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父に言われていた通り、無事に王女と仲良くなれた。と思う。たぶん。
後は入学の日を待つばかりだ。
顔を晒して外出するのはディーとブルーノに止められているので堂々と往来を歩くことこそ出来ないが、屋敷内でのんびりしたり馬車で移動をする分にはかなり自由にやらせてもらった。
馬車で移動したところで外に下りる事は出来ないのでそこは残念だったが、どこにも出かけられないというわけでもなかった。
あれから数度、王女──グレーテルからの呼び出しがあったからである。
家臣とはいえ、王女は所詮王女。主家の娘であるというだけで、厳密には主ではない。それが北の脅威から国を守るマルゴー家の馬車を気軽に呼びつけるとは、本来ならばあってはならず、まともに応じる必要はない。
が、しかしグレーテルがさみしがるのはかわいそうなので、美しくも心優しい私は毎度素直に応じてやることにしていた。
王女からの呼び出しとなればディーやブルーノも止めるわけにもいかず、私にとって屋敷の外で羽根を伸ばせる数少ない機会になっていた。
いやディーは毎回あの手この手で止めようとしていたが。
「いらっしゃいミセル。今日は入学してからの事をちょっと打ち合わせようと思って呼んだのよ。
まず入学の式典だけれど、貴女は王家と懇意にしている上級貴族の子女なのだし、私と同じく病弱だから、当日は王家の馬車に同乗していく形でいいわよね。
申し訳ないけれどディートリンデは一緒に乗せる事は出来ないから、後からマルゴーの馬車で付いてきてちょうだい」
「そんなに私と仲が良いアピールをしたいのですか、グレーテル様は」
「正確には、アピールをしたいのはお爺様やお父様であって私ではないけれど、そういうことね。あと様付けは……まあ、いいわ。気長に待つ事にする。何となく貴女の事わかってきたし」
こいつは私の何を知っているというのか。
と思ったが、数日ではあるものの今世において私がこれほど長く付き合ったのは家族や使用人を除けばグレーテルだけである。
なんとも自分が浅い人間であるようで釈然としないが、全世界を見渡してみれば確かにグレーテルは私の事をよく知っている人間ランキングにおいて相当上位に食い込んでくるだろう。
しかし、国王や王太子が我が家と懇意にしているアピールをしたいというのは少々ひっかかった。
世間知らずの私にはそのあたりの政治力学は全く分からない。
私が不思議そうな眼をしているのがわかったグレーテルが口を開く。
「そりゃあね。あれから毎日こうして顔を合わせているんだし。貴女、聞いた話では私と同じ【天才】らしいけど、あまり人と話した経験はないんでしょう。初対面じゃその綺麗な顔に目が行くせいでわかりづらいけど、結構表情から感情が読み取りやすいわよ。私は自分の顔で耐性ついてるから引っかからないけどね」
「いえ、そっちじゃありません。別にグレーテル様が私の事をわかっていようがいまいがどうでもよろしいので。相変わらず顔の割にオツムは残念な王女様ですね」
「私の頭の中身が残念だなんて言い放つ人間は、世界広しと言えどもたぶん貴女だけよ。
ええと、じゃあお爺様がたがマルゴー家と懇意にしているアピールをしたいという方かしら。そちらの理由も簡単ね。
もともと王家とマルゴー家は代々懇意にしていた、らしいのよね。私と貴女のお爺様たちだけでなくてね。でも前辺境伯、貴女のお爺様が夭折されてしまったために、今代の辺境伯と王家の次代、王太子であるお父様はまだそれほどの関係を築いてはいない」
代々仲が良かったとは初耳だ。むしろそれどころか、マルゴー辺境伯領は全体的に国を少々軽んじているような雰囲気さえある気がする。ユージーンたちもそんなような事を言っていた。
しかし現国王陛下とお爺様が懇意であり、ユージーンの言い様も親と同世代がどうのとかそんな感じだったし、あれは反抗期のようなものだったのかもしれない。
そう考えると、チョイワルオヤジが遅めの反抗期とはなんだか可愛らしい。
「ここ最近は国全体で見ると北の魔物の被害も減ってきていて、そのおかげで勢力を伸ばしている商業系の貴族たちの態度が年々大きくなってきているのよね。もちろん、北の脅威が減っているのはマルゴー家の実力の賜物であると私たちはわかっているけれど。
商業系の貴族たちは国がマルゴー辺境伯領に対して税金の優遇措置をとっているのをよく思っていなくて、最近はその圧力も徐々に強くなってきているの。貴女の前では言い辛いけれど、前辺境伯がおられなくなったのも大きいのかもね。あの方は良くも悪くも存在感の塊のような方だったらしいから。
だからと言って今さら急に辺境伯と王太子を近付けるのも妨害や反発を生むだろうし、何より下手に辺境伯を動かしてせっかく彼が安定させている北の状況をいたずらに乱すのも有り得ない。
そういうわけで、次々代を担う私と貴女を仲良くさせて、中央と辺境の蜜月は断たれたわけではない事をアピールしたいというわけね」
つまり、祖父が若くして亡くなってしまったために、私が学園に入学する事になったというわけだ。
王家と距離が離れてしまうのは父も望んでいないのだろう。それは国が割れる事を意味するからだ。本来辺境伯とはそれだけの影響力を持っている。この国の場合は影響力というよりは物理的な力だが。
父は自分たちの力の大きさを正しく理解しており、その上で国が乱れる事を望んでいない。しかし、自分や跡継ぎが直接出張るのは色々な意味で影響が大きすぎる。
そこへ折しも同じ事を考えていた王家から例の申し出があった。
だからこれまで屋敷に閉じ込めていた私を解き放つ気になったというわけである。
このグレーテルの言葉は私を安心させた。
父やマルゴー家に限って有り得ないとは思っていたが、考えようによっては今回の件、王家がマルゴー家から私という人質を取ったと考えられなくもなかったからだ。
王都に来た時、懸念に思っていたのはこの点についてだった。
国王が祖父と懇意にしていたと言っても、祖父とは数えるほどしか会ったことが無かったし、国王とは会ったことすらない。2人の関係や人となりなどわからない。
孫娘の友人になってほしいと言われても、それを額面通りに受け取っていいものなのかどうか知れたものではない。
父が使用人を1人付けるだけで私を領から出した時点で、人質の線は消えたと考えていいと思ってはいた。
が、それはあくまで私の希望的観測に過ぎない。
しかしここで別の角度からもそれを裏付ける証言を聞けた事で、人質の可能性は消してもいいだろうと考えるに至った。
未だ会った事もない国王や王太子がどう考えているのかは知らないが、少なくともグレーテルは私を友だと認識してくれている。
ならばその友情に応える事こそ私が考える事であり、人質について過度に警戒してグレーテルを心配させるのは美しい行ないではない。
それに、自分にとって前向きな情報をくれた相手というのは好意を抱きやすいものである。それが顔がいいのであればなおさらだ。まあ私ほどではないが。
「なるほど、よくわかりました。
つまり要約しますと、美しい私たちが仲睦まじくしていればインテリオラは安泰であるということですね」
「よくわかってなさそうな事はわかったわ。いえ、それとも本当によくわかった上で要約した結果がそれなのかしら。頭がいいのか悪いのかよくわからないわね……」
「グレーテルは私の事が何となくわかってきたのでは?」
「私にわかったのは、貴女ってなかなか懐かない猫みたいだなって事くらいよ。いつになったら──って、今呼び捨てにした!?」
「そうしてもいいと言われていたと思いましたが、違いましたか?」
「違わないけど! 何で急に!」
「もちろん、私がすでにグレーテルに懐いているからですよ。にゃー」
「あ、貴女それ学園でやるんじゃないわよ! 無駄に顔だけはいいんだから!」
「美しさに無駄な事などありません。私が優れているのが容姿だけなのは確かですが。にゃー」
「急にデレるんじゃないわよ! 何なの貴女! 何がスイッチになったの!? ちょ、顔が近い!」
とりあえず、今度こそ無事に王女と仲良くなれた。はずだ。
グッドルッキングなボーイとボーイの顔が近いお話です。




