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申し訳ありません。ちょっとバタバタしていて予約投稿忘れておりました。
自室でしばらく待っていると、渦の中からアマンダが顔を出した。
渦の先の安全は確認したらしい。
と言っても実家の地下牢に繋がっているのは他ならぬ私が一番良くわかっているし、普段は閉鎖されているあの場所に危険があるのかどうかはわからないが、それでアマンダが満足するならちょっと待つくらいは構わない。
アマンダに続いて渦をくぐると、薄ぼんやりとした灯りに照らされた地下牢が見えた。
流石に地下牢にも灯りくらいはあるようだ。見上げれば、魔法によって作られたらしい豆電球のようなものが浮かんでいる。
「ちょっと暗いですね」
「これでも明るくしたほうよ。これ以上明るくしちゃうと、闇に慣れすぎたこいつらの目が灼けちゃうわ」
「あと臭いですね」
「ふふ。それは仕方がないわ。こいつらもうずっとお風呂にも入ってないし、下も垂れ流しだし」
薄暗い中を見渡してみると、目の前の牢には繋がれている裸の男達が居た。
男達の尻の下の床には穴が空いており、排泄はそこに落ちていく仕組みになっているようだ。実に合理的だが、これ人権とか大丈夫なやつなのか。
私の気配を悟ってか、項垂れていた男が眩しげに顔を上げる。これだけ薄暗くても彼にとっては眩しいらしい。
「……誰だ? つっても、『恋人』が連れてきたってことは碌なやつじゃあねえんだろうが……」
「失礼ね。あと、今の私はもう『恋人』じゃなくてアマンダだってさっき言ったでしょ。ひどい目に遭わせるわよ」
「……もう十分遭っとるわ……」
昔馴染みらしく軽妙なトークが弾んでいるが、アマンダに何をされたのだろう。
まあそれはそうと、そろそろ私も自己紹介をしておきたい。
「碌な人間ではないかどうかはなんとも言えませんが──」
未だよく目が見えない彼らには、しっかりと口で伝えておかなければならない。
目が見えるならば言葉にする必要など無いが、そうでないならわからせてやる必要がある。
「──私が世界一美しい人間であることだけは確かです」
「……やっぱ碌でもなかった」
しかしやはり見えていないからか、男達は信じようとしない。
きっとどれほど言葉を重ねても、私の姿を一目見るまでは決して信じないだろう。
百聞は一見に如かずとはよく言ったものだ。
「事実よ。ミセリア様は世界一お美しいわ」
さすがはアマンダだ。よくわかっている。
しかし男達はそれを聞くと、ひそひそと話し始めた。
「……おいおかしいぞ。『恋人』が自分以外の容姿を褒めるなど……」
「……まさか、【支配】されているのか?」
そんな事はしていない。これはまごうことなきアマンダの意思だ。
「ちなみに二番目に美しいのはこの私」
しかも謙虚である。
何が謙虚かと言えば、世界で二番目に美しいのはグレーテルか私の妹フィーネであるのはこの世の真理なので、アマンダが言っているのはおそらく出場選手をジャンル別に分けた場合の筋肉部門のことだろうと思われる。そのジャンルでなら彼女は一位も狙えるポテンシャルを秘めているので、二番目と言ったのは謙遜しての事だろうという意味だ。
「……【支配】されていたらこんな厚かましいことは言えないはず、だよな」
アマンダが自分の美しさに変わらず自信を持っている事を聞かされた男達はひとまず信用したらしい。
これでようやく話が出来るというものだ。
「お二人にはこれから、私の個人的な部下になっていただきます」
「……わざわざこんなところまで来るくらいだ……。当然、拒否権なんてないのだろうな」
「そんなことはありませんよ。ただ、拒否権はありますが、今夜私がここに来たのは内緒なので、それは忘れてもらわなければなりません。なので、拒否する場合はなんかいい感じの状態になって全部忘れてもらいます。いい感じになるだけなのでたぶん害はないと思いますが、私も慣れていないので、もしかしたらやりすぎて忘れちゃいけないことまで忘れてしまうかもしれません。呼吸の仕方とか」
「……脅迫じゃねえか」
「……事実上拒否権はない、ということか。どのみち、ここにいてもいつまで生きていられるかはわからなかったところだ。最近はもう食事と神官しか来ないし、マルゴーの連中にとってはもはや俺たちには何の価値もないのだろう」
マルゴーの連中とひとくくりにするのはよくない。
少なくとも私は男達の力を必要としているのだから。
「……結社から刺客が送られてくる気配もねえしな……。こっちにもあっちにも忘れ去られた存在ってわけだ」
「ああ、結社から刺客が送られてこないのは当たり前よ。忘れてるっていうか、『死神』のあんたが帰ってこない時点でもう2人とも死んだと思われてたもの。
まあ、仮に今さら生きてるのが判明したとしても、今の結社には刺客を送るような余裕はないと思うけどね。事実上崩壊してるし。私なんて堂々と裏切ってるけど、こうして元気に生きてるわ」
アマンダの言葉に、男2人は愕然とした様子を見せた。
「馬鹿な……」
「結社が……崩壊しているだと……」
そんなに驚くようなことだろうか。
アインズやアマンダなど、ほとんどノータイムで転職を決めたような人材もいるし、そう長続きするような組織には見えなかったのだが。
「そ、それではまさか、『女教皇』も……?」
「あー。詳しくは聞いてないけど、そっちは崩壊する前には死んでたんだったかしら。同じ頃に『愚者』も死んで、最終的に『魔術師』が結社を引っ張っていく形になったんだけど、私が抜けたちょっと後にその『魔術師』も廃人になったとか何とか……」
『女教皇』というのは確かギーメルの芸名だ。『愚者』も聞き覚えがある。彼らが同じタイミングで死亡したのは確かな情報だ。他ならぬ私がやったのだから間違いない。
しかし砦では関係者は全員始末したと思っていたのだが、そこまで正確に本社に情報が伝わっているとなると、なにか漏れでもあったのだろうか。
いや、中身だけ生きていたギーメルが言いふらした可能性があるか。
私だったら喋るブロンズ像が近づいて来たら反射的にバットで叩き割ってしまいそうになるが、さすがに肝が据わった結社の社員たちはちゃんと話を聞いてあげられるらしい。ブラック社員はたとえ上司が真の姿──カツラがズレた状態とか──を晒していても動揺せずに話を聞かなければならないのだ。
まあ、そうは言っても私も王都の屋敷の庭で彼女の長話を一通り聞いてあげたわけだが。
つまり私もブラック社員の一員と言っても過言ではない。
まだ学園も卒業していない身ではあるが、これもう一端の社会人と言ってもいいのでは。
「……ばかな……」
「……はは……。まあ、たしかになんか気が抜けちまったような感じもするが……。でも、これで良かったのかも知れねえな……。俺たちはもう、結社に縛られることなんてねえってこった。
なあ、嬢ちゃんよ。嬢ちゃんでいいんだよな? まだよく見えねえが。ともかく嬢ちゃんよ。あんた、俺たちを拾いに来たんだろ? 望み通り、あんたの部下になってやるぜ。何をさせてえんだ。こう言っちゃなんだが、破壊活動ならちょっと自信があるぜ」
50絡みの髭の男が開ききらない目を私の方に向け、そう言い放つ。
随分と痩せてみすぼらしくなっているが、声や顔の面影からするとこの男はいつかのオッサン仮面だ。
破壊活動が得意だったのか。技のエフェクトが派手な割にフリッツに全く通用していなかったので、てっきり演出担当の小道具さんか何かかと思っていた。
「実は王都で人知れず調べていただきたい事がありまして。今日はとりあえず隠密行動が得意な人材を探しにきました」
「なんだよ目当ては俺じゃねえほうかよ……」
「いえ。今後どういった業務が必要になるかわかりませんから、なにか得意なことがあるのであればもちろん貴方を雇うのも吝かではありません」
私はオッサン仮面じゃない方の男に視線をやった。アマンダやオッサン仮面の話しぶりからすると、こちらが暗殺が得意なお友達なのだろう。
彼は結社崩壊の報を聞き少しの間呆然としていたが、やがて気を取り直し、オッサン仮面同様半開きの目で私を見やる。
「……あの方は裏切り者を許さない。たとえ冗談でもだ。それでも『恋人』が大手を振って歩いていると言うのなら、たしかに『女教皇』は死んだのだろうな」
「それだけは間違いありません」
なにせ私がこの手で二度も殺していることだし。
いや二度目は殺したと言っていいのかどうかわからないが、なんだかよくわからないモノに変質して砕け散ってしまったので、さすがにたぶん死んだと思う。
そう言えば一度目も実際に手を下したのはペットのネラだし、この手で殺したわけではないか。
「……そういうことか。まさか結社の幹部を手に掛ける、いや結社を潰してしまうほどの実力者とはな。可愛らしい声からは想像も出来ない」
「……私が直接やったわけではありませんが」
「貴女の意思によってなされたのなら、同じことだ。
わかった。貴女の下に付こう。どのみち、俺は暗殺者だ。自らの意思で行動する事はない。主が必要なのは確かだからな」
暗殺者というのは生粋の社畜であるらしい。因果な業種だ。
「では、とりあえずそこらで小さめのオーガを二匹捕まえてきましょう。連れ出す2人の代わりに、オーガの喉を潰してここに置いておきます。おおまかな雰囲気は似てるので、これだけ暗ければたぶんバレないでしょう。
地下牢からは転移で移動しますが、気分が悪くなったり、逆に不自然に気分がよくなったりした時は速やかに申し出てくださいね。申し出られてもどうもしてあげられませんけど」




