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なにこのサブタイ!? お前誰やねん! な新章はぁじまぁるよ~
「──おい……、起きてるか、『悪魔』……」
「──ああ……。『死神』か……。なんだ? もう飯の時間か?」
闇の中、饐えた臭いだけが自分の生存を証明してくれる。
そんな絶望の中、同じ絶望に身を浸している同僚に『死神』は語りかけた。
「飯はさっき食っただろ……。お前、なんかまた老けこんできてないか? まだ50かそこらだろ。もう定年間際みたいな顔してるじゃないか……」
「この暗闇の中で見えるのか……。さすがは『死神』だな……。いや、俺は昔から老けるの早いんだよ。成長するスピードは他の奴らと変わらないくらいだったが、老けこむ速度は倍以上だった。もしかしたら、お前らの半分も生きられないうちに死ぬかもしれねえな……」
「馬鹿な事を言うなよ……。この状態で寿命まで生きられるわけないだろ。俺たちが死ぬタイミングなんて、たぶん同じくらいだ」
マルゴー家の地下。
その独房に『悪魔』と『死神』は捕らえられていた。
着ているものを全て剥ぎ取られ、裸の状態で鎖につながれた状態で、もう何か月も鉄檻の中での生活を強いられている。
直接肌に触れる首輪や手足の鉄輪は、どうやら魔力の励起を阻害する細工を施されているらしく、魔法はおろかスキルの発動さえ出来ない。
周囲の魔素を集めて肉体を活性化し、傷を癒す事も出来ないので、首輪や足輪と触れている辺りには常に擦過傷のような傷が出来てしまっており、じくじくと血が滲むままになっていた。
そんな状況でも2人が生きていられるのは、差し入れられる食事がやたらと栄養豊富で滋養がつくことと、一日に一度独房にスキルで【浄化】をかけにくる神官らしき老人がいるからだ。
そのどちらが欠けていたとしてもおそらくとうに死んでいただろう。
「……まあ、確かに身体は痛いが。でも食い物だけ見てみると、たぶん捕まる前より栄養バランスいいもの食ってるような気がするぜ。運動不足が気にはなるが、そこさえクリアできれば外にいるより長生きできそうだ。危険な任務もないし」
「いや、今がまさに危険な任務の最中と言うか、それに失敗した結果なわけだが。もっと言えば、任務に失敗した時点での自決にも失敗した結果なわけだが。まあ、そう考えると確かに、捕まらなかった場合と比べれば長生きしてはいるかもな。捕まらなかったら自分で死んでたからな。
しかしお前、さっきも言ったが、そう言う割には妙に老けてきてるよな」
「ああ、そりゃ化粧してねえからだ」
「化粧? していたのか?」
「そりゃするだろ。俺だけ倍速で老けてくんだぞ。アンチエイジングは欠かせねえわ」
「そんなにか……。大変だな。何でお前だけ、そんなに老けてるんだろうな。『女教皇』様とかなんか、俺たちより明らかに歳上なのに物凄く若く見えるのによ」
「仮面越しでも若いのわかるよな。まあ、少なくとも俺らがガキの頃から姿がほとんど変わってねえのは確かだな……。
『女教皇』とか、って、他にいたか? そんな若作りな奴」
「『恋人』とかも俺が連れてこられる前から結社にいたが、あいつも全然変わってないぞ」
「いやあれは別枠だろ……。ていうかもう別の生物だろ……」
結社にいたころは、こんな話などした事が無かった。
まず『死神』のような物理的に身軽な者なんかは色々なところを動き回っている事が多く、拠点に戻る事自体稀だったからというのもあるが、その拠点でたまたま会った時などもこんな話を誰かとした記憶は無い。
結社の皆は随分と、そう、生き急いでいたような気がする。
雑談をするような心の余裕もなかった。
ただ結果を出し、自分自身の価値を高め、上級幹部に取り立ててもらう事にしか興味を持っていなかった。
前述の『恋人』は何を目的にしているのかよくわからないところがあって怖かったものだが──かといって下手に「何が目的だ」などと聞いてしまって「フフフ。アナタたちのお尻よ」とか言われてしまったら声を上げてしまうかもしれず、聞くに聞けなかった──それ以外の幹部たちはおおむね、『死神』と同じ事しか考えていなかったように思う。
結社から強制的に離され、【支配】のための無意味な拷問も終わり、【支配】され尋問され洗いざらい全てを話してしまってから、本当にする事がなくなった今。
『死神』は生まれて初めて、心の余裕というものを感じているような気がしていた。
全てを賭けていた、それこそ命を賭してでもとまで考えていた結社の任務についても、失敗して捕らえられ、取り返しがつかない事まで喋ってしまってからは、なんというか急にどうでもよく感じられるようになってしまった。
仮に今すぐ解放されたとしても、結社に戻る気にはなれない程度には自分の心が離れてしまっているのを感じていた。
まあ、戻るべき場所が残っているかどうかもわからないし、今さらノコノコ戻ったところで裏切りの代償として命を狙われるだろうことが分かり切っているからかもしれないが。
そうなってみると、『死神』と全く同じ立場であろう『悪魔』との雑談も存外楽しいものだった。
物理的にも将来的にも暗闇しかない現在の状況の中での、唯一の光、と言っていいかもしれない。
「……なんでお前だけ、か。そういえば、お前はスキル以外の魔法はほとんど使えないんだったか。それも老けるのが早い事と関係しているのか、どうなのか……」
魔法はスキルと違い、純然たる技術の結晶である。
多少の向き不向きはあるにしても、基本的に覚えさえすれば誰にでも使えるものだ。
しかしこの『悪魔』については、何故かその魔法をうまく発動させる事が出来なかったのである。
元々持っている体内魔力も平均よりもかなり低いようで、幹部になる前はその魔力の低さと魔法の適性の無さ、そして老化の早さの関連性について『魔術師』が何かの研究のために手元に置いていたという話だった。
結局、『悪魔』本人以外で類似のケースは起こりえないという事で結論が出て、では後天的にスキルを植えつける事は出来るのかという実験に使われた後、そのまま幹部として登用される事になったのだった。
魔力と魔法適性と老化の因果関係については、あるいはそれも判明していたのかもしれないが、だとしても『魔術師』や『女教皇』たちの間だけで話が終わっていたのだろう。一般幹部の『死神』や『悪魔』本人が結論を知る事は無かった。
「そもそもお前、どこから連れてこられたんだ。俺はオキデンスの孤児院かららしいが」
結社の構成員はそのほとんどが孤児である。幹部級に限って言えば、おそらく全員がそうだ。
自ら参加しようと結社の門を叩いた者もいるようだが、拠点どころか存在さえも秘されている組織に対してそんな事が出来る人間など、その時点で有能な大人だ。どこと繋がっているかもわからないようなそんな人間が幹部級にまで上り詰めることはない。
「……聞いたことがねえな。『女教皇』がどっかで拾ってきたって話だが、どこからかは誰も知らなかった。今となっては、もはや真相は闇の中ってやつだな」
「『女教皇』様に直接聞ければまだ可能性はあるだろう」
「……正直、生きてると思うか? お前、拠点の場所話しちまったんだろ?」
あいまいな記憶の中の話だが、確かにあの冷たい氷山が無理やり人間の形を取ったかのような若い男による【支配】によって、『死神』は知っている限りの結社の拠点の位置や規模、配置されているだろう人員の構成などを話してしまっている。
このマルゴーの人間という奴は、夜の闇の中で、暗殺特化の『死神』さえもほとんど一瞬で無力化してしまうような異常な連中だ。あれだけの情報を元に奇襲をかけたとしたら、いかな結社の上級幹部と言えども逃げ延びる事は不可能だろう。
「……死んだ、と言い切れるものでもないだろ。逃げられないのは確かだろうが。生きたまま、この地下牢に連れてこられる可能性がまだ残っている。そうすればこうやって雑談混じりに聞けるだろうよ」
「ああ、それはありそうだ。でも、正直今さらどうでもいいがな。
ていうか『女教皇』に限らずだが、もし結社の幹部がここに連れてこられる事があったら、俺たちはたぶんこれ以上ないくらい罵倒される事になるんじゃねえか? それを考えると誰も連れてこないでくれと思わないでもねえな」
「確かにそうかもしれん……。そうでなくとも、裸でここに繋がれる事を考えると、一部の幹部には絶対に来てほしくないな。『恋人』とかな」
「馬鹿お前、ふはは。やめろよ。笑い皺が出来ちまうだろうが」
「そんなに気にしてるのかよ」
ご賢察のとおり、この章題なのでお嬢はほとんど出てきません。
というか、次話からまったく別の話みたいなやつが始まります(
たぶん数話でこの章も終わると思いますが、未定です。




