11-2
レクタングル共和国。
大陸にただ一つだけ存在する統一国家である。
レクタングル共和国は4つの公爵家の代表者たちを中心とした貴族連盟による共和制によって運営されている国家で、現在の連盟の総長は4公爵家のひとつ、デルニエール公爵家の当主が務めていた。
そんなレクタングル共和国が誇る、この国で最も豪華で堅牢な建物であるサントル宮殿。
現在は共和国の立法府として使われているその宮殿にて、連盟総長デルニエール公はひとりの若者と面会していた。
「──辛い役目を、若者であるお前たちに委ねなければならない我々の愚かさを許してくれ」
「いいえ、公爵閣下。僕なら大丈夫です。僕のこの力は、たぶんこのためにあったんだと思いますから」
「……そう言ってくれるか。本当にすまない」
「もうおっしゃらないでください。それより、本当にいいのですか? ロイクを、いやロイク様を僕の旅に同行させてしまって……」
「ふ。孫に様など付けんでもいい。あれはお前に付けた従者のようなものだ。せいぜい扱き使ってやってくれ。
お前には他の公爵家からも供回りが付けられている。我が家だけそれに倣わないわけにもいくまい」
「僕なら、ひとりでも……」
「それはダメだ。勇者であるお前をたった1人で魔界に向かわせるなど、たとえお前自身が許したとしても国民は我らを許すまい。
それに、お前の実力に付いていけるのはロイクたちだけだ。それだけ四大公爵家に流れる血筋が優秀であるという事でもある。それを誇りに思いこそすれ、戦場に向かわせる事を惜しんだりはしない。これは儂だけでなく他のジジイ共も同じだろう」
大陸が統一され、レクタングル共和国がその実権を握ってから、長い長い年月が経っている。
人同士の戦争など久しく経験しておらず、デルニエール公も実際の戦場など書物の中でしか知らないものだ。
そこに自らの孫を向かわせるという事が何を意味しているのか、はっきりと理解しているとは言い難い。
しかし、デルニエール公爵家はレクタングル共和国の筆頭貴族のひとつであり、現在は連盟総長を務めるほどの貴き家柄である。
であればこそ、国難には先頭に立って行動しなければならない。
そうでなければ、他の貴族家も民衆も納得すまい。
「とにかく、孫の事は別としても、お前たちには国を挙げて最大限のサポートをしてやるつもりだ。何かあれば、すぐに言ってくれ。
出立のパレードは来週だったな。よろしく頼むぞ」
「は、はい。正直、ちょっと慣れないっていうか、パレードとか恥ずかしいですけど……」
若者は鍛えられた身を縮こませ、照れた様子で頭を掻いた。
「ふ。何を言っている。出立パレードなど景気づけの小さなものに過ぎん。
今回の遠征が成功裏に終われば、その凱旋では出立時とは桁が違う規模のパレードを開催するつもりだ。そんな事でどうする」
「ええ!? そうなんですか!? 僕、目立つの苦手なんですけど……。何とか、こっそりに出来ませんかね……」
「まあ、縮小してやってもいいがな。
しかしその約束が出来るのは、儂が連盟総長だからだ。お前たちが凱旋した時、儂以外の人間が総長になっていたら、当然だがこの話は無しだ。それが嫌なら、儂の任期中に帰ってくるのだな」
その後もいくつか、出立パレードの段取りなどを話し合うと、若者──勇者ヴァレリーは退室していった。
レクタングル共和国は貴族連盟による共和制を敷いている。
議員には貴族籍にある者しかなることが出来ないが、民衆の意見が国政にまったく反映されないという訳ではない。
何しろ、民衆というのは数が多い。そして数とは力だ。
いかに貴族が民衆と比べて力を持っていると言っても、それは所詮は個の力に過ぎないし、そもそも貴族の力とは民衆から吸い上げた税によって支えられているものだ。
その力を使って民衆を弾圧するような事になれば、確かに民衆を抑えつける事は出来るかも知れないが、それはその領地を治める貴族の力の衰退も進める事になる。
それに、民衆を力で抑えつけて従わせる事の愚かさはすでに歴史に証明されている。
レクタングルの貴族たちはその事を骨身に染みて知っているため、この国の民衆の発言力はかなり高いものになっていた。
とはいえ、まともな教育を受ける事が難しい平民に国家や都市の運営を任せるのは現実的ではない。
平民たちにしても、自分たちの強みがその数による生産力である事はわかっている。
ゆえに貴族と平民の立場は、管理者と労働者という関係から大きく変わる事は無かった。
もっとも、貴族たちの中にも上下関係はある。
事実、国家の運営を行なう貴族連盟の総長は常に四大公爵のいずれかから選ばれる事になっており、共和制とは言いつつも、その実態は四頭政治と呼ばれる寡頭政治体制であった。
「──誰がジジイ共だ。貴様だって歳は変わらんだろうに」
ヴァレリーが退室した後、執務室に3人の老人が入室してきた。
彼らは入室するなり、部屋の主であるデルニエール公に悪態をつく。
本人の言う通り、歳はデルニエール公と同じくらいだ。そして着ている服もその襟元に付けられている勲章も、デルニエール公と同じものだった。
彼らこそ、この国において頂点に立つ公爵家の当主たち。
デルニエール公を含めたこの4人によって、この国は管理運営されているのだった。
「多少、野卑な言い様をしてみせた方が、平民に親しみを感じさせられるというものだ。別に貴様らに悪気があって言ったわけではない」
「どうだか」
「というか、悪気があって言ったわけではないのかもしれんが、別に悪気が無かったとも言っておらんしな。こやつの言う事は信用ならぬ」
「然り」
3人の老人たちは結託してデルニエール公を口撃しつつ、勧められてもいないうちにソファにどっかりと座った。
先ほどのヴァレリー青年が終始立ったままデルニエール公と対峙していた姿とは対照的だ。
しかし、デルニエール公も特にそれを咎める様子は無い。
彼も連盟総長に就任する前は、今ソファに座っている当時の総長だったドゥヴァン公に対して、他の公爵と結託してこのように扱き下ろしていたものだ。
持ち回りで総長を歴任している四公爵にとっては、これが日常の光景なのだった。
「──さて、挨拶はそのくらいで良かろう。
勇者一行が出立するのは、もう来週だ。もう、と言うべきか、ようやく、と言うべきかはわからんがな」
「為政者としてはようやくと言うべきなのだろうな……。しかし、若者を送りだす老人としては、もうそんな時期になってしまったか、と言わざるを得ん……」
前総長であるドゥヴァン公がため息交じりにそう応える。
デルニエール公と同様、彼もまた自らの孫を勇者の従者として送り出す事になっていた。
それは他の2人、ドロワット公とゴーシュ公も同じだ。
勇者ヴァレリーには、レクタングル共和国を代表する四大公爵家からひとりずつ、計4人の従者が付けられているのだった。
「……未来ある若者たちを、たった5人で死地に放り込むか……。業の深いことだ」
「言うな。これは、彼らも納得しての事だ。そして、彼らにしか出来ない事でもある。
魔石不足は深刻だ。これ以上魔物が減ってしまえば、生活水準の低下や治安の悪化は避けられん」
いつの頃とはっきり言う事は出来ないが、レクタングル共和国ではいつの間にか徐々に魔物の出没例が減ってきていた。
最初のうちこそ民衆たちは安全になったと喜んでいたが、すぐにそんな呑気な話ではないと気が付く事になる。
魔導具を動かすには、動力源として魔石が必要だ。
魔石は魔物の体内から採取する事が出来るが、その魔物が減ってしまうという事は魔石が採取できなくなることを意味している。
魔導具は現代の生活に欠かす事の出来ないアイテムであり、これが無ければ、民衆の生活はおろか最低限のインフラさえも停止してしまう事になる。
今さら、火を起こすのに薪を使えと言うわけにもいかない。
薪と言ってもただ木を切り倒せば得られるというものでもないからだ。どういった木材が適しているのか、そしてどういう処理をすればいいのか。保管方法や、使用上の注意点など、一般に知られていない事はたくさんある。
それに、魔導コンロに慣れた家庭にいきなり竃を設置して回るというわけにもいかない。薪だけあっても意味がないのだ。
同じ事が水道や下水、ランプなどにも言える。
今や、魔導具なしで生活することなど考えられないのである。
そして、魔物の討伐と魔石の採集を生業にしていた、いわゆる冒険者と呼ばれる者たちの状況はさらに深刻だ。
不足していると言っても、魔石はある程度の数は国でも貯蔵されていた。今はそれを少しずつ配給する事で何とかしのいでいる。
近いうちに限界が来るのは確かだが、それは今すぐではない。
しかし、冒険者たちはそうはいかない。
彼らは魔物を討伐し、その素材や魔石を売る事で生計を立てている者たちだ。
その魔物がいなくなってしまったのでは、食いぶちを得る方法がなくなってしまうのだ。
冒険者たちは魔物と戦うという職務の性質上、常に危険と隣り合わせである。そのせいか、彼らはあまり貯蓄というものをしない傾向にある。あの世に金は持って行けないからだそうだ。
そのため、魔物減少という災害は冒険者たちの生活を真っ先に直撃し、どの都市でも彼らの処遇が問題となっていた。
余裕のある都市ならば、彼らに対して一時的に生活の補助をしてやる事も出来る。
しかしどの都市にもそんな余裕があるわけではない。
前述の通り、冒険者と言うのは戦う者たちだ。血の気も多く、素行が悪い者も多い。
戦う相手がいる間はいいが、戦う相手がいなくなってしまえば、ただのならず者の集団になってしまいかねない。
事実、元冒険者が野盗化したという話も聞こえてきている。
生活水準の低下や治安の悪化というのは、そういう事だった。
「勇者ヴァレリー……。そして、四公爵の若者たちか。これが運命、というものなのだろうな……」
「……歴史は繰り返す、などという事にならねば良いが……」
「そこは、孫らに任せるしかあるまい。それにヴァレリー自身も裏表のない、気持ちの良い青年だ。かの暴君とは違う」
「勇者、そしてかつての統一皇帝か。魔導具なしで魔法が使える、唯一の人間……」
今回の登場人物
レクタングル共和国 四大公爵
貴族連盟総長 デルニエール公(ロイクという名の孫がいる)
副総長 ドロワット公
次長 ゴーシュ公
相談役 ドゥヴァン公
勇者 ヴァレリー君




