11-9
晴れのち曇らせ(
「……うん。魔の気の濃度も急激に下がってる。やっぱり、こいつが魔王だったみたいだね」
放り投げていた魔導具を拾い、土を払いながらドミニクが確認する。壊れてはいないようだ。弁償する羽目にならなくてよかった。
「つえーしかてーしタフだし……暴虐帝ってのはこんなのをひとりで倒したのかよ。どうかしてるぜ」
切り裂かれた鎧の腹部分を撫でながらイーサンが言う。全くその通りだ。
いや、それ以上だ。
「もともと瀕死、とまでは言わないけど、かなり負傷して体力も消耗してたみたいだ。魔法も最初の一発しか使って来なかったし、そんな余力も残ってなかったのかも。こいつが魔王だったのは間違いなかったと思うけど、それにしては……」
「そうだな。まるで、ろくに食べ物も食べられないような状況から命からがら逃げ出して、さらにその途中で何かに襲われて怪我を負った、そんな風にも見える」
ヴァレリーの言葉を、地面に刺さった槍を引き抜いたロイクが引き継ぐ。
そうだ、そういう感じの消耗の仕方だった。
もしそうだとしたら、元はもっと強力な魔物だったのだろう。
そしてそれは、そんな強力な魔物が命がけで逃げ出してしまうような状況を作り出す何かが、この近くにいるかも知れない事を表している。
「……やっぱり、森の向こうのさっきの町が気になるな。ここが魔物しかいない大陸だとしたら、あの町を作ったのも魔物ってことになる。町を作るほど知能が高く組織力のある魔物だったら、魔王を力で飼いならす事も出来るのかも……」
「おいおい、そんな力を持ってんだったら、むしろそいつの方が魔王じゃねーか」
「その通りだな。まあ仮に魔物たちの町が本当にあったとして、そこの連中がこの魔王を囲っていたとしても、それが破綻して魔王が逃げ出したのは確かだろう。だとしたら、そうなった理由はわからないでもない」
理由が理解できるというロイクに、ヴァレリーは怪訝な顔を向けた。
そんなヴァレリーに答えたのはドミニクだった。
「この辺りの魔の気の減少具合からして、今倒したこいつが何か特別な存在だって事は間違いない。
魔物にとって魔王がいる事がメリットになるのかどうかはわからないけど、特別な存在、自分たちと違う存在っていうのは、誰だって恐ろしいものだよ。
飼いならすより、殺してしまった方が精神的にずっと気楽だ。……殺してしまえば、もう怯えなくてもすむからね」
特別で異質な存在が恐ろしいから、殺してしまおうと攻撃し追い出したというのだろうか。
ヴァレリーは心臓を鷲掴みにされたような気分になった。
特別。異質。それは──
「──そう。その理由はわからないでもない。その心情は理解できる。……納得は、難しかったがな……。
スロット2、【ペネトレイト】」
ロイクが持っていた槍をそっと放す。
いや、これは何故か風景がゆっくりに見えていたからそう感じただけだ。ロイクはそっと放したわけではなく、ちゃんと投げていた。
ヴァレリーに向かって。
槍はゆっくりと回転しながらヴァレリーに迫る。
避けられない。身体が動かない。
ただ感覚的に周りが遅く見えているだけだからその感覚に身体が付いてこないのか。それともあまりの事態に反応出来ていないのか、それはわからない。
とにかく、結果的に、ロイクの槍は無抵抗のヴァレリーの胸を貫いた。
「──ぁがはっ!」
急に速度が普通に戻ったような感覚と同時に、ヴァレリーは自分が仰向けに倒れているのを感じた。
◇◇◇
「……歴史は繰り返す、などという事にならねば良いが……」
「そこは、孫らに任せるしかあるまい。それにヴァレリー自身も裏表のない、気持ちの良い青年だ。かの暴君とは違う」
デルニエール公は、不安げに顔を曇らせる同志らに言った。
「ヴァレリーが信頼している孫らであれば、彼の隙をついて殺す事も可能だろう。暴君のように誰も信じぬ男であれば無理だったかもしれんがな」
「まったくもって忌々しいものだ。運命というのは。よもや祖先の不始末を、儂らの孫の代で清算することになろうとはの……」
「……貴族たる者のすることではないな」
「違うな。貴族だからこそ、やらねばならんのだ。たとえどれほど醜い行ないだったとしてもな」
◇◇◇
「──俺たちは自分の事を図抜けて優秀だと思ってるが、それでもヴァレリー、お前の足元にも及ばない。今回だって、お前がいなかったら最初の攻撃でイーサンは死んでただろう」
「うっせーな」
「……それはつまり、いざという時にお前を止められる人間など存在しない事を意味している」
ヴァレリーは生暖かい液体が自分の身体から流れ出ていくのを感じていた。しかし、止めようにももはや指一本動かす事は出来ない。
視界もぼやけ、青空も歪んだ灰色に見えている。
音や気配から、ロイクたちが魔王から魔石を抜き取りながら話をしているのがわかった。
「……ヴァレリー、君はロイクの事を、祖父に似ていて羨ましい、と言って見ていたね。自分は孤児で、似ている親族なんていないから、と。
しかし、それは違う。
君は知らないだろうが、実は四公爵の家には君そっくりの人物を描いた古い肖像画が残されているんだ。門外不出だけどね。
その人物こそ、暴虐帝ザカリー。
君の顔は、彼の生き写しなんだよ。彼の顔と所業を知る、四公爵家の人間なら誰もが恐怖を覚えるほどにね」
「そう。ヴァレリー。君はザカリーの血を引く唯一の人間なんだ。
もうずいぶん昔に完全に途絶えたと考えられていた、暴虐帝の直系の子孫だ」
暴虐帝ザカリー。
知っている。孤児院にも本が置いてあったし、ここに来る途中にドミニクが読んでいた。
「あー。もちろん、俺たちはお前がそんな奴じゃないって知ってるぜ。お前とザカリーは別の人間だ。お前がザカリーみてえになる事なんて万にひとつもあり得ねえだろう。
……でもな、もしかしたら、億にひとつはそういう事があるかもしれねえ。魔王を倒したお前を国の皆が持て囃して、それでお前が増長し、悪いことを考えるようになっちまうかもしれねえ。
もし、そんなことになったら、400年続いたレクタングルの歴史もおしまいだ。お前を止められる奴なんていない。きっと、沢山の人が酷い目にあう。そいつは、貴族として看過出来ねえ。たとえそれが億にひとつの可能性だったとしてもな」
「これは俺たちの家の決定だ。言い訳をするわけじゃないが、俺たちは俺たちの家の決定に従い、お前をここで殺す。
それが、四公爵家に連なる者の、果たすべき責任だからだ」
「……暴虐帝ザカリーは元々、サントル王国の王家に生まれた王子だった。継承順位は低かったけどな。
しかしその特殊な才能と突出した実力によってあっという間に冒険者として大成し、ついには魔王の単独討伐をも成功させた。そしてこの功績を以て王室に復帰し、他のライバルを全員殺して王位についた。彼はその後、周辺の4つの国を武力で併合し、サントル帝国樹立を宣言した。
この時併合された4つの国の王族というのが、今の四公爵家の祖先だ。
だから俺たち四公爵家は、あの時サントル王国の暴走を止められなかった責任を、今果たさなければならない。同じ悲劇を繰り返すわけにはいかないんだ」
仲間だと思っていた。
しかし、嘘だったのだ。最初から、彼らとヴァレリーとでは立っている場所が違った。
いや、全てが嘘ではないはずだ。彼らの声は震えている。たぶん、ヴァレリーの死を悼み、自分たちの仕打ちを恥じて泣いているのだ。
あるいはもしかしたら、それはヴァレリーがそう望んでいるというだけなのかもしれないが。
「こんなこと、今さらお前に言っても何の意味もないんだろうが……。
俺たちは、いや我らは、お前の功績を奪うつもりはない。魔王を倒したのはアムール孤児院出身のヴァレリーだと、きちんと後世に伝える。勇者ヴァレリーは魔王と刺し違え、その命を散らしたとな。孤児院にも、しばらく生活に困らないだけの褒賞や弔慰金が出るだろう。お前を引き取った校長にも」
生暖かい液体が自分の身体から流れていく。血だと思っていたそれは、血だけではなかった。
胸から流れ出るこれは、もしかしたら涙なのではないか。
それが何に対する涙なのかはわからなかったが。
「それから──」
「ロイク、ロイク! ……もう、ヴァレリーは」
「……そうか」
◇
ヴァレリーの肉体はとうに、死んでしまっていたのだろう。
しかし、ヴァレリーの意識はいつまで経っても闇に閉ざされる事は無かった。
彼は全く動けないまま、ただ仲間たちが去っていく音を聞いていた。
◇
それから、どれだけ経っただろうか。
あるいは、ほとんど時間など経っていなかったのかもしれない。
心臓の鼓動さえも失ったヴァレリーには、時間を計る術はない。その必要もない。
ヴァレリーはふと、自分の身体が再び熱を持ち始めているのを感じた。
同時に、それまではただのノイズのようなものだと感じていた、耳を撫でる音が、誰かの声である事に気付く。
いざ意識をしてみればそれは、鈴を転がしたような美しい声だった。
なんと言っているのだろうか。
ヴァレリーの知っている言語ではない。しかし、不思議とその意味だけは魂で理解出来た。
──どんな時も希望だけは失わずに──
はっとした。
余計な装飾など何もなく、ただ言葉の持つ意味だけが理解できたおかげで、それはすとんとヴァレリーの心に入ってきた。
そうだ。
希望を失ってはいけない。
──もしかしたらどこかには──
そう、どこかには。
きっと未来があるはずだ。報われる時が来るはずだ。
──耳としっぽだけを生やした人間のようなタイプの獣人もいるかも知れない──
耳としっぽだけを生やした、いやいや。
「──何の話だよそれ! っごほ! ごほげほ!」
起き抜けに叫んでしまったせいで噎せてしまった。
長い時間死んでいたからだろう。無理もない。いや、死んでいたなら叫べるはずがないし、起きる事もない。
「……一体、僕は……」
死んだはずだ。去りゆくロイクたちもそう言っていた。
しかし、今。
目は見える。
声も出せる。
音も聞こえる。
生き返った、のだろうか。
なぜ。どうして。
そして同時に、奇妙な違和感があった。
なんだか、自分の声ではないような。
上体を起こし、地面についていた手のひらを見る。
体格の良かったヴァレリーは、その手もゴツゴツとしていた。剣を何度も振ったせいで硬いタコも出来ていた。
ところが、見つめる手のひらは小さい。それに、タコもない。まるで何の苦労も知らない少年の手に見える。あるいは形や大きささえ気にしないのなら、たった今生まれたばかりの赤子の手のような。
とりあえず立ちあがってみる。
どうも尻の下に何かを踏んでいるようで、座りが悪くてしょうがないからだ。
尻の下に敷かれていた何かはそのまま、ヴァレリーが立ち上がるのに合わせてくっついて持ちあがってきた。
何が付いているのだろうと手をやってみると、ふさふさの毛が生えた何かだった。
暖かい。あと、動いている。
さらに、尻に直接触れられているかのような、奇妙な感覚がある。
何かの動物に噛み付かれでもしているのかと、それを強く握って引っ張ってみた。
「──!?」
痛みと妙な感覚が同時に襲ってきた。
そのふさふさの何かはどうやら、ヴァレリーから直接生えているようだった。
新連載「魔王を倒した元勇者だけど、仲間に裏切られて殺された結果獣人に転生しました」はぁじまぁるよ~(嘘)
お嬢が世界に祈り()を捧げてから数日~10日弱くらい経ってますが、ようやく最適なロケーション(周辺に利用可能なエネルギーが満ちている)とシチュエーション(ちょうどいい素材が落ちている)が整ったのでちょっとした奇跡が起きた感じです。
原種の神々が新人類とか魔物とか生み出したのと似たような現象ですね。それやっちゃえるってことは原種の神々のシェアを奪ってることになるのでは(




