10-3
「やる事が……。やる事が多い!」
「お嬢様、言葉遣いが」
「わかっています!」
時期的に余裕がない事もあり、イベントの準備に充てられる期間は非常に少なかった。
しかしイベントを楽しみにしている学生たちにとっては、準備時間が多いか少ないかなど関係ない。重要なのは楽しいかどうかだ。
ヘレーネが描いてくれたビラには私たちの似顔絵が載っている。
つまり私たちが楽しませてくれるかどうかだけが重要だと言うこと。
もちろん、そこに載っているのは王家、マルゴー家、タベルナリウス家の令嬢たちであり、仮にイベントが失敗したとしても、力あるこの三家に対して表立って非難するようなものはいない。
しかし同時に、水面下で静かに三家への支持が低下する事になるだろう。
次期当主でも何でもない、所詮は子供のやること。しかしその子供に教育を施すのは家の役目であり、その子供の不手際となれば家の品格が疑われる事もある。
たとえ少々の支持率低下と言えど、それをきっかけに追い落とそうと勢力が出てこないとも限らない。
ゆえに失敗は許されないのだ。
もっとも王家やマルゴー家に関しては元々秘されていた令嬢の話であるためダメージは少ないし、そもそも両家とも代わりになる家が存在しないため、ライバルがいないのであまり関係がない。
ダメージを受けそうなのはユリアの家くらいだ。
もちろん、そのユリアの取り巻きでもある、イラストを描いてくれたヘレーネはそこまでは考えてもいなかっただろう。彼女に悪気があったわけではない。
ただイラストを目にした私が前世のサブカルチャーに似た独特なタッチを懐かしみ、殊更に褒めてしまったせいで、あっという間に増刷されて配られてしまっただけだ。
なんか私が悪い気がしてきた。ごめんなさいユリア様。
とにかく、時間がない中で成功させなければならない事に変わりはない。
たとえどう転んでも私には大してダメージが無いのだとしても。
今はとりあえず、この宝探しの目玉である「秘宝」を誰にも見られないよう隠し場所へ持っていく事だ。
その後は教師陣とイベントのためのカリキュラム調整の会議に責任者として参加をして、この秘宝以外の他の、すでに隠した中当たりアイテムの隠し場所を念のためチェックして──
「やる事が……。やる事が多い!」
「お嬢様、ですから」
「わかっていますとも!」
◇◇◇
アルカヌムの幹部もずいぶんと数が減ってしまった。
『恋人』は内心でため息をつき、円卓を見渡した。
そこにはもう、自分を含めて12人しか座っていない。
元々行方不明だった『隠者』は置いておいても、たった半年足らずで9人もの幹部が失われてしまったのだ。
これは長きに渡る結社の歴史を考えても異例な事である。
『恋人』はこれでも古参の幹部であるため、これまでの結社の歴史についてはよく知っている。
『恋人』は孤独な人間だった。
それが結社に拾われた事で、居場所を得る事が出来た。
結社の活動理念はよくわからなかったし今でも理解していないが、それでも自分や自分のようなものの居場所を守るためにこれまで結社のために働いてきた。
この世界は窮屈だ。
『恋人』たちが大手を振って歩けるような場所は、結社の中にしか存在しない。
自分たちの居場所を守るためならば、『恋人』は自分の手が血に染まる事も厭わない。
「──見ての通り、随分と風通しがよくなってしまいましたね」
今やたった1人になってしまった、最上級の幹部である『魔術師』がそう発言した。
『恋人』はふと違和感を覚える。
『魔術師』は自分の研究にしか興味がない、良く言えば一途な、悪く言えば視野の狭い人物だったはずだが、こんな社交的な話し方をする男だっただろうか。
ただ、仮面のせいで声も表情も全く分からないが、この場所に来られるのはアルカヌムの幹部だけのはずだ。
他のメンバー、そしてもう居ないメンバーたちの事を考えると、消去法で彼が『魔術師』であるのは間違いないのだが。
「こうなってしまった原因は明らかです」
え、明らかなの、という空気で円卓がざわつく。
原因が明らかならなぜ対処しないのか。
これまで結社はそうやって自分を守り、その身を大きくしてきたはずだ。
『恋人』にとって結社や他の幹部たちはどうでもいい存在だ。ただ、結社の力無くしては守れない場所があるというだけである。
だからこそ結社のために働いていると言うのに、結社が自衛の努力を怠っているのでは何の意味もない。
「お静かに。もちろん、対処していないわけではありません。しかし、その対処は十分ではなかった。そのせいで、実に10人もの大切な仲間たちを失ってしまう事になりました」
『恋人』の違和感はさらに高まった。
大切な仲間たち。そんな言葉をまさか『魔術師』の口から聞く事になろうとは。
この男は魔法やスキルの研究に傾倒するあまり、部下であるはずの他の幹部さえ実験動物くらいにしか思っていなかったのではなかったか。
それに、失われた者を10人と言い切ったのも気になる。
『女教皇』直属だった『隠者』は行方不明のはずだ。残り9人が居なくなった原因が明らかなのだとしても、『隠者』が何年も前に行方をくらませた原因まで同じとは限らない。
この男は何を知っているのか。なぜ知っているのか。
「この件について対処していたのは『愚者』と『女教皇』です。
しかし、『女教皇』が情報を渡していたにもかかわらず、『愚者』は相手を舐めてかかり、あろうことか何人もの幹部を巻き添えにして返り討ちに遭ってしまいました。巻き添えになった幹部の中には『女教皇』も含まれていました。これは過去類を見ない大失態です」
どうやら情報を掴んでいたのは『女教皇』らしい。しかし、その当人ももう死んでしまっている。
結果として、今のアルカヌムには『魔術師』派閥の幹部か、『恋人』のような完全中立の幹部しか残っていない。
本来なら情報を掴んだその時点で幹部たちを招集し、対策を練る必要があったのではないかと思えてならない。そう考えれば、『女教皇』の失態でもある。
3名しかいない最上級幹部のうち、2人が共同で犯した失態。
であれば、メンバーが半減してしまうのも無理ないのかもしれない。
しかし、結社の作る傘を寄る辺に集まっている『恋人』のような人間にとっては、無理なかったでは済まされない。
「……その情報とやらが全員に共有されていないのはどうしてかしら。もはやどう考えても、アルカヌム全体を揺るがせかねない一大事だわ。
確かに、『愚者』、『女教皇』、そしてアナタの3人はアルカヌム内で一段上の実力と権力を持っているけれど、だからと言って何をしてもいいわけではないのよ。名目上は、他の私たちだってアルカヌムの幹部なのだから」
「ああ、もちろんその通りです。すでに亡くなっている他の上級幹部の責任ではありますが、ここは私もそのひとりとして謝罪しましょう。
しかし、今はどうかこの簡易な謝罪で許してください。なぜなら、今こそその情報を共有すべき時だからです」
白々しい、と『恋人』をはじめとする中立の幹部たちは思った。それどころか『魔術師』傘下の幹部でさえ怪訝な様子でリーダーを見ている。まあ、仮面があるので本当にそういう表情なのかどうかはわからないのだが。
だいたい、情報を共有すべき時と言うのは今では無くてもっと前のはずだ。
「では、我らがアルカヌムを襲う未曽有の危機、その最たる原因についてお話しましょう。
──それは、忌々しい北の大地に蔓延る魔の一族、マルゴーです。マルゴー家こそ、我らがアルカヌムを陥れんと企んでいるのです。
中でも、長女であるミセリア・マルゴー。あの女ひとりのせいで、『女教皇』も『愚者』も、他の幹部たちも犠牲に──」
『魔術師』の口から怨嗟の声が漏れる。
この男がこんなに感情を顕わにしているのを見るのも初めてで驚くべき事だが、マルゴーとはまた、マイナーな貴族の名前が出てきたものだ。
あの家は北の辺境という魔境に置かれた文鎮のような存在である。
インテリオラ王国の建国期から魔物が蔓延る北の辺境に封ぜられ、以来長きに渡りその地の守護を務めてきた。
時には領主自ら剣を取り、絶えず魔物と戦っているという経緯から、王国貴族の間では武闘派として恐れられているとは聞いている。
魔物の領域から魔物が溢れてきてしまうと結社としても面倒なため、王国同様に盾としては有用な一族だと考えられていた。
しかしいくら武闘派と言えども、実力者が集う結社に対してこれだけの損害を与えられるほどの力があるとは思えない。
しかも、『魔術師』が言うには元凶はそこの令嬢であるらしい。
その令嬢は噂ではこの世のものとは思えないほどの美しさという話であるため、『恋人』の耳にも一応入ってはいる。
しかし同時に、その美しさのせいで領主に溺愛されており、これまで屋敷から出したことさえなかったとも聞いている。
そんな箱入り娘に一体何が出来ると言うのか。
「……『魔術師』。あのね、さすがのアナタでも、今が冗談なんて言っていい空気じゃない事くらいわかるんじゃなくて?」
「冗談などではありません! あの小娘は、本当に危険な──」
一応、古参幹部としてたしなめてはみたが、『魔術師』は聞く耳を持たない。どこか必死な様子である。
少々不審ではあるが、この男がそうまで言うのであれば、その令嬢に何らかの危険は確かにあるのかもしれない。
何にしても、もう1人しか残っていない最上級幹部がこの様子では結社の運営もままならない。
その令嬢が実際のところは何であれ、とりあえず言うとおりに対処してやれば『魔術師』も満足するはずだ。
濡れ衣としか思えないし、濡れ衣だったとしたらその令嬢には可哀想なことになるとは思うが、『恋人』としても自分たちの居場所を守るためならば多少の犠牲は仕方がないと覚悟している。
「……まあ、いいわ。
それで、『魔術師』サマとしてはどうしたいわけ? わざわざ全員を招集しておいて、小娘の悪口大会を開催しておしまいという訳ではないのでしょう?」
その令嬢が本当に脅威であるなら対処しなければならない、と『魔術師』傘下の幹部たちからも声が上がる。
一方で中立の幹部たちはどこか冷めたような雰囲気を放っている。
2人の上級幹部がこの世を去り、残った1人もこの様子なので、結社そのものに見切りをつけ始めているのかもしれない。
『恋人』もそうしたいのは山々だったが、自分たちが生きていくためには結社の庇護は必要不可欠だ。他の幹部と違って選択肢は無い。
「……ちょうど今、問題の令嬢が通うインテリオラ王立学園において、妙な動きが見られます」
「妙な動き?」
インテリオラ王立学園は王立と言うだけあり、非常に強固なセキュリティが敷かれている。
最近は隣国の王子が亡命してきたとかでさらに警備が厳重になっていると聞いたが、それも亡命王子が学外で行方不明になった事で平時に戻されている。
それでも元々のセキュリティ意識の高さと、王族が2人も在学中ということで他とは一線を画す警戒をしているはずだ。
そんな学園で妙な動きなど、誰がしているというのか。
「ええ、ええ。警備の厳重な学園で妙な動きをすると言うのは容易なことではありません。そんな事が出来る人間は限られています。
そう、他ならぬターゲットのミセリア・マルゴー自身が妙な動きをしているのです。
まるで人目を避けるように、学園内のいたるところに何かを隠して回っていると報告が上がっています。なんでも、宝探しゲームなる催しを企画し、その準備のために色々と動き回っているようです。
しかし、これは非常に不自然です。発案者はミセリア・マルゴー本人であるようですが、彼女が自らそんな事を企画し、学園側に認めさせて実行に移すメリットは何一つない。ならば、そこには必ず何らかの目的があるはず」
確かにそれは不自然だ。何か隠された目的があるという『魔術師』の言葉はしっくりくる。
「現状、ミセリア・マルゴーの周囲は傭兵などの護衛に常に固められています。ですから、あの小娘をどうにかしたければ、小娘の方から外へ出てきてもらわなければなりません。
こそこそと何を企んでいるのかは不明ですが、その企みを潰してやれば、小娘をおびき出してやることが出来るかも知れません。
調べによれば、宝探しとかのために隠して回っている何かの中に、一際小娘が気にしている物があるようです。それがおそらく、小娘の企みのキーアイテムでしょう。
つまり、それを奪ってやれば──」




