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念のためにと考え、王城のトイレからタベルナリウス侯爵邸のすぐ側に転移した私は、侯爵邸に戻ってきたユリアを見て安心した。
どうやら『死神』やアマンダたちはうまく彼女を守りきってくれたらしい。
正直心配だった。
『死神』は自称暗殺者であるにもかかわらず、夜間に堂々と我が家に襲撃をかけてきたような人物だ。はっきり言って、暗殺者として優秀だとは思えない。
自己申告している職業でさえそのような体たらくなのに、囮作戦を提案したり、護衛対象を陰ながら護衛したり、ちゃんとやれるか怪しいものであった。
タベルナリウス侯爵邸への連日詐欺行為から、少なくとも詐欺師としての実力は確かだったようだが、それはそれで逆に不安になるというものである。果たしていつから詐欺を働いていたのか。もしかしたら、結社に入社する際から詐欺を働いていたのではなかろうか。つまり、自らを暗殺者だと偽って入社したという事だ。いわゆる経歴詐称というやつである。
ただ私の知る限り、暗殺者というものに特別な資格があるというわけでもないので、多少誇張して自己申告していたとしてもそれを罰する事は出来ない。
まあ何であれ、きちんと仕事をしてくれたのなら問題ない。
いや、敵が囮作戦に引っかからず、何も起きなかったという可能性もあるか。
とりあえず彼らと合流して収穫について聞いてみよう。
屋敷に無事に帰り着くまではユリアを護衛しているはずなので、どこかで隠れて見ているはずだ。
ああ、いたいた。
◇
「──首尾はどうですか」
「何!? 誰──なんだ、ボスか」
タベルナリウス侯爵邸の隣の屋敷の屋根の上にいた『死神』の背後に転移し、声をかけた。
「はい。ボスです。それで、首尾は?」
「ああ。一応、囮作戦の成功は囮役のお嬢様にも知らせた方がいいかと思ってな。最後の1件だけはお嬢様の目の前で『恋人』と『悪魔』が対処した。それ以外は全て未然に防いだが、捕らえた刺客は全員例の屋敷に運び込んである」
例の屋敷というのはジジとドゥドゥのために用意された屋敷のことだ。
用意してくれたのは母であったが、母は今領地にいるのであの屋敷を私が良からぬ事に使ってもバレる事はない。自由に使える秘密基地というわけだ。
屋敷の主人である双子も今頃はまだグレーテルの部屋で寛いでいるはずなので、誰にも迷惑がかからないという利点もある。
「情報は集まりそうですか?」
「実際に手を下すような奴は、所詮は下っ端だからな。大した情報は知るまいが、今回の件は敵にとっては急にやってきた千載一遇の好機だったはずだ。間に人を挟んでいるような余裕も無かったはず。だとすれば、おそらく刺客を手配したのは黒幕にかなり近い人間だ。
全貌を暴くのは無理でも、誰の差し金かくらいはわかるはずだ」
「なるほど。そこまで考えていたのですか。思っていたより優秀ですね」
とりあえずユリアの無事は確認出来たので、私もジジたちの屋敷に行って尋問に参加するとしよう。
屋根の上に例の渦を生み出し、出口をジジたちの屋敷に生み出そうとしたところで、『死神』が言った。
「そういえば、ボスは1人なのか? いいのか? こんなところに1人で来て」
良くなかった。
トイレから転移してきたのだった。このまま屋敷に行ってしまうと私が行方不明になってしまう。しかも王城内での行方不明なので、下手したら大事になる。
面倒だが移動するなら王城のトイレとグレーテルの部屋を経由しなければ。
私は出口の渦をトイレに再設定し直した。
◇
やらなければならない手順を済ませた私がジジたちの屋敷に到着したのは、日が落ちてしばらくしてからだった。
やらなければならない手順の中にはトイレが異常に長かったことへの釈明も含まれていたが、「あの、今日はそういう日なんです」ということで押し切った。そういう日ってどういう日なのかと自分でも思ったが、グレーテルの部屋にいた人間の半分くらいは勝手に深読みして納得してくれた。
納得したということは、どうやらみんな何らかの理由からトイレが異常に長くなるような日があるらしい。どういう日なの。
屋敷ではすでに『死神』たちが尋問を始めていた。
「遅かったなボス。捕まえてきた連中は雇い主を吐いたぞ」
尋問を始めていたというか、もう終えていた。
「……私も色々、直接やってみたかったんですが」
取調室でカツ丼を手配したり。取調室もカツ丼も見たことないが。
いやトンカツは作れるか。ブタもパンも食用油もある。でも米は見たことないな。
取調室はどうするか。スチール机やパイプ椅子は木製のもので代用するとしても、マジックミラーが無い。
「……やめておいたほうがいいぞ。俺たちが言うことでもないが、あまり良い気分になるものでもない」
「まあな。ボスの兄君たちなら違ったかもしれんがな」
「あら、なあに? ミセリア様のお兄様がたってそんなに刺激的なの?」
「……控えめに言って悪魔だったぜ。俺が言うのも何だがな」
「……ついに俺にも死神が来たのかと思ったな。俺が言うのなんだが」
やりたかったが、小道具も設備も無いのでは仕方がない。
もう終わってしまっていることでもあるし、結果だけ聞ければいいか。
「お兄様がたのお話はまた後ほど。
それで、刺客の雇い主というのは?」
「いきなり聞くのか。まあ、ボスらしいか。
聞いて驚くなよ。タベルナリウス侯爵令嬢を狙っていたのは──レベリオ伯爵だ」
にやり、と口の端を上げて『悪魔』が言った。
たった数日ではあるが、タベルナリウス侯爵邸で贅沢なものを食べてきたお陰か、地下牢から持ってきたときよりも『悪魔』も随分元気になっている。髭や髪も若々しく見える。
なるほど、シニカルな表情がよく似合っている。
が、問題がひとつ。
せっかくの機会なので私も聞いて驚きたいのは山々なのだが、そのレベリオ伯爵とやらを知らないということだ。
「──すみません。どなたですか? その、レベリオ伯爵とおっしゃる方は」
伯爵ってインテリオラ王国にいくつあったかな。
自慢ではないが、私に貴族の知り合いはほとんどいない。伯爵ともなるとなおさらだ。
伯爵の知り合いだと、インテリオラの南端を守るアングルス家くらいだろうか。いや、あそこはこの間辺境伯に格上げされたから、純粋な伯爵家の知り合いってもういないな。
「知らねえのかよ……。てっきり知ってるもんだと思って格好つけて言ったのによ」
「……まいったな。前に言ったかもしれんが、俺たちはインテリオラの貴族についてあまり明るくないぞ」
『悪魔』も『死神』も知らないらしい。
ドヤ顔で知りもしない人間の名を告げたのか。何なんだ。
「あの、そんな状況でどうして聞き出した情報が正しいと判断できたのでしょう」
そんな事では、例えば刺客の連中が実際にはいもしない黒幕の名前を適当に話していたとしても気付きようがないのでは。
「ああ、それは多分大丈夫よ。それぞれ別々に尋問した刺客たちから、同じ名前を聞き出したから。尋問のやり方も3人バラバラだったしね。苦痛と恐怖と快楽よ」
「それなら安心ですね」
「いや安心できねえ要素が一個あっただろ今! どんな拷問したんだよ!」
「いやねえ。尋問って言ってるでしょ。拷問なんてしてたのはアナタたち2人だけよ」
誰がどの手段で尋問したかすぐに分かるのが面白い。
「ですが、困りましたね。せっかく黒幕の情報を人知れず入手したというのに……」
誰か詳しい人間に聞かなければならないのか。
候補としては私の両親のいずれかが有力だが、絶対に怒られる。色々。なのでこれは無しだ。マルゴー家所縁の者に聞くのも避けたほうがいいだろう。両親に報告するに決まっている。
囮になってもらったユリアの知識を借りるという手もあるが、グレーテルの部屋で聞いた、彼女が軟禁されていたきっかけの事を考えると、名を教えた瞬間暴走しないとも限らない。
国内の貴族ならグレーテルやゲルハルト殿下が知っているかもしれないが、王族である彼らにこの名前を伝えるというのは、その時点で告発しているのと変わらない。黒幕の詳細な情報が得られていない現時点でそれをするのは時期尚早だ。
「──あの」
それまで黙って聞いていたドゥドゥが控えめに手を上げた。
「レベリオ伯爵家とおっしゃるのがインテリオラ王国に一家のみしかないのであれば、それはおそらく私たちと同じクラスの男子、エラルド・レベリオ君のお家ではないかと」
男子って言葉、なんか久々に聞いた気がする。




