13-2
「ユリア様たち、どうしたのでしょう」
休み時間、私はグレーテルやジジたちを呼んで聞いてみた。
ユリア、エーファ、ヘレーネの3人は学園に来ていない。それに他にも来ていない学生がいるようだ。
隣のクラスも見に行ってみたが、ルイーゼも来ていないらしい。
「──あ」
するとグレーテルが何かに思い至ったような顔をした。
「どうかしましたか?」
「そういえば、昨日久しぶりに王城に帰ったときだけど──」
グレーテルがマルゴーから久方ぶりに帰城したところ、王城内はいつもより慌ただしい様子だったのだという。
聞けば、どこかの部署で大規模な不正があったそうで、関連する役職の文官たちが連座で失脚したらしい。
その結果業務に必要な人数が足りなくなり、定時を越えても仕事が終わらず、王城全体がばたついていたようだ。
「その失脚した派閥というのが、タベルナリウス侯爵の?」
「そこまでは聞いていなかったけれど、みんなが一斉に休んでいるところを見るとそう考えるのが妥当なのではないかしら」
タベルナリウス侯爵令嬢ユールヒェンがマルグレーテ王女と学園で懇意にしていることくらい、王城に勤めるものなら把握しているはずだ。
そんな令嬢の実家が失脚したとなれば、王女にその情報を伝えるのが普通であるように思える。
いや、むしろ仲の良い友人の家が失脚したなどと王女にはとても伝えられなかったのだろうか。
卒業したのであればゲルハルトもすでに一部の公務を担っているだろうし、かの王子が気を回して妹姫の耳に入らないようにしていた可能性もある。
「ルイーゼ様もでしょうか。ヘロイス子爵は別にタベルナリウス侯爵の派閥ではなかったように思いますが」
「子爵本人はそうかもしれないけど、例の一件以降、王都にいる夫人とルイーゼは侯爵と懇意にしているはずだから、まあ失脚云々は直接関係ないとしても今は一緒にいるのではないかしら」
あの仲の良さならそうなのかもしれない。
ずっと王都にいたのなら何か知らないかと、私はジジとドゥドゥに視線を向けた。
しかし2人は揃って首を横に振る。その動きには寸分の違いもなく、実に可愛らしい双子の姉妹にしか見えない。変われば変わるものである。
「私たちは屋敷から出ることもありませんでしたから」
「お買い物などの所用はお姉様がたがしてくださいましたし」
「……お姉様がた? ああ」
一瞬誰だろうと思ったが、これはおそらくアマンダたちのことだ。お姉様ではなくオネエ様ということだろう。
仲良くやっているようで何よりである。
さるやんごとなき血筋の人物、ということにしているとはいえ、2人は厳密にはインテリオラ貴族ではない。マルゴー家やグレーテルが関わっている事は知られているから敢えて調べようと考える命知らずもいないが、逆に貴族としての人脈を作ることも出来ない。
マルゴー家、およびマルグレーテ王女はマルゴー家と王家が親密であることを示すためだけの繋がりであり、友達がいない事については定評がある派閥であるからだ。
2人が情報面で疎いのは庇護している私たちのせいだとも言える。
「……ですが、役職は持っているとしても別にタベルナリウス侯爵ご自身が王城にて業務に携わっているわけではないでしょう。ご商売もありますし。であれば雇われ文官のような方が侯爵家から派遣されている形になっているでしょうし、不正を働くような人物を敢えて選出して出仕させたりするでしょうか」
「タベルナリウス侯爵の一派はインテリオラでも上位に入る富裕層だから、雇われ文官にもちょっとした不正をしてクビになるようじゃ到底割りに合わないくらいの給料は支払ってるのではないかしら。それを考えると、本当に不正をしたというのは考えづらいわね」
「となると……」
「まあ、いわゆる政争ってやつじゃないかしら。ライバル貴族を蹴落としてやろうという。
このところいくつかキナ臭い事件が連続して起きているし、そのうちのどれかに関わっているとかそういう流れで告発されたってところでしょう。
ちょうどお兄様も学園を卒業して正式に王城に配属されたばかりだったし、それで皆バタバタしている隙を狙ったのねきっと」
このところ起きているキナ臭い事件のほとんどに関わっている私としては耳が痛い話である。いや、首謀者側なわけでもないので特段何かを言われる筋合いなどないわけだが。
強いて言うならどこかの砦を死体の山に変えたときには騎士団の取り調べを受けたが、あれも結果的に無罪を勝ち取っている。私は悪くない。
ともあれ、この様子だと今回は珍しく完全に私は関係ない騒動であるようだ。
そのうち飛び火しないとも限らないが、ターゲットがタベルナリウス侯爵の派閥であるなら仕掛け人がマルゴー家にちょっかいをかけてくる公算は低い。
我が父はあまり気にしていないようだが、とかくタベルナリウス侯爵家は我が家がお嫌いであるようだし。
しかし、私にとって個人的な友人であるユリアが被害を被っているのなら座視するわけにはいかない。
家として友達がいないのは確かだが、その分私が頑張って友達を増やしてやらねばならない。
そうして出来た数少ない友人が有事であるというのなら、手を貸してやるのが人情というものだろう。
「……これは、ちょっと調べる必要がありそうですね」
「言っておくけど、私じゃ力になれないわよ。そういう権力闘争とか主導権争いに関わらない事を条件に無事に生きているようなものなんだから」
グレーテルが両手を上げてそう言う。
まあ、そうでもなければこんな格好などしていないだろう。
マルゴー家という特殊枠があればこそ、王家にとっての価値が生まれているだけで、マルゴー家がなければ扱いに困っていたに違いない。
いやマルゴーがなかったら普通の王子として育てられていたのかもしれないが。
グレーテルが動けないとなると、これは私がなんとかするしかあるまい。
だいたいいつも、起きた事件は最終的に何かしらの力技で解決してばかりであったが、今度は謀略、頭脳戦だ。
ここはひとつ、私のかしこさを──。
「あ、首突っ込むの? だったらひとつ、注意しておかないといけないことがあるんだけど」
「何でしょう、グレーテル」
「いや、タベルナリウス侯爵ゆかりの文官が本当に不正をしてたとしたら、手の出しようがないなって」
確かに。
いや、そんな事はない。諦めたら駄目だ。
仮にそうだったとしても、その不正を逆にタベルナリウス侯爵の政敵のせいにして陥れてやればいいのだ。
そうすれば結果的には変わらなくなる。
王城でいくら不正をされたところで私やマルゴー家の懐は傷まないし、実際のところ誰が不正をしていようが構わない。
「いや構うわよ」
「……声に出ていましたか」
「聞かせてるのかと思ったわ」
「でしたら、タベルナリウス侯爵の政敵が卑劣な奸計を用いた事を祈っておいてください」
「いや、本当に不正をしていたんだったら何もしないってちゃんと言いなさいよ!」
◇
授業が終わり、学園を出た私は、御者役のディーにジジたちの屋敷に寄るように伝えた。
私が用があるのはアマンダだ。彼女は以前、警備の厳しい学園に忍び込み、私の作った秘宝を盗み出した実績がある。
それほどの実力があれば隠密として十分である。彼女なら私が必要としている情報を入手してくれるだろう。
そう思っていたのだが。
「──無理、ではないかもしれないけれど。あまりそういう調査とかには向いてないのよね。私」
「そうでしょうか。警備の厳重な学園からあれを盗み出した手腕があれば……」
「そりゃ行って帰ってくるだけなら出来るでしょうけど。証拠を探したり、こっそり誰かの会話を盗み聞いたり、そういうのは駄目ね」
どういう違いがあるのだろう。
というか、そもそもどうやって学園の警備を掻い潜って侵入したのか。
「えーと、ミセリア様、未成年よね? ちょっと私の口からは言えないわぁ……」
なにそれ気になる。超気になる。
「ていうか、マルゴーにはあいつがいるじゃないの。『隠者』が。諜報だったらあいつの右に出る者は居ないと思うけど」
「エレミタ……たしかアインズ様のニックネームでしたね」
「……どっちがニックネームかっていったら微妙なとこだけど、まあそうね」
しかし残念ながらアインズにはもう休暇が残っていないようで、あまり雑務は言いつけられない。
彼の表向きの上司である駐在騎士ヨーゼフからは「好きに使ってくだされ」と言われているが、マルゴー家が本当に彼を好きに使ってしまうとおそらく過労死してしまうので、今は通常の駐在騎士補佐の任務に戻して休養させている状態だ。マルゴーの勤務体制はホワイトです。
「アインズ様はちょっと……。都合がつかなそうです」
「そうなると……。えっと、他に誰がマルゴーにやられてたかしら……。『死神』あたりでも近い事はできそうだけれど、生きてれば」
どこかで聞いたことがある名前のような気がする。
「ちなみにモルス様というのはどのような方でしょう」
「まあ、口数が少なくて陰気なやつよ。でもああいうタイプに限って、気を許した相手には饒舌になったりするのよね」
「そうではなくて外見的な意味で」
性格なんて語られても困る。
「顔は知らないけど、体型はひょろっとしてて、髪型は……わからないわね。確かいつも頭巾みたいなものをかぶってたような。まあ典型的な暗殺者スタイルの奴よ」
暗殺者。それなら心当たりがある。
以前マルゴー家の裏庭を焼いた男がそんなような格好だった。いや、実際に焼いたのはフリッツの魔法だったかな。
人違いだったら困るので、私はアマンダを連れて行くことにした。
アマンダの部下たちには改めて引き続きジジたちの世話と護衛をお願いしておく。
彼ら──彼女らは私が声をかけると跪いてありがたがるので、正直ちょっとやりづらい。確かに雇い主は私だが、雇い主など労働と賃金のやり取りを行なう契約によって書類上主従関係が結ばれているというだけで、別に偉いわけではない。
これまでそんなにブラックな職場で働いていたのだろうか。マルゴーの勤務体制はホワイトなので安心して欲しい。まあ彼女らを雇っているのはマルゴー家ではなく私だが。
屋敷についたら、ディーに先に眠ってもらった後にアマンダを連れて一瞬だけ里帰りだ。




