12-5
「だめだ」
知ってました。
「そこを何とか」
「ならぬ」
ですよね。
北の魔大陸に視察に行ってみたいと父に申し出てみたところ、当然のように却下されてしまった。
まあこのくらいは想定内だ。問題ない。
「ですが、お父様。私はバレリーに正確に言葉を伝えることが出来ます。魔大陸には当事者のバレリーを連れて行くのは決定でしょうし、そうなると私を連れて行かないわけには」
「だが、あの者はすでにインテリオラの言葉を操れるというではないか。文字はまだだそうだが、それは今すぐ必要ではないしお前が居ても同じだ」
しまった。
グレーテルの口車に乗ってバレリーに言葉を教えてしまったことが裏目に出たようだ。
まさかグレーテルはこれを狙っていたのだろうか。
仮に私が偵察に行けたとしても、王女たるグレーテルまで連れて行くわけにはいかない。そうなればグレーテルはまた留守番だ。
新学年が始まるまで王都に行かないと伝えただけで危険なマルゴーにまで来てしまうくらいだし、いつ帰ってこられるかもわからない北の地に偵察に行くなど認めるはずがない。
さすがは一国の王女。頭がピンクでもやる時はやる。
「……バレリーは確かにそうですが、視察に行った先ではバレリーの他にも獣人の方がいらっしゃるはず。その方々は私たちの言葉がわからないはずですから、こちらの意思を正確に伝えられる私が行けば……」
「仮にこちらの意思を伝えられるとしても、相手の意思を受け取れないのでは意味があるまい」
「そこは、同行するバレリーに通訳をお願いすれば……」
「それなら最初からバレリー1人で十分だろう。彼は話せるし聞けるのだからな。お前が行く必要はない」
バレリーにすべてを任せられるほど信用出来るのかという問題はあるが、ただ監視するだけなら私でなくても構わない。
研究所ではバレリーがこちらの言語を習得するのと並行してあちらの言語の解析も進められていた。
もう話せる人間もいるし、近いうちに教本も作られるだろう。
しかしあそこは魔物研究所だったと思うのだが、言語の研究も出来るのか。理系と文系で全く違う能力が求められると思うのだが、地頭がいい人間は何をやっても成果を出せるということなのか。
「それに獣人どもの全員がお前の言葉を受け取ることが出来るのかは、他にサンプルがないため断言できぬだろう。お前の言葉だけがバレリーに伝わっていたように、バレリーだけがお前の言葉を受け取れるという可能性もある。そこが定かでない以上、お前を行かせる訳にはいかぬ」
そんなことがあるだろうか。それはさすがに言いがかりに近いのでは。
とは思ったが、翻って考えると私が時々利用する、証明できないから断言できないというロジックの悪用も似たようなものなので、あまり強く言うことは出来ない。
「視察にはフリードリヒと『餓狼の牙』を行かせる予定だ。それとバレリーだな。その前に全員にあちらの言葉を覚えさせる。お前は奴らが帰ってきてから話を聞けば良い。話は以上だ。下がりなさい」
父はそう言うとデスクに溜まった書類の処理を再開してしまった。
さすがにこれ以上仕事の手を止めさせるわけにはいかない。
私はすごすごと執務室を後にした。
それにしても、父のデスクにあれだけ書類が溜まっているのを初めて見た。
たぶん今までは執務室に居るしかなかったから他にすることもなく仕方なく仕事をしていたのが、ある程度出歩けるようになったことでやらなくなってしまったせいだろう。
することがなかったから仕方なく仕事をしていたとか中々聞かないセリフだ。マルゴー領主のブラックな体質が伺える。
三男でよかった。長男だったら過労死していた。
◇
父と話している間、バレリーは母に預けてあった。
屋敷内や研究所でなら今さらなので構わないが、それ以外の場所に連れて行くには彼の耳や尻尾は目立ちすぎる。
母は帽子やファッションにも造詣が深いので、それらをうまく隠したり誤魔化したりするアイテムにも心当たりがあるかと思ったからだ。
完全に覆い隠すのは難しいだろうが、何もすべて隠してしまう必要はない。
はっきりと耳や尻尾だとわからなければいいだけだ。
これまでそういう人種が全くいなかったのだから、はっきり見えてしまわなければ誰もそんなものが生えているなんて考えたりしない。初めて彼を見た私が変わった髪型だと考えたように。
「──お嬢様。先にお名前を考えておいた方がよろしいかと」
母とバレリーがいるはずの衣装部屋へ向かう途中、私の後ろに控えているディーが言った。
「名前? 何のですか?」
「バレリーなる者の、です」
「どういうことでしょう。バレリーではいけないのですか?」
「別に構わないと言えば構わないのですが、変装した状態で彼の故郷の者と会うこともあるかもしれない可能性を考えますと、別の名前も用意しておいた方がよろしいかと」
ちょっと何を言ってるのかわからない。
が、ディーは部屋が近づくにつれて何も言わなくなってしまった。たぶん、もう部屋に着いてしまうし、見ればわかるということなのだろう。
ちょっと釈然としないものを感じながらも、私はディーに衣装部屋の扉を開けさせた。
◇
「──なるほど、ウィッグですか。確かに、頭部上方に生えている耳を隠すにはそれが一番ですね。帽子をかぶったままではいけない場所もありますし。さすがはお母様です」
「そうでしょうそうでしょう」
「それに、尻尾を隠すのであれば、たしかにスカートが最も合理的です。身体に密着するパンツスタイルではどうしても限界がありますから。スカートを人前で脱ぐこともそうありませんし、これなら彼に耳や尻尾が生えているなど誰も思わないでしょう。さすがはお母様です」
「もっと言ってもいいのですよ」
「さすがはお母様です。可愛い男の子を女装させたらマルゴーいち、いえ大陸一ですね」
その能力の実用性はともかくとして、大陸一の実力を持っているのは間違いない。競技人口が1人しかいないかもしれないが。いや、王城でグレーテルをコーディネートした侍女がいるはずだから、最低でも2人はいるのか。なら1、2を争うとか言っておけばカバーできるかな。
そう、バレリーは我が母の手により可愛らしい少女へと生まれ変わっていた。
耳を隠すためのふんわりとした作りのウィッグは、いわゆるナチュラルボブとかそういう感じのスタイルだ。
私やディーは生まれが貴族なので短い髪型はしたことがない。これはグレーテルや元オキデンス兄弟も同様だ。
そう考えると実に新鮮に見える。
母としても新しいジャンルを開拓した思いだろう。生産性がある内容かは別として。
「ディーが言っていたのはこのことだったのですね」
「ディー? 何か言っていたの?」
「はい。名前を考えておけ、と」
「確かにそうね。この子は貴女の部下なのですから、貴女が名前を付けておあげなさい」
「わかりました、お母様」
姿見を覗き込んだまま動かないバレリーを見る。「これが……ワタシ……」とかつぶやいている。
まだ片言なところもあるが、かなりこちらの言葉に馴染んできたようだ。普段からこちらの言葉で話すことを心がけているおかげか、今のように半ば自失状態でも自然とこちらの言葉が出るようになっているあたりポイントが高い。
もともとの顔立ちがインテリオラの一般的なものと違うこともあって、なんというか、非常にエキゾチックな雰囲気を醸し出している。
片言な言葉と気安い髪型、そしてそれらに見合わない高価なドレスが複雑に絡みあい、なんというか、前世で見た事がある外国人キャバクラのホステスを一瞬連想してしまった。
もちろんホステスの彼女たちよりかなり年齢が低いので、そこはかとなく違法性も漂っているような気がする。いや、そういう仕事をさせるつもりはないので合法だが。
「そうですね……。では、バレンシアというのはどうでしょう」
「バレンシア、それが、ワタシの新しい名前デス?」
「そうですよ、バレリー。貴女は今日から私のメイドのバレンシアです」
「メイド……。ハイ! わかりまシタ!」
バレリーは姿見に視線を固定したまま、こちらを見ることなく元気よくそう答えた。
メイドとしてあるまじき態度だが、まあそれはおいおいでいいだろう。
それにしても自分の格好をずいぶんと気に入っているようだ。たしかに可愛らしいしわからないでもない。もしかしたらそういう願望でもあったのだろうか。
バレリーは元々女の子と見紛うくらいには可愛らしかったので、やろうと思えばいつでも出来たはずだ。でも実家が厳しくて出来なかったとか、そんなところか。
そうなると、バレンシアを北の魔大陸に行かせる時はバレリーの格好をさせた方がいいかもしれない。地元に帰るのに耳や尻尾を隠す必要も無いだろうし。
ヤッターオトコノコダヨー(
顔立ちはともかく、元々体格は長身細マッチョ系だったので女装とか難しかったようです。いや元からそういう願望があったのかは定かではありませんが。
先に女の子用の名前考えてからキャラ名考えてる説あります(




