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「あの時はいきなり殺されて、話も途中だったかしら。でも、あの時の話の続きはもういいわ。
だってもう、異界の魂は特定できたから」
『女教皇』はそう言って私を睨む。いや、かつて『恋人』だったアマンダの話からすると、『女教皇』とかいうのは役職名のようなもののはずだ。とするとギーメルが名前なのだろうか。
アマンダは名前を奪われたのにギーメルは覚えたままな理由はわからないが、世界最古の賢者とか言っているし、もしかしたら物忘れ担当の『愚者』より入社が先なのかもしれない。
「……特定出来たから、何だと言うのですか」
まあ聞くまでもなく「魂を食らう」とか言っているわけだが。
しかし実際のところはそれは何か比喩的な表現で、もっと穏便な何かである可能性もある。とはいえ、探すためだけに一国の防衛を担う辺境伯を丸ごと人質にしようとか考えていたような女なので、あまり期待できないが。
「もちろん、その魂をいただくのよ。ここに来たのは、貴様の魔力の匂いを追ってのことだったけれど……。
まさか、その貴様が私の目的である異界の魂だったとはね。これも運が良いうちに入るのかしら。何しろ、復讐と悲願の達成が同時に出来るのだから!」
まず運が良い人間は、たぶん私に殺されたりしないと思う。
しかし、復讐と悲願の達成が同時に出来るとなると、魂を食らう事で私が死ぬのは間違いない。
比喩的表現でも何でもなくストレートに命を奪う行為だ。
この女は以前、私の家族を害するとか寝言をほざいていた。
すでに私自身をロックオンしている状況で家族にまで手を出す理由があるかどうかはわからないが、可能性があるのなら排除しておきたい。
今度こそ、二度と生き延びたり出来ないように完全にこの世から消し去ってやらなければ。
「おい待て。まだ俺の質問に全部答えてねえだろうが」
そこにユージーンが割り込んできた。
「ええと、てめえは何者だ、なぜここに来た、ってのはわかった。だが、どうやって来た、ってのは、さっきの転移門ってのが答えなんだろうが、いまいち答えになってねえ。俺の知ってる限り、そいつは確かに転移が出来るが、転移した人間は魔物に変貌しちまうはずだ。
てめえは何で自我を持ってる。こいつに答えてみろ。てめえが創った転移門だっつうなら、その理由だって答えられるはずだ」
たぶん、彼が割り込みをかけてきたのは時間稼ぎのためだ。
攻撃しようとせずに会話を試みているところから、ユージーンたちでもこの状態のギーメルにダメージを与える手段はないのかもしれない。あるいは、あったとしても確実ではないから、性急に状況を動かすよりも様子見をすることを選んでいるのか。
私とビアンカとネラとボンジリとサクラによる【G線上のミセリア】ならば、何とかできそうな気もする。
どのみち、直接的な戦闘力を持たない私がこの女を消去するなら、方法はそれしかない。たぶん。
ユージーンはあれを目にした事はないはずだが、ルーサーやレスリーから話を聞いているのだろう。
時間稼ぎをしているとしたら、ルーサーが呼びに行ったサクラを待っているのだ。どうやってここまで連れてくるのか依然として不明だが。
「ふうん……。まあ、いいわ。付き合ってあげる。今は気分もいいし。
今まで本当に長い長い長い間、ずうっと追い求めてきた物に、あとほんの少しで手が届くのだから、少しくらい雑談してあげるくらいの時間は何て事ないわ」
ここにいる傭兵たちなど取るに足らないと思っているせいか、長年の悲願とやらが達成できそうでテンションが上がっているせいか、ギーメルはユージーンの話に付き合ってくれるような態度を見せている。
これ知ってる。冥土の土産に教えてやろう、的なムーブだ。
悪役のやるそれはだいたいの場合、相手に一方的に情報を教えてくれるだけで実際に冥土に行くのは自分の方だったりするのだが、ギーメルは大丈夫だろうか。他人事ながら心配になる。
「それに、ふふふ。世界の真実を知ったお前たちが、どういう顔をするのかも気になるし」
赤黒い彫刻が醜く歪む。
表情からすると、冥土の土産というのも純粋な悪意からの行動のようだ。
しかし、世界の真実とはまた。
先ほども自分の事を最古の賢者とか言っていたし、そのせいでなんかちょっと胡散臭く聞こえてしまう。
賢者って普通自分で言うものではないのでは。
あと最古というのも証明が難しい気がする。何しろこのギーメルが生きている以上、他にも生きている賢者とやらが居ないとは言い切れないからだ。だいたいの場合において、証明というのは居る事を証明するより居ない事を証明する方が難しい。
いや、もしかしたら私の勘違いで、最古ではなくサイコな方の意味だったのかもしれない。サイコな賢者ということなら十分信憑性もある。
まあ自己紹介の真偽はともかくとして、そんな賢者(自称)の語る世界の真実(笑)となると確かに気になる。
何にしても、こちらの時間稼ぎに付き合ってくれるのであれば是非もない。
「──お前たちも、スキルを使い、魔法を操るわよね。スキルや魔法の力さえあれば、人間の力だけでは成しえないような事も、簡単に成せてしまう。
不思議に思ったことはないの? どうして、そんな事が出来るのか」
少しだけ、どきりとした。
不思議に思った事ならもちろんある。
魔法が使えたり、ちょっと応援しただけで馬から角が生えてきたり、この世界は不思議な事でいっぱいだ。
しかし、それは私が転生者だからそう思うだけだ。
この世界しか知らない人間なら、きっとそれが普通の事だと考えるはず。
もしかして、やはりこのギーメルも転生者なのか。
なんか話したがりっぽいところとかも、前に自分で言ってた「目立たずにはいられない」みたいな特徴に合致している気がする。
少なくとも、魔法やスキルを不思議に思うのは、それらが存在する世界しか知らない人間の持てる発想ではない。
「……何、言ってるんだてめえ……。スキルが、魔法が使えるのなんざ、普通のことだろうが……」
「ふふふ。では、その普通のことが出来るのは、つまりスキルや魔法が使えるのはどうしてかしら」
「……魔力があるからだ。俺たちは体内の魔力を燃料にし、スキルや魔法を発動させている。暖炉を暖めるためには薪が必要なのと同じだ」
これには『餓狼の牙』の頭脳労働担当のレスリーが答える。
しかし、その返答にギーメルは嘲笑で返す。
「あっははは! 馬鹿なことを! それらを同じカテゴリに括って満足しているのだとしたら、インテリオラの魔法研究の程度は知れているわね!
スキルや魔法は強い意思の力で発現できる。でも、暖炉はそうじゃないでしょう。燃えろと思ったその瞬間に、自動的に薪に火がつくなんてことはない。人がどれだけ願っても、風もないのに風車が回りだしたりはしない。世の中とはそういうものよ。魔力と燃料は明確に違うわ」
まあ確かに。
魔力を燃料と定義するならば極端な話、核燃料が勝手に反応を始めて、停止させているはずの原発が自動的に再起動してもおかしくない事になる。この世界に核燃料があるのかどうかは知らないが。
「もちろん、燃料というか、エネルギー源としての側面があるのも確かだわ。魔導具に使われる魔石なんかを見てみれば、暖炉の薪と同列に考えるのもわからないでもない。でも、それが全てではない。
では魔力と燃料の違いとは何か」
ギーメルは言いながら一同を見渡す。もう普通に講義をしているかのようだ。サクラ早く来ないかな。
「魔力というのは、それそのものに意思を溶かし込む事が出来る高次エネルギーなのよ。
魔法もスキルも、人は何の補助も必要とせず自分自身と魔力のみで発動させる事が出来る。この自分自身というのは、生きてさえいればたとえどれだけ肉体が損壊していても関係なく発動が可能だわ。もちろん、意識を集中させる必要があるから実際には限度があるけれど、そこさえクリアすれば肉体にどれだけ不備があっても問題なく発動できる事は実験によって証明されている」
どんな実験したのだろう。やはりサイコの賢者なのでは。
「つまりここで言う自分自身とは、自分の意思の事に他ならない。
意思と魔力のみで物理的・魔法的な現象を引き起こせるのだから、燃料を魔力とするなら現象を引き起こす機構は意思という事になる。しかし、魔力以外のいかなる燃料を以てしても、意思と燃料だけでは何らかの現象を起こす事は出来ない。であれば、逆説的に魔力の方に意思を反映させ現象へと至らせる機構が内包されている事になる。
意思によってその形や性質を変化させ、望む結果を導き出す……それが魔力の持つ力」
「……魔法もスキルも、基本的に決められた手順で発動した時に初めて決められた効果が得られる。そういう制限のあるものだ。お前が言うように万能なものじゃない」
レスリーが反論する。
私も授業でそう聞いた。
私が聞いたときは教師は頭に「基本的に」とは付けていなかった気がするが、まあ誤差だろう。自分の事を賢いと思っている人は、セリフについ「基本的に」と付けたがるものなのだ。基本的に。
「それはお前が無知なだけ? それとも、それで隠しているつもりなの? まあどちらでもいいけれど。
スキルというのは、神によって世界に刻まれたこの世の理の一部。けれど、それは絶対不可侵のものではない。人間であっても、あるいは魔物であっても、鍛え抜いた果てに強い意思の力があれば、新たな理をこの世界に刻む事が出来る。
つまり、スキルは生み出す事ができるのよ。意思によってね。魔法も同じ。あれは結局、スキルを解析して汎用化しただけのものだし」
人間が生み出す事が出来るかどうかはともかく、スキルが新たに生まれる瞬間はこの目で見た事がある。
私たちの【G線上のミセリア】がそうだ。
あれはあの瞬間、私のために生まれたスキルだとあの時強く感じたものだ。
それを「私が生み出した」と表現するのなら、確かにそうだと言えるのかもしれない。問題は私は別に鍛えたりした覚えはないという点くらいかな。
「生き物の意思に応じて、その形や性質を如何様にも変化させ、さらにこの世界に物理的・魔法的に影響を及ぼす事が出来る高次元のエネルギー……。
だとしたら、この性質を利用すれば、人の意思そのものを直接魔力で構築してやることも不可能ではない。現象を起こす機構を魔力で構築する代わりに、人を魔力で形作るのよ。肉体などいらない。何故なら、魔力はそれのみで物理的・魔法的に外界に干渉することが出来るのだから。
そう、今のこの私の姿こそ、その証明。
世界初の純魔力生命体。それが私よ」
ギーメルはそう言って高らかに笑った。
今の話を統合して考えると、この高笑いも肉体的な声帯を模しているわけではなく、魔力によって外界に干渉して音を出していることになる。
つまり、笑ったり話したりするためだけに専用の魔法だかスキルだかを作り出しているのだ。
声だけでなく、私を睨んだりレスリーを嘲笑したりする表情だとか、大仰な腕の動きだとかもそうだろう。
それ逆に面倒くさくないかな。
「さて……。何かを待っているようだけれど、まだ時間はあるようね」
「……ちっ」
ユージーンの時間稼ぎもばれていた。
しかしギーメルはまだ付き合ってくれるようだ。話したがりにもほどがある。
「それならもうひとつ、教えてやるわ。
さっき、お前は魔法やスキルが使えるのは当然の事だと言ったわね。ふふ。若い──いえ、幼いお前たちは知らないだろうけれど、魔法やスキルが使えるのは当然の事ではない。
太古の昔、この世界にはそんなものはなかったのよ。まず、魔力自体が存在しなかったのだから」
一気にいきます。
こいつ以外にこの辺り解説してくれる人出てこないと思うので今のうちに(




