ずかしい思いをしたばかりなので、ここは謙虚に後者と判断しておくことにする。
一般的に謙虚であるのは美徳とされている。つまり美しい私にふさわしい態度だ。
「……マルゴーと申しましても、辺境伯としての職責を負い、遂行しているのは我が父や兄たちであり、私は末席を汚しているにすぎません。それに学園内での立場は爵位と学年、それから学内役職で決められるべきと伺っております」
鼻つまみ者のマルゴー辺境伯の子、ではなく、ただの伯爵令嬢として扱われるべきである。
実際は家同士の力関係や政治的配慮もあるため、必ずしもその理念の通りに運営されているわけではないらしいが、マルゴー辺境伯についてはこれは額面通りに受け取っておくべきと言える。
なにせ辺境伯領は遠い。
学園で何かあったとしても、家の援助をリアルタイムで受けるのは難しいからだ。
そういう意味では名実ともに王族は最強である。学園があるのは王都だ。王家の庭に建っていると言っても過言ではない。ゲルハルトが学生会長なのも当然である。もちろん、推されて不自然でない程度の実力があっての事だろうが。
「あ、ああ。そうだな。わかっている、マルゴー伯爵令嬢。その、何だったかな。ああ、そうだ。妹と仲良くしてくれているようだな。礼を言わせてくれ。よければこれからも末長く頼む。それから、その、君さえ良ければだが、今度私の──」
「お兄様。他の方々の挨拶はよろしいのですか。私たちが出遅れてしまったせいではありますが、お待たせしている方もいらっしゃるのでは」
ゲルハルトははっきり話したり言いよどんだりと一定しない言葉であったが、はっきりしていた方のセリフは内容からすると国から言うようにと指示されていた事だろう。
私たちとゲルハルトが話しているのは多くの人間が見ており、その多くは貴族だ。それも当主か代行、あるいは次期当主ばかりである。
グレーテルから聞いた、王家とマルゴー家の親密さをアピールする狙いがあると思われる。
リップサービスのつもりか、アドリブでゲルハルト自身とも仲良くする内容の言葉を続けようとしていたようだが、それはグレーテルに遮られた。
それはやりすぎだという事だ。何事にも良い塩梅というものがある。
継承権を持たないグレーテルならばまだしも、病弱とはいえ貴族令嬢である私が王子と近づきすぎるのは、見ている人間によからぬ邪推をさせることになる。
「あ、ああ。そうだな。お前の言う通りだ。私は仕事に戻るとしよう。いや、決して君たちの挨拶を受けにきたのが仕事だからという意味ではないが」
「……存じております。大切な妹君のお身体を心配されたのですよね。王子殿下は家族思いで実にお優しいようで。グレーテル様が羨ましいですわ」
「そ、そうか。それなら──」
「お兄様」
「わ、わかっている。ではこれで失礼する。また後でな」
慌ただしくゲルハルトは去って行った。
彼がホールの中央付近に戻っていくのを見て、周りの新入生やその父兄の貴族たちもそちらへ群がっていく。
混雑するかと思いきや、挨拶の順番は決まっているようで、人だかりこそ出来てはいるが流れはスムーズだった。
やはり私たちが壁でぼうっとしていたせいで滞っていたようだ。恥ずかしい。
「……何頬染めてるのよ。貴女その、私に懐いてるんじゃなかったの?」
「……確かにそう言いましたが、それが今何か関係が?」
「……もしかして、友達枠とそれ以上枠とかそういう──いえ、いいわ。これ以上考えるのは危険だわ」
「……危険な事なら手を出さないのは賛成ですね。賢明です」
「……そうね。本当にそう思うわ……」
これ今ハイファンタジーでカテゴリつけてるんですけど、異世界恋愛の方がいいでしょうか。内容的に。
言うほど恋愛しないというか、「異世界恋愛カテゴリー」、「登場人物ほぼ男タグ」ってもうヤバすぎんだろって気がしないでもないんですよね……。
どっちのほうがいい、というようなご意見ございましたらいただけると嬉しいです。
感想欄でもTwitterでも。
っていうかTwitterの方に投票のやつ投稿しときます。https://twitter.com/harajun1001/status/1382997156320092162
投票期間は3日くらい。……のつもりでしたが、間違えて昨日ツイートしちゃったんであと2日です。




