11-3
出立のパレードを終え、ヴァレリーたち一行は南に向かい旅立った。
移動は馬車だ。
魔石を動力源にした馬なし馬車もそろそろ実用段階だという話も聞いた事があったが、今は魔石が不足しているため、仮に開発できていたとしても使う事はなかっただろう。
馬車に揺られながら、ヴァレリーはパレードの事を思い出した。
パレードはヴァレリーのこれまでの人生で最も恥ずかしい時間だった。思いだしただけで顔が熱くなってしまう。
誰も彼もがヴァレリー達に注目し、歓声を上げていた。その目には
「おい、何赤くなってんだよ。何かエロいことでも考えてんのか?」
「そんなわけないだろ!」
1人で照れていたところを見られ、友人のロイクに茶化された。
彼はレクタングル共和国で一番偉い、デルニエール公爵の孫だ。と言っても、彼にはその事を鼻にかけたりする様子はない。
彼の祖父であるデルニエール公も、自分はあくまで総長という職に就いているだけで偉いわけではない、と言っていたので、謙虚というか、そういう教育方針の家なのだろう。
「ヴァレリー、申し訳ありませんが、エロい事は旅が終わってからにしてくださいね。戦う前に無駄にエネルギーを使わせるわけにはいきませんから」
「やめてくれよドミニクも! だからそんな事考えてないって!」
ドミニクはデルニエール公爵の前に連盟総長を務めていたドゥヴァン公爵の孫である。
いつも丁寧な口調で話しているが、話の内容はロイクとそう大差ない。
「ちったあ静かに出来ないのかよお前ら。他に客がいないっつっても、御者はいるんだぞ。エロ、エロいとか、訳の分かんねー事言ってんじゃねー」
ともすればヴァレリー以上に顔を赤くしながら、そう言ったのはイーサンだ。彼の祖父はドロワット公爵。デルニエール公爵やドゥヴァン公爵同様、四大公爵に数えられている大貴族だ。
「……ふん」
そしてヴァレリー達の喧騒を余所に、1人で静かに本を読んでいるアンドレ。
彼もまた、四大公爵たるゴーシュ公爵の孫に当たる人物だった。
◇
なぜ、国家の中枢を担う大貴族の子弟たちがヴァレリーに同行しているのか。
それはヴァレリーの持つ特殊で強大な力が原因だった。
ヴァレリーは元々、孤児として教会で育てられた。
親や血縁はいない。
いや、どこかにはいるのかもしれないが、少なくとも本人はそれを知らなかった。
成長するにつれ、ヴァレリーは体格に恵まれ、あらゆる分野でその才能を発揮していく事となった。
最初は裁縫。
この国の孤児院の子供たちは、内職で裁縫をする事などがあった。そうして作られたハンカチや小物などを裁縫ギルドに売るのだ。売ったお金で端切れや糸を買い、それを使って裁縫仕事をする。この時の売値と買値との差額が孤児院の収入源のひとつになっている。
ヴァレリーは手先が器用で、彼の作った作品はギルドでもすぐに評判になった。一時など、成人したら裁縫ギルドに来てくれないかとスカウトを受けていたほどだ。
しかし成長し体が大きくなってくると、ヴァレリーは次第にその恵まれた肉体を持て余すようになった。裁縫は嫌いではなかったが、たまには身体を思い切り動かしたいという思いを抑える事が出来なかった。
それを察した孤児院の院長は、ある時彼に手斧を渡し、裏庭に連れていった。
そこでヴァレリーは息抜きに薪割りをする事を覚えた。
その生活は、彼が勢い余って薪割り台に使っている大きな丸太を両断してしまうまで続いた。
ちょうどその時、孤児院には来客がいた。
孤児院に寄付をするために訪れていた、軍学校の校長だ。
彼は結婚していたが子宝には恵まれなかった。子供がいない事の代替行為というわけでもないが、定期的に私財の一部を孤児院に寄付するのが彼の習慣だった。
そこで偶然目にした、刃毀れした手斧で丸太を叩き割る子供。
校長はこれぞ天運だと考えた。
ヴァレリーは校長に養子として引き取られ、孤児院を出て軍学校に入学する事になった。
手斧を剣に持ち替えても、ヴァレリーの実力は変わらなかった。変わったのは切る対象だ。
薪は相手の剣に、丸太は相手の鎧になった。
つまり、ヴァレリーは打ち合いで相手の剣ごと鎧を切り裂いてしまうほどの実力を備えていた。
そんなヴァレリーの相手が出来るような学生は、軍学校にはそういなかった。
次代の国防を担う、数百人からなる若き戦士たち。
その中で、まともにヴァレリーと打ち合えたのはほんの数人だった。
ドミニク・ドゥヴァン。
イーサン・ドロワット。
アンドレ・ゴーシュ。
そして、ロイク・デルニエール。
彼らは学生らしく切磋琢磨をし、さらに他の学生たちとの差を広げていった。
その実力は留まるところを知らず、いつしか現役の兵士たちでさえ相手にならない程になっていく。
そして次の転機は、魔導具を使った魔法の運用を教わる授業の最中に起きた。
最初は問題なかった。
他の学生たちと同様に、普通に魔導具を使って魔法を発動させていた。
しかし、問題はヴァレリーが使った魔導具を順番待ちをしていた学生に渡した後に判明した。
ヴァレリーが使っていた魔導具には、魔石が入っていなかったのだ。
それ自体は単に教官が入れ忘れただけの話だろう。取り立てて言うべき事は無い。
本来なら、魔石なしの魔導具を渡されたヴァレリーは魔法の発動に失敗し、低い成績を記録する事になるか、あるいは魔導具の不調を疑って魔石が入れられていない事に気がつくか、そのどちらかになっていただったろう。
しかし、ヴァレリーは魔法を発動させてしまった。魔導具を使うこともなく。
これは人間ではありえない事だ。
魔法が元々、魔物の使う特殊能力を再現したものである事から、ヴァレリーを魔物の子だと言う者もいた。
しかしそれらの声は、他ならぬこの国最大の権力者、四大公爵家に連なるものたちが吹き飛ばした。
ロイクたちだ。
彼らは言った。
ヴァレリーのように魔法を操る人間は、過去にもいたと。
その人物は自在に魔法を操り、魔物たちを薙ぎ払い、ついには魔王と呼ばれる特殊個体まで討伐し、大陸の危機を救ったのだと。
折しも、レクタングル共和国では数年前より魔物が減ってしまっており、状況を打開する何かが求められていた。
ヴァレリーは勇者と呼ばれるようになり、魔物減少の問題を解決するために立ち上がる事となった。
◇
「ところでアンドレ、何読んでんだ」
「……暴虐帝ザカリーの伝記だよ」
「マジかよ、また随分とネクラなもの読んでんな!」
「ネクラとは何だ。確かに気分の良くない事も書いてあるしザカリーの所業や人間性には賛同できない部分も多々あるが、彼が一代で大陸統一を成し遂げたのは純然たる事実だぞ。
それに、かつて生まれた魔王を討伐したのも彼だ。彼もまた魔導具なしで魔法を使いこなしていたとしている文献もある。この伝記もそうだな」
「む。それは……」
その事自体はヴァレリーも、アンドレにネクラだと言い放ったイーサンも知っていた。ただし、お伽話の一種としてだが。
実際、その話を知るほとんどの人間はそう思っていたはずだ。人間が魔導具なしで魔法を使うなどあり得ない事なのだから。
ヴァレリーという、生きた証人が現れるまでは。
「そう、ここにヴァレリーという存在がいる。であるなら、ザカリーの伝説もまた真実である可能性が高まる。もともとこれについては専門家の中でも意見が分かれていたが、そういう訳で今は魔導具なしで魔法が使えた説の方が優勢になって研究が見直されてきているな。
俺がこの伝記を読んでいるのは、もし本当にザカリーがヴァレリーと同じように魔法を自在に使う事が出来たのだとしたら、今回の任務においても何かの役に立つかもしれないと思ったからだ。
というか、こんなことくらいすでに祖父たちや政府も考え付いている。この伝記を俺に持たせてくれたのも祖父だからな」
「マジかよ。うちはそんなもんくれなかったぜ」
「全員で同じ本を持っていても大して意味ないからな。あるいは、ドロワット家はイーサンに頭脳労働をなど求めていないのだろう」
アンドレがそう言うと、イーサンを除く全員が深く頷いた。
アンドレが読んでいた伝記はヴァレリーも読んだ事があった。ボロボロになるまで読み込まれた一冊が孤児院に置いてあったからだ。
確か伝記には暴虐帝ザカリーが興した統一帝国の興亡についてメインに書かれていた。しかし今重要なのはその部分ではない。その帝国の前身となったサントル王国の王位にザカリーが即位するきっかけとなった、とある英雄的行動についてだ。
ザカリーはサントル王家の直系だったが、元々の継承順位が低かったため、成人してからは冒険者として活動していたという。
その活動の中で、彼はひとつの偉業を成し、それによってサントル王国のみならず大陸中から英雄と称えられる事になった。
その偉業、英雄的行動こそ、魔王の討伐である。
かつて、大陸中に満ちる魔の気がひと所に集まり、そこに魔王が誕生した。
魔の気とは魔物たちにとって生きるのに必要不可欠な要素。そして魔王とは魔物たちの王。
魔物たちは当然、偏ってしまった魔の気を求めて魔王の下に馳せ参じた。
魔物たちを従えた魔王の勢力は強大で、放っておけば大陸に棲むあらゆる生物が死に絶えてしまうかもしれないほどだった。
しかし、それに立ち向かったのが冒険者ザカリーだ。
彼には仲間と呼べるものが居なかったため、その時の事を詳しく記した記録は無いが、彼が魔物を蹴散らして魔王を討伐した事は確かであるようだ。
一説には彼にも何人かの仲間がいたが魔王討伐戦で死亡したというものもあるが、やはり記録には残っていないし定かではない。
今もって不明な事も多いが、魔王による被害があった事と、ザカリーという英雄がいた事だけは間違いがない事実だ。
「まあヴァレリーが南に行かされる理由からすれば、その伝記を渡されるのもわかるか。渡されるのが伝記だけってのが、いかにも今回の任務の情報の少なさを物語っていて帰りたくなるけどな」
ロイクがため息をつく。
現総長の孫である彼は他のメンバーよりも多くの情報を持っているのかもしれない。
上層部が今回の災害についての情報をロクに持っていない、という情報さえも。
今回、レクタングル共和国政府は今回の魔物減少現象について、ある仮説を採用する事にしていた。
すなわち、魔物は減少したのではなく、どこかに集まっているのではないかと。
そして新たに魔物が生まれないのは、魔物にとって必要不可欠な魔の気もまた、どこかに集められてしまっているからではないかと。
そう、共和国政府は新たな魔王が誕生した可能性があると考えたのだ。
それゆえの、英雄の再来とも囁かれているヴァレリーの派遣であった。
魔の気=瘴気
こちらの大陸には魔力を持っている人間が(ほぼ)いないので、魔力と瘴気の区別がついていない模様。




