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ジャイアントオーガを下してから、ひっきりなしに襲ってくるオーガ系の魔物を切り捨てながらライオネルは進む。
鬱陶しいが、これは非常にやりやすい。
まさに先ほど考えた通り、この襲い来るオーガたちを倒しながら、オーガたちによって踏み固められたその道をただ逆に歩くだけで目的地に着けるだろう。
時折現れるジャイアントオーガも、ある意味でボーナスポイントだ。ジャイアントオーガが通っただけで、木々は倒され、道幅が広くなって歩きやすくなる。
少しだけ注意しなければならないのがオーガメイジの放つ魔法だが、それもこれだけオーガがいればどうということはない。
ある意味、周りは肉の盾だらけだ。攻撃を防ぐ手段ならいくらでもある。
と、そんな事を考えていると、さっそく遠方に魔力の高まりを感じた。
ライオネルは咄嗟に眼前にいたオーガに回し蹴りを放ち、魔力の高まりを感じた位置と自分との射線上にそのオーガの身体を放り込む。
体格差から考えれば、オーガに比べて小柄な人間であるライオネルがオーガを蹴り飛ばすのは難しい。
しかしそれも身体を鍛える事で覆す事が出来る。
足元の地面はライオネルの軸足の形に陥没してしまうが、その程度の代償で体重差を無視できるなら安いものだ。
「ギガッ……!」
蹴り飛ばされたオーガの背中に雷の魔法が着弾し、オーガは白目をむいて失神した。
雷系の魔法は威力はそこそこだが弾速が速く、また麻痺や失神などの副次効果を与える事もある恐るべき攻撃だ。
もちろん、魔法は人類が長い歴史の中で積み重ねてきた研究の賜物なので、魔物が使うこれらの攻撃を魔法と呼ぶかどうかは議論の余地がある。
しかし一部の魔物の中には、魔法のような技術を疑似的に使用できるスキルを備えた種族も存在する。
オーガメイジやゴブリンメイジなどがそうだ。
というより、一部の魔物の使うそういった攻撃を、魔力感知と魔力解析に長けたスキルを持つ人間が調べることで、人類は魔法の技術を手に入れたと言ってもいい。
魔物のこうした攻撃を魔法と呼ぶのは抵抗があるが、それでも魔法の原型であることに間違いはないのだ。
ライオネルとしては特に魔法そのものに思い入れがあるわけではないので、現象として同じなら魔法でいいだろうと思っている。もちろん、野生のままに使っている魔物たちのものよりは研究を重ねた人間の使う魔法の方が強力ではあるが。
「さて。すまなかったな。助かった。もういいぞ」
立ったまま失神していたオーガの首を剣で刎ね、死体を蹴倒すと、ライオネルはオーガメイジの元まで一直線に疾走した。
オーガメイジは慌てて両手を前に翳すが、次の魔法の発動を許すほどライオネルは心が広くない。
翳された両手を掬い上げるようにしてまとめて切り飛ばし、うろたえるオーガメイジの顔に剣を突き立てる。
遠距離攻撃をしてくる砲台さえ無力化してしまえば、あとはいつも通り雑魚を始末するだけだ。
淡々とオーガたちを切り殺しながら、ライオネルは考える。
ここまでも全てのオーガを殺しながら歩いてきた。
もはやジャイアントオーガでさえ足止めにならないのは、敵もわかっているはずだ。
にもかかわらず、こんな雑魚を大量にけしかけてくるのはどういう了見だろうか。
オーガメイジなどはさすがに少し面倒だが、魔法攻撃を受けるという事は見える範囲で射線の通った位置にいるという事でもある。見える範囲で射線も通っているのなら、それを速やかに殺すのも難しい話ではない。
今は走って切り殺したが、ライオネルとて魔法は身に付けている。魔力の消耗を考えないのなら魔法で反撃しても良かった。
「……狙いは私の消耗か? しかしな……」
これだけの人的リソースをつぎ込んでおいて、目的が消耗だけというのは釣り合っていない気がする。
ライオネルの体力や魔力は休めば回復していくが、失われた魔物の命は戻らないのだ。放っておけばそのうち増えていくという意味でなら同じかもしれないが、それは敵であるライオネルからの視点であって、味方側ではどうせ増えるから死んでもいいとはならないだろう。
少なくとも命じた王や命じられたオーガたちには、命をかけてもライオネルを消耗させるという確たる目的がある、と思われる。
しかし、ライオネルはここに調査に来ただけだ。あわよくば王を始末し、事態の収拾を図ろうとしているが、それは努力目標であってメインの目的ではない。
対して魔物たちのこの不可解な行動は、明確にライオネルに目標を絞って対処して来ているような節がある。
オーガたちからすればライオネルは突然縄張りに入ってきた異分子だ。これを追い出そうとするならばまだ分かる。しかし多大な犠牲を払ってただ疲れさせる事に何のメリットがあるというのか。
「……誘われている、のか? 分かりやす過ぎるほどに分かりやすい獣道や、ただ消耗させるためだけの無謀な突撃は、すべて私を森の奥へと誘い込むための策、だというのか……?」
だとすれば、このオーガたちを指揮している者は明確にライオネルを認識しているということだろう。
そしてその目的は、おそらくライオネルを殺すことだ。
ライオネルは強い。
それはただの事実であり、オーガの王がもしライオネルを知っているとしたら、その実力も知っているはずだ。
ライオネルの実力ならば、いかに魔物に囲まれようとも、逃げるだけなら造作もない。
しかしそれが、深く険しい森の奥ではどうだろうか。
連戦に次ぐ連戦で、疲れ果てていたらどうだろうか。
王と呼ばれるほどの存在と、対峙している状況ではどうだろうか。
ここが退き際だ、と考える。
これ以上進むと、必ず逃げられるとは言いきれなくなる可能性がある。
もちろん、王さえ倒す事が出来れば事態は収束する。
かつての王と同じ個体が生き延びていたのだとしても、ライオネルもあの頃より成長している実感がある。それは王も同じだろうが、瀕死の状態から動けるようになるまでに費やしただろう時間だって馬鹿にはならないはずだ。ならば、その差の分だけライオネルの成長の方に分があると言える。
仮にかつての王とは別の個体であったとしたらなおさらだ。
あの時点で王になっていなかった、つまりかつての王以下の実力しか持っていなかったのに、たった十数年でライオネルに追い付けているとは思えない。
そう、王だけならば問題は無い。
問題はその取り巻きだ。
今のところ出てきていないが、これだけジャイアントオーガがうろついているのにオーガジェネラルが全く生まれていないというのは考えられない。
ならば、どこかに隠れているはずだ。
普通に考えれば王のところだろう。親衛隊気取りというわけだ。
単騎でそこに突撃するのはさすがに賢い判断ではない。
王を倒したところで、他の魔物が消えてなくなるわけではないのだ。
しかし、ではここで退却したとして、後日改めて攻め直すなんてことが出来るだろうか。
人数が増えれば行軍速度は遅くなる。
抵抗も激しくなるだろうし、被害も出るだろう。
ならば少数での強行突破という事になるが、使い勝手が良く且つ信頼できる戦力は今手元にはいない。
父ヴォルフガングより薫陶を受けた、兄弟弟子とも呼べる『餓狼の牙』は王都でむす──めの護衛に付いている。
ライオネルはしばし、現れたオーガたちを切り刻みながら思案する。
今回の鬼たちを放置した場合のリスク。
王都から『餓狼の牙』を引き上げたとして、ミセリアやコルネリアの身辺の安全。
領主である自分がこのタイミングで死亡する可能性と、その場合の被害。
ハインリヒに後を任せる事になるとして、果たして奴はあの性格で嫁が見つかるのかという不安。いや、これは今回の事態に限った問題ではないが。
ハインリヒの結婚相手が見つからなかったとして、フリードリヒも同じ理由で駄目だった場合、フィーネが婿を取るしかなくなるが、そんな事になればミセリアにつらい思いをさせてきた意味が無くなってしまう。というか、結婚についてはフィーネも大丈夫なのかどうか怪しいものである。いや、フィーネやフリードリヒはまだ若いし、ギリギリ矯正可能なはずだ。
問題はその手の情操教育を任せているコルネリアに矯正する気が無さそうなところなのだが。
「……駄目だな。今、ユージーンたちを呼びよせるのは無しだ。こやつらはここで全て殺す。その上で私が生きて帰ればいいだけだ」
自分の事を知っているらしいオーガの王には不気味なものを感じるが、そうであるならここで退いても何も解決しないだろう。
ライオネルはこのまま進み、事態をここで終息させる事を選んだ。




