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ギーメルが苛ついて叫ぶのも構わず、ユージーンやサイラスは武器を振るい、サクラは前蹴りや頭突きを繰り返す。
そして時折、後方からレスリーやルーサーの魔法攻撃が飛ぶ。
しかしいずれもギーメルに有効なダメージは与えられず、ただ時間だけが過ぎていく。
とはいえ攻撃自体はスピーディなので、無駄に過ぎているのは時間というよりターン数という感じである。
素人である私の目には、それらのスピーディな攻防はある種の演舞のようにも見えるほどだ。
あるいはまるで、何かのゲームの縛りプレイでもしているかのようである。ターン数を稼ぐ事で相手のMP切れを狙っているとか。「ボスのギーメルは魔法生物なのでMPが切れると消滅します」みたいな。
しかし実際のところはどうなのだろう。
魔力生命体というのは、いわゆるMP的なエネルギーが枯渇した場合は死んでしまうのだろうか。それとも、生命体としての仕組み的にMPが枯渇することなどありえないのだろうか。空気中の魔素を直接取り込む事が出来るとか。
消費した魔力を人間が回復できるのは、確かそういう理由だと聞いた事がある。
ギーメルが身体の全てを魔力で構成されているのなら、生命維持のために生まれながらにそうした能力が備わっていても不思議ではない。というか、そうでなければ放っておけば勝手に霧散して死んでしまいそうである。動いたり声を出したりするだけでも魔法発動的なプロセスを踏んでいるようだし。
無為な攻撃で相手の息切れを狙っているのかな、と考えながら眺めていたのだが、それは違った。
『餓狼の牙』の彼らが、無駄と知りつつ攻撃を繰り返していたのは、ギーメルをその攻撃パターンに慣れさせるためだった。
それは何度目かの攻防の後、まさにギーメルがパターンに完全に対応し、何の効果もないユージーンの斬撃に全く注意を払わなくなった時のことだった。
「──ぐあっ!? な、なんだと!」
いつもどおり、ユージーンの斬撃をやり過ごしたギーメルが突然苦しんだ。
さらにそれによって生じた隙に、レスリーやルーサー、サイラスが連続して攻撃を叩き込む。
レスリーとルーサーの光魔法がギーメルの身体に穴を開ける。これまでのようなギーメルの回避ではない。彼女の魔力の身体に純然たる傷跡を刻む。
さらに驚くべきことに、それまで何のダメージも与えられていなかったサイラスの斬撃も、ユージーンの一撃と同様に確かにギーメルの身体を切り裂いていた。
そしてユージーンもサイラスも、攻撃を一撃で終わらせはしなかった。
これまで通りの、ギーメルが慣れたはずの型で斬撃を繰り出しながら、しかし斬撃にはこれまでとは違いダメージが乗っている。ダメージを与えられるだけの何かが乗っている。
「がっは……! お、お前たち……! その力……魔法か! 剣を強化しているな! 魔法が使えたのか! 騙したな!」
私も知らなかった。
ユージーンたち魔法使えたのか。
しかし、考えてみればそのくらいは出来て当然なのかもしれない。
ユージーンたちは、若かりし頃の父とつるんで冒険していたような事を言っていた。
その父は今やマルゴー辺境伯であり、父の部下であるマルゴー領軍は、その育成方針として全員が高水準のジェネラリストたる事を求められている。
父の性格であれば、部下にそのようなことを求めるのなら、その前に自分がそれを体現していないはずがない。
私は父の戦う姿を見たことがないが、おそらく剣も魔法もどちらも不自由なく行使できるのだろう。
その父と共に戦っていた人たちだ。彼らに出来ない道理はない。
マルゴー領軍の方針がいつの時代からなのかは知らないが、もしかしたら一緒に訓練を受けたりとかもしていた可能性もある。
まあ、びっくりはしたが、そう考えるとユージーンやサイラスが魔法を使えるのも不自然ではないし、考えてみればルーサーも割と何でもできていた。
ルーサーについて私は度々、ヒーラーではなくスカウト系の方が合っているのではと考えていたが、どうやらそれは間違いだったらしい。
誰にどのポジションが合っているとかではなく、彼らは全員が何でもできるのだ。
その上で、一応役割を決めているに過ぎない。
騙したなと言うギーメルの気持ちもわからないでもないが、それは少々お門違いというか、騙される方が悪いとまでは言わないが、殺し合いをしている相手に何を言ってるのだろうという感じだ。
これは詐欺ではなく立派な戦略であるように思う。
ユージーンたちがギーメルをそう勘違いさせるよう立ち回っていたのは確かである。
これまでの、縛りプレイのような冗長な戦闘はこの瞬間のためだったのだ。ある意味で確かに行動を縛っていたのだとも言えるが。
歴戦の傭兵チームである彼らは事前に何の打ち合わせもなく、土壇場でこの作戦を無言のまま共有し、見事にギーメルを策に嵌めてみせた。
そしてそのチャンスを逃さず、「かかったな!」のような余計なことも一切喋らず、ただひたすらに魔法攻撃で畳み掛けている。
プロフェッショナルの凄みのようなものを感じる。
サクラも彼らのそんな様子に感化されてか、攻撃の激しさを増している。
ただ、サクラはユージーンたちと違って角や蹄に魔法をまとわせたりは出来ないので、これまで通りギーメルには何のダメージも与えていないが。
「ぐぬっ……! だが、ぐはっ……! この程度! 無駄だ!」
ギーメルは戦闘中に何度も言っている、無駄だという言葉を再度繰り返した。
有効打を受けて呻きながらのセリフなので、言うほど無駄感が出ていないというか、はっきりと強がりか負け惜しみにしか見えない。ユージーンたちも、彼女の言葉は無視して攻撃の手を緩めようとはしない。
しかし、私には見えている。
ギーメルの持つ魔力の大きさは、実はほとんど減っていない。
確かにダメージが無いわけではない。が、命に関わるほどのものでもない。
言うだけの事はあるということなのか、ギーメルの保有魔力はまるで大きな湖のようで、ユージーンたちの魔法攻撃はそこからバケツで水を汲み出しているようなものだった。
しかも、空気中の魔素でも吸収しているのか、ギーメルの魔力は徐々に回復しつつある。
さすがに攻撃によって散らされる方が多いようだが、しかしそれだけで削り切るには膨大な時間が必要であるように思われた。
呻き声を上げているのは痛みに対する耐性がないとかそんなところだろう。
それははっきりと隙になっているので明確に弱点といえばそうなのだが、しかし致命的なものではないのだ。
長く生きてきて痛みに慣れていないとかそんなことは無いと思うので、もしかしたら魔力生命体としてダメージを受ける感覚は肉体の痛覚とは違うのかもしれない。例えば精神ダメージを受けるに近い感覚がするとか。切られる度に心を抉る悪口を言われる感じみたいな。それだったら確かにちょっとキツい気がするな。
「無駄だが、鬱陶しい! はああああ!」
ギーメルは赤黒い衝撃波を、今度は全方位に向けて放つ。
回避不可の範囲攻撃のようだ。
「──くそ、下がれ!」
ユージーンたちは一瞬の判断の後、バックステップで距離を取る。全周囲の範囲攻撃故か、射程はそれほどでもないようで、距離を取ったことでその攻撃範囲から逃れる事が出来ていた。回避不可じゃなかったみたい。
ただし、ちょうど攻撃モーションの最中だったサクラはそうはいかなかった。
というか、馬ってバックステップ出来るのかな。出来ない気がする。じゃあしょうがない。
まんまと攻撃を食らってしまったサクラだったが、衝撃波は彼の鬣を揺らしただけで特にダメージを与える事なく通り過ぎていった。
「チッ! 弱いか……!」
意外と大したことがないのか、サクラの防御力が高いのか。
どこか悔しげなギーメルの様子から、その両方ではないか、と私は思った。
ギーメルの攻撃は全て魔力を消費する魔法攻撃だ。攻撃というか、行動のすべてがそうである。
それは通常攻撃でさえノーコストでは放てない事を意味している。
まあゲームではないのだし、普通の人も通常攻撃を行なうには体力だとか気力だとかを消耗するはずなので、それ自体は別に普通の事だ。
ただし、普通の人は攻撃を繰り返し体力が尽きてしまっても、即座に死んでしまうわけではない。結果的に衰弱して死んでしまうことはあるかもしれないが、「攻撃を繰り返した」という事実が直接的な死因になることはない。
しかし、魔力生命体は別だ。
魔力が尽きればおそらく死亡してしまう上に、全ての行動で魔力を消費するのだ。
そんな彼女にとって、消費の激しい攻撃は直接的に自分の生命を脅かす、諸刃の剣になるはずだ。
ゆえに無意識に魔力の消費をセーブし、攻撃の威力を弱めてしまっているのではないか。
これは慣れてくればある程度は意識的に力を込めてもいいラインを見極められるようになると思うが、出現直後のギーメルの情緒不安定な様子を考えると、おそらくまだそこまで魔力の身体に慣れていないのだろう。
結果として、彼女は無意識に慎重な攻撃をしてしまうことになり、腰の引けた一撃ではサクラの防御を抜けなかったのだ。
サクラも普通の馬に比べればちょっとだけ頑丈なので、それも影響しているのだろうが。
「馬はもういい! どうせ私にダメージを与えることは出来ない! まずは、鬱陶しいお前たちを始末してやる!」
ギーメルは今度は両手を振りかざし、単発の魔力衝撃波を連発する。
サクラは無視して、距離をとったユージーンたちに向けてだ。後方のルーサーたちも狙っている。
当然ユージーンたちも回避するので、中庭はめちゃくちゃである。
単発のものは範囲攻撃より威力があるのか、それとも込める魔力を意識的に上げたのか、範囲攻撃ではギーメルの足元の芝生が削り取られた程度だったのだが、今度の攻撃は生け垣や屋敷の壁も一部吹き飛ばす程の威力を持っている。ギーメルには足がないので、足元って言っていいのかどうかわからないが。
金貨の枚数を先程のものに追加しようか別で計算しようか迷っている素振りを見せる母を横目に、攻防の様子を見守る。
サクラがギーメルに頭突きや前蹴りを繰り返しているが、もはやそんなものではギーメルの行動を止めることは出来ない。全て無視して衝撃波を乱打している。
相手にされていないとわかったサクラは、歯茎をむき出しにして唸る。その噛み締められた歯の隙間から煙が漏れている。
以前にもどこかで見た気がするな、と思っていると。
「いぎゃああああああ! な、なんだ! 何が──」
サクラがその顎を大きく開き、そこから炎を纏った青白いビームを放って、ギーメルの片腕を焼き切り飛ばした。
まるで放射線の含まれた熱線のようだ。
これ近くで見ていて大丈夫なものなのかな。今の所、ただちに影響はないようだけれど。
8月12日からしばらくお休みします。ワクチン(2回目)打ったり、お盆だったりするので。
なので明日の投稿である程度キリのいいとこまでいきたいところですが……。




