10-2
放課後に友達とまったりお茶をしばき倒すのも優雅でいいのだが、非生産的と言われればそうかもしれないので、今後はこの時間を使って催事運営委員会の会合をすることになった。
と言っても、する事は大して変わっていない。
お茶会をしながら学生たちからのアイデアを眺めて話題にするだけだ。
「──やはり、戦闘系に偏った投書が多いようですね」
ジジがため息をつき、手に持っていた「決闘マッチングコンパニー」と書かれた紙をテーブルに投げ出した。
これを書いた人物は合コンみたいなノリで決闘するつもりなのか。略してケッコンとでも言うつもりか。決闘が軽すぎる。
後で深刻な事態にならないようルイーゼたちの決闘を興業化して茶化してしまったのは私だが、さすがにやりすぎたということかもしれない。
しかしそれにしても体育系に偏っている。
体育祭ではなく文化祭の方が平和だし良いと思うのだが。
「もっと、なんと言いますか……文化的なアイデアはないのでしょうか」
「あの、ミセリア様。せっかく意見をくれた学生たちがまるで文化的ではないみたいに言うのはさすがにちょっと」
ドゥドゥに窘められてしまった。ちょっと言い方がまずかったようだ。
しかし野蛮なのは確かなので、私は謝らない。
「私は別に、多少暴力的でも構わないと思うけどね。どうせ私たちが参加するわけじゃないし」
「え、委員会のメンバーは参加できないのですか?」
グレーテルが肩をすくめてそう言うと、ユリアが反応した。
参加したいのか。その決闘マッチングコンパ。
「特にそういう制限を設けるつもりはありませんが……。内容による、でしょうか。運営側だと有利になってしまうような催しですと公平性が保てませんので運営委員は参加不可にするべきでしょうけど」
「ああ、ごめんなさい。単に私とミセルは身体が弱いから参加する事は無いってだけの意味だったのだけど」
それを聞いたユリアはホッとしていた。エーファたちは苦笑している。
血の気が多いのか。取り巻きの2人は苦労しているらしい。
「身体を使うイベントであっても、事前知識が勝敗に影響する内容であればさすがに参加は出来ませんよ、ユリア様」
「……決闘で相手の事をある程度調べるのは普通のことですし、運営委員と言いましても普通に調べて分かる事以上の情報を得られるとは思えないのですが」
なぜ対人戦闘ベースなのか。身体を使うイベントとしか言っていないのに。
「そうではなくて。ええと、そうですね……。
例えばですが、学園のどこかに特定のアイテムを隠し、参加者みんなでそれを探し出すようなゲームですとか、そういう内容の場合は運営委員は参加を見合わせるべきかと」
いわゆるイースター・エッグだ。要は宝探しゲームである。
「それ! 楽しそうですね!」
「ルル、その場合は私達は参加できないのよ。お話聞いてまして?」
「でも、悪くないわね。さすがミセルだわ。やっぱり貴女向いてるんじゃない? 催事運営委員長」
適当に言っただけなのに意外と好感触だった。
そういう遊びとかは無かったのだろうか。
「……せっかく公募してるのに委員長が案出しちゃうんですね。まあいいですけど何でも」
ジジはブツブツ言いながらテーブルに散らばる投書を片付け始めた。もう見ないのか。
というか、ということは私の案で決まりなのか。
「特定のアイテムというのは、どういうものを想定してらっしゃるんですか? ミセリア様」
エーファが議事録代わりのメモを片手にペンを持って聞いてくる。
「そうですね。具体的にこれというものは考えておりませんが……。
普段はあまり見かけないもので、それでいて高価でなく、持ち運びが容易なものとかでしょうか」
「例えばどこに隠すとかの案はありますか? 予め学園側に許可を取る必要もあるでしょうし、立入禁止の区域もあると思います。実際にやるとなるとそのあたりの周知も必要になるかと」
まだ決まったわけでもないのに妙に細かい質問が飛んでくる。ヘレーネも意外と乗り気なのだろうか。
まあ真面目なこの2人がやる気になってくれているなら私としては助かるが。前回も世話になってるし。
というか、エーファとヘレーネの事務能力や渉外能力があれば、別に学園側から予算が下りなくてもなんとかなるのではないだろうか。
実際前回も初動の資金はひとまず各人の持ち出しで賄って、後で収益から補填する事で埋め合わせをしている。
そして余剰分を学園に利益として提出していたはずだ。
来年に何をするのかは全く未定だが、宝探しゲームのような学内だけで完結するパターンならそんなに予算は必要ないだろうし、外部から来客を招くパターンなら後から資金の回収も出来るだろう。
そう考えると、なんだか今頑張って考えるのがちょっと面倒に感じられてきた。
来年のことは来年考えればいいのでは。
前世にも来年のことを言うと鬼が笑うとかの諺もあったし、むしろそれが正しい姿と言えよう。
まあ、笑う役回りの鬼は父によって滅ぼされてしまったらしいが。
「そのあたりはもう少し案が固まってからでしょうか。まずは皆様で色々と意見を出し合って、イベント全体のイメージを固めていきましょう。
それに、イベントを開催するタイミングも重要になってくると思います。定期試験が近い時期とかですとそんな余裕もないでしょうし、試験が終われば休みに入ってしまいますし」
とりあえず先延ばしにして後で考えようとそう発言しておく。
問題点というか、決めなければならない項目を2つ提起しておいた。「開催時期」と「全体のイメージ」だ。
時期を決めるためには様々な方面への相談や根回しが必要になってくるため、この2つなら全体のイメージの方を優先して議論するようになるだろう。そっちを考える方が多分楽しいし、まだ10代半ばの学生であれば当然だ。
しかしてそれが決まった頃には開催の旬は過ぎてしまっており、じゃあしょうがないから来年やるか、となるというわけだ。
「そうね。ミセルの言う通りだわ。そうなると、開催できる時期は決まってくるわね……」
おや。
「先日の試験勉強の期間を考えると──」
「イベント自体の準備の時間も必要では──」
「関係各所に早めの根回しも──」
ちょっと待ってほしい。時期の方から決めるのか。意識高すぎでは。
と思ったが、そういえばここにいるのは領地や国、大会社を動かすような親を持つ生粋の上流階級ばかりだった。
真の意味で箱入りだった私と違い、そういった教育も実家できちんと受けてきているのだろう。
「──てところかしら。
じゃあミセル、そういうことでよろしくね」
しまった聞いていなかった。何をよろしくされたのだろう。
「あ、はい。わかりました。
わかりましたが、確認のためにもう一度はっきりと言ってもらってもいいですか? 漏れや誤解があってはいけませんので……」
「まあそうね。
イベントだけれど、ちょうど今、試験休みが終わってしばらく経って日常の学園生活に戻ったところだと思うのよ。もう少ししてしまうと次の試験の事も視野に入ってきちゃうから、やるとしたら今しかないわよね。
だから運営委員長のミセルには早速、明日にでも学園長のところへ行って許可をもらって来てほしいの。
具体的な内容だとか使用可能な施設の選定なんかはその後ね。今の段階で話せるのは概要だけだし、許可が出るにしても少し時間がかかってしまうかもしれないから」
「……ああ、そう……ですね。はい……。明日行ってきます……」
私がぼうっとしていたあの短時間にそこまで決めてしまったのか。一応私が委員長なのだが、議事進行とかした覚えがないのだが。
これ私って必要なのかな。
やっぱりアイドル枠で開会式挨拶だけやってればいいのでは。
◇
翌日。学園長には「今年はもうやらないのかと思っていたが、やってくれるのであれば全力でサポートする」といった内容の返事をされ、だったら来年にしましょうかとも言えず、話はトントン拍子に進んでしまった。
その後の職員会議でも、高度な研究をしている研究棟にさえ立ち入らないようにすれば学内のほぼ全ては利用しても良いとの結論が得られ、その後すぐに概要のみだが学園内に告知もされた。告知のビラを作ったのはヘレーネだ。商会の娘だからか、ビラは実によく出来たデザインで、普通に楽しそうなイベントに見えた。
私でさえそう思ったくらいだから、一般学生の期待たるや高いなんてものではない。
そう、決して失敗出来ないイベントの開催がここに決まったのである。
ちなみにビラには私やグレーテル、ユリアの可愛らしいイラストが描かれており、ヘレーネは色々な意味で新しい才能を持ってるなと感心した。




