表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美しすぎる伯爵令嬢(♂)の華麗なる冒険【なろう版】  作者: 原純
勇者ヴァレリーと魔界への道
139/381

11-5





 ばしゃばしゃと、水を跳ね上げながら5頭の馬が走る。

 水と、その水の下の砂地に足を取られながらの疾走だ。本来であれば、馬の持つスピードは望むべくもない。

 しかし、その5頭は地上を進むのと何ら遜色のない速度で水辺を疾走していた。


 いや、正確には水辺ではない。

 海だ。

 そして海辺でもない。

 大海原の只中である。


 そんなところを馬が走れている理由は、水面のすぐ下に陸地があるからだ。

 そして海水や水底の砂地を無視して疾走出来ているのは、馬の蹄鉄に仕込まれている魔導具のおかげだった。疾走を補助する魔導具である。


「──まずいぞ! もう海が!」


「急げ! 大陸はもう見えてる!」


 5頭の馬に跨った5人の青年が口々に励まし合いながら、足で馬の腹を締め上げる。

 しかしいくら発破をかけられたところで、馬も長距離を全力疾走させられているためもう限界だ。

 本来であれば、馬の襲歩──全力疾走──は出来て数分、距離にして5キロ程度である。ところがこの青年たちは馬に継続的に体力を回復し続ける魔導具を利用し、実に本来の限界の十倍以上もの距離を疾走させていた。

 が、それでも延ばせて十倍だ。限界を超えた先の限界が馬たちに訪れていた。


「うわっ!」


「ヴァレリー!」


 ついに、ヴァレリーが跨っていた馬が力尽き、頭から海に突っ伏してしまった。

 ヴァレリーは投げ出され、前方の海に着水してしまう。

 これが普通の地面であればヴァレリーも頭から大地に叩きつけられていたかもしれないが、不幸中の幸いというべきか、海水がそれなりに満ちてしまっていたため怪我はせずに済んだ。


「──ぶはっ! だ、大丈夫だ! 先に行ってくれ! すぐに追いつく!」


 倒れ伏した馬はそのまま波に揺られ、立ち上がる素振りを見せない。すでに死んでしまっているようだ。

 限界を超えて走らされ続けたため、走りながら絶命してしまったからである。


 ヴァレリーは水をかき分け、死亡し波にさらわれそうになっている馬の蹄鉄から魔導具を取り外し、それを自分のブーツに付け替えた。

 この魔導具は歩兵用のものと騎兵用のものが同じ規格で作られている。このように馬が潰れてしまった際にスムーズに騎兵から歩兵へとスイッチ出来るようにという事と、量産コストを抑えるためだ。

 無事に魔導具の付け替えを終えたヴァレリーは、先行したロイクたちを追って走り始めた。

 そうしている間にも海面はどんどん上昇してきている。急がなければ、すぐに走れなくなってしまう。

 走りを補助する魔導具は、あくまで走るという動作を妨害する要素を一時的に無視できるようになるというだけだ。

 例えば人間であれば、腰まで水に浸かってしまうような状況になってしまうと効果はほとんど見込めなくなる。そもそも走るという動作が行なえなくなってしまうからだ。


 しかし、限界だったのはヴァレリーの馬だけではない。

 程なく他の者たちの馬も走りながら絶命し、ヴァレリーと同じように魔導具を付け替えて自分の足で走り始めた。

 最終的にはそれでも足りず、走れないほどに上昇してしまった海を泳いでなんとか大陸に手が届いたという有様だった。


 魔界と呼ばれ恐れられる、未知なる大陸に。





 ◇





「──はぁ、はぁ……。なんとか、辿りつけたな……」


 全員が濡れ鼠になりながらも、武器や背嚢などの最低限の装備品は確保しつつ、魔界の砂浜に這い上がった。

 最後は泳いだとは言っても、陸地も近く、進めば進むだけ徐々に浅瀬になっていったことで、本格的に遊泳する羽目にはならずに済んだ。もし足がつかないほど海面が上昇してしまっていたら全員溺れ死んでいただろう。金属製の装備を持ったまま泳ぐなど自殺行為を通り越してただの自殺に他ならない。

 最も水深が深かった時でも胸あたりだったろうか。体力は相応に奪われたが、それも馬から取り外した魔導具で誤魔化すことで強引に突破する事ができた。


 その代償として、魔導具の効果を切った今、尋常ならざる疲労に襲われてしまっているが、そうしなければ流されて死んでいただろうから仕方のないことだ。

 とはいえ、全員で同時に魔導具を切ったわけではない。軍学校で教わったとおり、魔導具の効果は1人ずつ切っている。まだ切っていない者と、疲労から回復した者で周辺の警戒をしつつ拠点の作成をしている。拠点と言っても小さなテントだが。


 レクタングルを日が沈んでから出発したのだが、日はもう昇り始めている。

 夜を徹しての移動になってしまった。これから休みたいところだが、この大陸の魔物の生態というか、生活のサイクルがよくわからないため、気を抜くことは出来ない。


「──よし。全員、動ける程度には回復したな。じゃあ、まずはしばらくここで休もう。明日の夜までここで休んで、その間魔物に襲われる事がなければ、以降は夜に活動して昼間に休むというサイクルで行こう。事前の打ち合わせ通りにな」


 厳密に指揮官が設定されているわけではないが、この5人で行動するときはロイクが行動方針を決定する事が多い。

 これまではただの習慣だったが、今回は失敗できない任務であるため、それも事前にそのように取り決めがされていた。次席の指揮官はアンドレだ。

 グループの中心は言わずもがなヴァレリーだが、重要人物が必ずしも指揮能力に優れているとは限らないし、個人の戦闘力が高い者が指揮能力に優れているとも限らないからだ。


 一行はそのまま翌日の夜までおよそ一日半の間、交代で周辺を警戒しながら休息を取った。

 時折、浜辺のすぐ向こうの森からテントの様子を窺うような視線を感じることがあった。視線と言うか、はっきりと茂みの中に動物の目のような光が見えたこともある。


 それが昼夜問わずに行われた事や、様子を見るだけで襲ってきたりはしないことから、5人は視線の主は襲うより襲われる事が多いような弱い魔物であり、かつ昼でも夜でもある程度活動出来るだけの能力があり、しかも群れを作る魔物ではないかという予測を立てた。


「ネズミ鬼、じゃないか?」


「どうだろう。そもそもこっちの大陸にもネズミ鬼っているのか?」


「俺らの大陸からこっちに移ってきたんだったら、そりゃいるんじゃねえのか? じゃなかったらわざわざ俺らが来た意味がねえだろ」


「いや、この際俺たちの大陸の魔物がこっちにいるかどうかは重要じゃない。魔界には今現在もレクタングルより魔物が多いって事実の方が重要だ。ドミニク、魔の気はどうだ」


 ロイクに問われ、ドミニクは懐から魔導具を取り出し、備え付けられている水晶を覗き込む。


「……ああ。高いな。こんな数値見たことがない。ドゥヴァン領の漁村も高めだったけど、こっちはさらにその上だ。でも、そこまで大きな差はないかな……」


 ドミニクがチェックしたのは魔の気の濃度計である。

 魔石は使用しなくても徐々に内部のエネルギーが減少していく性質を持っている。と言ってもエネルギー源として使用する際に影響が出るほどではなく、普通にしていればわからないほど僅かな量である。

 しかし長年の研究の結果、周囲の魔の気が濃ければ濃いほど、そのエネルギー減少の速度が緩やかになる事がわかっていた。

 その性質を利用して作られた魔導具だ。

 はっきり言って研究室以外では使われることのない極めて専門性の高いアイテムであり、ほんの僅かなエネルギーの推移を測定するために高価な素材がふんだんに使われた超高級品だが、今回の任務においては魔王の居場所を探るために必要ということで特別に貸与されていた。


 それによれば、どうやらこの辺りの魔の気の濃度は、魔物はいるが、魔王がいてもおかしくないというほどではないらしい。


「となると……。あの山だな。森を抜けて、あの山脈を越えた先か。魔王がいるとすれば、あの向こうって事だな」


 ヴァレリーは昼間に見た、山脈の方を睨みつけながら呟いた。


「そうだな。そうなんだが、その前にこの森の調査だ。まずはこの森で食料を確保しなければならない。保存食も無限ではないからな。多少の栄養は魔導具でいくらか誤魔化せるが、その魔導具のための魔石も確保しないとな。

 どうやらネズミ鬼かそれに似た生態の魔物がいるようだし、まずはその正体を探ってからだ」





 ◇





 それから一行は数日をかけ、浜辺を拠点として森の浅層の探索を行なった。

 その探索によって、いくらかの野生動物や、食べられる野草、木の実などを手に入れる事が出来た。

 分布している動植物はレクタングル南部とそう変わりはないようで、パッチテストの結果、問題なく糧食として利用することが出来たのは僥倖だった。


 さらに、例の魔物がネズミ鬼である事が確定した。

 レクタングルではほとんど見かけなくなった魔物だが、博物館で見た剥製とほとんど同じ姿であったため、同定は容易だった。

 話に聞いていたよりは少し強いような気もしたが、体躯が人間よりもかなり小さいこともあり、数体の群れなら問題なく対処することが出来た。


 ネズミ鬼の魔石は小さく、もともと使い勝手がいいとは言えない。

 しかし魔石の不足が深刻化するにつれ、効率化と小型化が進んできた現代の魔導具ならば、十分に使えるサイズである。

 一行はネズミ鬼の魔石を確保しつつ、徐々に森の深部へと探索範囲を広げていった。


 探索の途中、山脈から流れているらしい渓流を発見したことで、拠点の場所を移動させる事になった。

 海水を浄化し真水に変える魔導具は持っているが、何もないところから水を生み出すことは出来ない。それに、海水を浄化するよりは淡水を浄化する方が魔石の消耗は少なくて済む。

 いずれは山越えを目標にしている事も考えれば、拠点の移動は必然だった。


 川の近くにはネズミ鬼だけでなくイヌ鬼や、時にはブタ鬼が出ることもあった。

 しかし魔界に来てしばらく経ち、魔物との戦闘に慣れてきた5人にとっては、いずれも対処できない相手では無かった。





 さらに、数ヶ月。


 干し肉やドライフルーツなど、十分な保存食を準備し、何度か山の探索もこなし、準備は整った。


 レクタングル共和国の未来をかけて、ついに山越えに挑む時が来た。







数話で終わりますと言ったな。あれは嘘かもしれない(

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 好きなだけ書いてええんやで
[良い点] > 以降は夜に活動して昼間に休むというサイクルで行こう フラグかな? イヌ鬼がコボルド、ブタ鬼がオークだとしても、ネズミ鬼がわからん……
[一言] 馬に優しくない。お嬢だったら蘇生してでもこき使って角が生えるまで鍛えてた( 多分でっかい魚とかの餌になるんだろうな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ