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ヴァレリー達を乗せた馬車は出立から数日後、大陸最南端の漁村に到着した。
「ようこそいらっしゃいました。ヴァレリー様。ドミニク様」
政府からすでに話は通っているらしく、素朴な服を着た村長らしき人物が一行を出迎えた。
村長の案内に従って村に入り、この日の宿へと向かう。
通りすがりに目にする村の様子からは、まださほど困窮しているという印象は無かった。漁師に混じってちらほらと、武装している村人の姿も見える。
全国的に魔物は減少しているが、この村ではまだ冒険者が活動できる余地があるらしい。
となるとやはり、政府が立てた仮説である「魔王誕生による魔の気の移動」説は正しいのかもしれない。
レクタングル共和国があるこの大陸は四方を海に囲まれている。
海にももちろん魔物はいるが、仮に大陸の魔物たちがどこかへと移動して行った場合、海に入ったとは考えづらい。
地上の魔物の多くは海では生きていけないし、海には海の魔物がいるからだ。
海の魔物は今回の件でも数を減らしているという報告は上がっていないし、もともと地上の魔物よりも身体が大きく力が強い。特殊能力はほとんど使わないが、それでも地上の魔物が勝てる相手ではない。
海ではないとしたら、魔物たちはどこに行ったのか。
その謎を解くカギが、実はこの漁村にあった。
この漁村には、ある特異な性質があった。
漁村の南に広がる砂浜。
その砂浜には一年に一度だけ、大干潮の折に道が現れるのだという。
砂浜のさらに南に広がる海。
その海を割り、海の先にあるのだろう大陸へと続く、細く長い道が。
年に一度の大干潮には干上がるのだとしても、普段はもちろん海水に覆われている。
大陸まで続く遠浅の海であるのは間違いないが、それでも海である以上、陸から離れればそれなりの海棲魔物も現れる。危険なため、漁に出る際も他の海よりは遠くまで行けると言う程度のもので、南の大陸まで行ったりはしない。
浮かび上がる道も数時間足らずで再び沈んでしまうため、この道を通って実際に大陸まで行った事のある者もいない。あるいはいるのかもしれないが、少なくとも帰ってきた者はいない。
道の先は完全なる未知の領域となっている。
だが、ひとつだけわかっている事もある。
それは、道の先の大陸には大量の魔物が生息しているらしいということだ。
道を渡る事こそ誰もしなかったが、以前にギリギリまで船で近付いた漁師がおり、そう語っていたという。
もともと南の大陸の方が魔の気が濃いからか、別の理由からか、その魔物たちが北上してくる事はないようだが、そんな大地であったため、南の大陸はこの漁村ではこう呼ばれていた。
魔物たちのひしめく世界。すなわち、魔界と。
ともかく、一時とはいえ、道が現れる事だけは確かだ。
であれば、レクタングルの魔物たちは、この道を通って南の大陸に移動したのではないのか。
共和国政府はそう考えた。
というか、仮に魔王が誕生していたとしても、レクタングル共和国内にはそんな目撃情報はどこにもなかった。
この大陸は余すところなく共和国の統治下にあるので、国内で見つからないのなら別の大陸にいると考えざるを得ない。
他の方角に大陸があるのかどうかは不明だが、この漁村の道の存在によって、少なくとも南方には大陸があることはわかっている。
消去法で考えればそれしかないという程度の軽い考えであるし、そもそも魔王誕生自体仮説の段階に過ぎなかったのだが、この漁村ではまだ冒険者が活動出来ているという事実がそれらの考察を後押ししていた。
つまり、レクタングルでは南の方がまだ魔の気が濃いということだ。
これは南方で魔王が誕生し、南方に魔の気が集まっていることを示唆しているとも考えられる。
「俺たちが軍学校に入った頃にはもう魔物は減り始めてたから、ああいう格好の人を実際に見るのも初めてだな」
「正確に言えば、見た事はあるが酒場以外では初めて、だ」
仕事を失った冒険者たちはその戦闘力を持て余し、他の仕事にも就けずに酒場で管を巻いている事が多かった。
彼らほどの体力があれば、他にいくらでも仕事はあった。
しかし戦いを生業とする彼らにとって、物を運んだり何かを作ったりということはどうしても肌に合わなかったのだ。戦士としての矜持から戦い以外で生計を立てる事を拒んだ者もいる。
同じ方向性の職業なら兵士があるが、これは国や自治体に雇われているものなので、そういった行政組織から募集がかかっていなければ就職するのは難しい。
軍としても、魔物による脅威が減り続けていく中でその規模を拡大する事は出来なかったのだ。
ヴァレリー達が卒業した軍学校も年々受け入れる生徒数が減らされており、校長と個人的なつながりがあるヴァレリーや四大公爵家のロイクたちのような一部の特権階級以外にとっては非常に狭き門になっている。
そうした事情から、今や単なる荒くれ者となり果ててしまった冒険者たち。
そんな彼らが、酒も飲まずに武器を担いで村を守っている。
その光景はヴァレリー達にとっては新鮮であった。
そして、これこそが本来あるべき人の営みの姿なのだと、強く印象に残ったのだった。
◇
「──こちらが私どもの家になります。狭いところですが、この村では一番大きな建物になります。
ヴァレリー様とドミニク様、そしてお付きの皆様におかれましては、「道」が現れるまでこちらでお過ごしください」
漁村の村長はヴァレリー達を部屋へと案内した後、一礼して去って行った。
「……ヴァレリーはわかるけどよ、なんでドミニクだけ様付けなんだよ」
イーサンが吐き捨てるように言う。そういう態度が透けて見えるからでは。
そんなイーサンをなだめつつ、ロイクがその理由を説明した。
「まあ、しょうがない。大陸南部は元々ドゥヴァン家の土地だったからな。今もドゥヴァン派の貴族たちが治めてるし。これが南部じゃなくて西部だったら、たぶんイーサン、お前が様付けで呼ばれていたはずだ。あっちはドロワット家の影響力が強いからな」
「ちっ。気分悪いぜ」
「ふ。そう言うな」
「あ……」
「なんだ? どうしたヴァレリー」
「いや、なんでも……」
ロイクの笑い方が、出立前に対面したデルニエール公の笑い方に重なった。
顔はそれほど似ているわけではないが、確かに血の繋がりを感じさせる仕草だった。
孤児であるヴァレリーにとって、明確に血の繋がりのある人間がいるということが、少しだけ羨ましかったのだ。
「……」
その様子をドミニクが無言で見ていた。
「……何見てるんだ、ドミニク」
さらにそんなドミニクをアンドレが見ていた。
「……いや、すまない。何でもない」
◇
漁村に数日逗留すると、やがて年に一度の大干潮の日がやってきた。
大干潮の日取りは年によって数日の誤差が出る事もあるが、それを見越して多少の余裕を持って首都を出立してきている。なんとかその誤差の範囲内に収まったようだ。
大干潮は太陽が沈んだ後、月のない夜にしか起こらない。
漆黒の海をいくつもの篝火が照らす中、波の合間に篝火を反射さえしない一筋の闇が浮かび上がる。
その部分だけ海水が無いからだ。
つまり、これこそが道。レクタングルと南の大陸とを繋ぐ懸け橋。
「……これが……魔界への道……」
「覚悟はいいか? ヴァレリー。これを渡れば、少なくとも一年は戻って来られないぞ」
南の大陸で海を渡る手段を何かしら見つける事が出来ればその限りではないが、さすがに可能性は低いだろう。
海を渡る事など人間にだって無理なのだ。
魔物しかいないとされている魔界でそれが出来るとは思えない。
「……ああ。大丈夫。このために僕はここまで来たんだから」
そう言うと、ヴァレリーは用意された馬に跨った。
仲間たちのフルネーム
アンドレ・ゴーシュ
ドミニク・ドゥヴァン
イーサン・ドロワット
ロイク・デルニエール
※ドロワット家の所領を東部から西部に変更しました。これ絶対後で間違えるやつ……




