8-16
さすがに気が重いな、と考えながら私はエドゥアール王子たちの泊まっている宿舎に向かっていた。
その前に王城に寄り、グレーテルを拾う。
以前自分とディーだけで王子の宿舎に行った件は、数日後にはグレーテルにはバレてしまった。要らないところだけホウレンソウが行き届いているようで何よりだ。
それで次に行く時は必ず自分も連れて行けと言われてしまったのである。
私が気が重いと考えているのはグレーテルが同行するからではない。
エドゥアールと影武シアールに、彼らの祖国が滅亡したことを伝えなければならないからだ。
と言っても国民全員を殺害したとかそういう事ではない。
母が派遣した領軍の彼らは、いわゆる貴族階級にある者をすべて潰して回ったそうで、今あの国には平民しか残っていない。
そこまでしたということは、そんなに大公の家がわかりづらかったのだろうか。最後の最後まで見つからなかった、とかでもなければ、全ての貴族家が潰れてしまう事などないだろうに。というか、どうやってやったのか。
統治者が居なくなる事で急激な治安の悪化が予想されるため、小隊はそのままオキデンスに残っており、インテリオラ王国からも騎士団がいくつか治安維持目的で出動しているらしい。
おそらくそのままインテリオラ王国が実効支配していき、あの地はいずれはインテリオラの一地方になってしまうのではないかと思われる。
普通に宣戦布告なき侵略であると言えよう。
さすがに国際秩序の観点から言えば認められるはずがないので、インテリオラ王国が、ましてやマルゴー家が積極的に何かをしたという事実は一切公表されていない。
表向きには内乱の末に全ての貴族が共倒れになり、統治能力を失ったため隣国の誼で治安維持に手を貸している、と言う事になっている。どれだけの国が信じているのかは知らないが。
軍隊が他国に治安維持出動とか、どう考えても侵略の言い訳の常套手段だ。
その絵を描いたのが我が母であり、切っ掛けになったのが他ならぬ私であると考えると、さすがに重い責任を感じる。
その責任もあり、私は最後の当事者であるエドゥアールと影武シアールへの伝言を買って出た。
特に影武シアールには渡すべきものもある。小隊長から影武シアールへの預かり物を受け取っているからだ。
そしてその過程において、私は影武シアールの正体についても知ることになった。
「……まあ、気持ちは分かるけど。貴女は何も悪くは無いわ。元気を出して。私も付いていてあげるから」
「……ありがとうございます、グレーテル。面倒くさいとか思って申し訳ありません」
「いいのよ──いやよくないわよ。なに面倒くさいって!」
「ですが、私が悪くなかったとすれば、一体誰が悪かったのでしょうか……」
「ぐっ、まあいいわ。
──そうね。きっと誰も悪くなかった……いえ、みんなが少しずつ悪かったんじゃないかしら。それが積もり積もって、何かのきっかけで決壊して、こんな結末になってしまった。
もしかしたらもっと上手なやり方があったのかもしれないけれど、それは今だから言える事だし、みんながみんな良かれと思って行動した結果が今なのだとしたら、それはもう飲み込むしかないんじゃない?」
大公がエドゥアールの命を狙っており、そのエドゥアールがインテリオラ王都にいた以上、王都で騒ぎが起きるのは必然だった。そこに私が巻き込まれたのは偶然だ。
しかし、そもそもエドゥアール亡命の経緯を考えれば、我が家が結社を滅ぼした時点からすでに因果が繋がっていたとも言える。
ならばいつか私が巻き込まれるのは避けられない事態であり、私が巻き込まれてしまえば、過程はどうあれ結果的にこういう形に収まってしまっていただろう。
それもこれも、元をただせばおそらくは『女教皇』が私に興味を抱いたからだ。
なぜ、私に異界の魂などが宿ったのだろうか。
それこそ、今考えても仕方がないことではあるが。
「……そうですね。飲み込むしかない、のかもしれません」
私もボンジリに飲み込み方を教わった方がいいだろうか。あの子は色んなものを飲み込むのが上手だし。
◇
前回と同じように宿舎の職員に取り次いでもらい、メイドの少女に案内されて王子の部屋へ向かう。
違うのはグレーテルがいるせいで職員の方が恐縮してしまっているのと、メイドの少女が怯えているように見えることくらいか。
部屋にも前回同様エドゥアール王子と影武シアールが待っていた。
王女が同行しているのを見て驚いたようだが、オプションのようなものなので気にしないでもらいたい。
そして私は彼らに語った。
オキデンス王国の現状を。
そしてそれがどのようにして成されたのかを。
エドゥアールは思ったほどのショックは受けていないようだった。
亡命を決めた時点ですでにある程度の心の整理はついていたのかもしれない。あるいは彼の親族で祖国に残っていたのは大公家くらいで、他は別々の国に逃げ去ってしまっていたからか。
しかし、影武シアールは話を聞くなり騒ぎ始めた。
そんなはずがない、お前は嘘を言っている、私を騙そうとしても無駄だ、などなど。
中には私を侮辱する内容の言葉もあったので、控えていたディーを抑えるのが大変だった。彼の気持ちは私にはわからないが、彼には私を罵るだけの権利があるような気がしたので、言いたいように言わせておいた。
影武シアールがわめき疲れ、床に膝をついた頃。私の言葉が正しい事をグレーテルがインテリオラ王国王女の名において保証する旨を宣言した。
今度はグレーテルにも食ってかかろうとした影武シアールだったが、相手の身分を思い出したのか、それとも疲れ果てて騒ぐ気力も残っていなかったのか、結局何も言わずに項垂れた。
落ち着いたところを見計らい、私はディーに持たせていた包みを受け取り、影武シアールにそれを渡した。
「……これは?」
「貴方宛にと預かったものです」
影武シアールが包みを開けると、中から小箱が現れる。
小箱の中に入っていたのは、何かの紋章が刻まれた古い指輪だった。
「こ、これは……! まさか、父上の……!?」
「……それはオキデンスに赴いた、我が家の者が持ってきたものです。
家の者が言うには──我が子可愛さに国を滅ぼした、愚かで偉大な父親……の形見、だそうです」
それを聞くと、影武シアールは指輪を握りしめ、声を押し殺して泣いた。
私はしばらく黙ってその様子を見ていた。
直接は聞かなかったが、状況から考えて我がマルゴーの兵が彼の父親を殺めたのだろう事は間違いない。
だから、本来なら聞くべきではないのかもしれないが、聞かずにはいられなかった。
いや、むしろこれを聞きたくて、私はこの役割を望んだのかもしれない。
「──私が憎いですか?」
すると彼は勢いよく顔を上げ、憎しみの炎の宿る瞳で私を睨みつけた。
私はその視線を受け止める。
彼はしばらく私を見ていたが、その瞳に宿る炎はしだいに揺らめいていき、最後には湿気て消えてしまった。
「……いや。この指輪が、愚かで偉大な父のものであるのなら。そして、その父が私のために国を滅ぼしたと言うのなら……。
なぜ父がそんな事をしたのか、しなければならなかったのかくらいは、父より愚かな私にもわかる……。
ならば、ここで私がお前を憎む事を、父は決して望むまい……」
そう言って、涙と共に力無く肩を落とした。
私もまた、知らないうちに入ってしまっていた肩の力が抜けた。
「……もはや、全て終わってしまったのだな。帰るべき家も、国も失ってしまった。ああ、それから、エドゥアールにも謝らねばな……」
「えっ」
完全に他人事モードで話を聞いていたエドゥアールが、急に名前を呼ばれてびっくりしている。びっくりしたのはもしかしたら影武者にいきなり呼び捨てにされたからかもしれないが。
「……私の本当の名はジョルジュだ。ジョルジュ・オキデンス。大公デュシスの子にして、お前の従兄弟だ。お前を亡き者にし、お前に成り替わろうと画策していた愚かな男だ……。
今さら、許して欲しいとは言わぬ……。
だが、どうか、命だけは助けてはもらえないだろうか。ここで私が果ててしまうような事になれば、父が、あまりにも……。
頼む、どのような汚辱にまみれようとも構わない。しかし、命だけは……!」
ジョルジュは床に頭を擦り付け、エドゥアールに懇願した。
それを見て、私もグレーテルもディーも、言葉を失った。
私は今まで、これほどまでに真摯で美しい命乞いを見た事がない。
自分以外の誰かのために、すべてのプライドをかなぐり捨てて自分の命を乞い願う。
一体どれだけの人間が、心の底からこんな行動をとれるだろうか。
一方のエドゥアールは、困ったようにうろたえている。
彼にしてみれば、いきなり国が滅んだと言われ、影武者は従兄弟だったと判明し、その従兄弟に命を狙われていた事が明らかになり、さらに命乞いをされているという超ハイスピードな展開だ。付いてこられないのも仕方がない。
「そんな事、急に言われても……。ほ、本当にジョルジュなんですか……?」
しかし、戸惑うエドゥアールの瞳には、懺悔して許しを請うジョルジュを恨むような色は見られない。
命を狙われた事に思うところはあるかもしれないが、彼自身もジョルジュに同情する部分もあるのかもしれない。
あるいは、思いがけずに見つかった血縁にどこか喜びさえ感じているのか。
「……許すとか、許さないとか、正直、実感もないので私にはよくわかりません。でも、ジョルジュの命を奪おうとか、そんな事は思いません。
もう、帰る場所が無くなってしまったのは私も同じです……。正直、このままここに住んでいられるのかどうかもわかりません。だから、もしよかったら、これからは私と2人で協力して生きていく事にしませんか? 従兄弟の貴方がいてくれるなら、私も心強いので……」
「エドゥアール……」
ジョルジュは顔を上げ、エドゥアールと見つめ合った。
従兄弟でありながら命を狙い狙われた、2人の間にどんな確執があったのか私にはわからない。
でも、何かいい感じにまとまりそうなのは良かったと思う。
2人の帰る場所を奪った私が言うのもなんだが。
しかし、確かにこのままこの宿舎に泊まり続けるのは無理があるかもしれない。
亡んだとは言え、一国の正統な王位継承者をインテリオラが堂々と握っているというのは、オキデンスに縁のある良からぬ者に、良からぬ計画を立てさせる原因にもなりかねない。
政情不安な国からの亡命という大義名分があるうちならば、ある種のモラトリアムとして見逃されていた事であっても、完全に趨勢が決してしまえば次の一手を打たなければならなくなるだろう。
要は、この2人が生きてインテリオラにいるというのは、2人にとってもインテリオラにとっても良い事ではないというわけだ。
ならばいっそ、2人まとめて表舞台から消えてもらった方がいいのかもしれない。
私はグレーテルを見た。
グレーテルも私を見ていた。
何となく通じ合って、2人して頷く。
「──そうね。じゃあ、こういうのはどうかしら。ちょうど、教室でもエドゥアール王子の評判が下がってきているし。鼻毛の件で」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
何故そんな事に。
◇
ある日の朝。
いつも通りグレーテルと早めに登校し、雑談で時間を潰す。
しばらくするとルイーゼが隣のクラスからやってくる。ユリアを待つためだ。
ルイーゼを追加した3人でしばしの時を過ごす。
「おはようございます、ミセルさん」
「ああ、おはようございます、ユリア様」
ユリア、エーファ、ヘレーネがやってくると、程なくして他のクラスメイトたちも登校してくる。
そうして、ほとんどの学生が登校し、だいたい最後にやってくるのが彼女たちだ。
「──おはようございます、ミセリア様」
「──お、おはようございます、ミセリア様……」
メイドが1人で2人の身支度をしなければならなくなったせいで朝は時間が無く、どうしても登校が遅れてしまうという彼女たち。
眼鏡をかけた双子の姉妹、ジジとドゥドゥである。
マルゴー家が後見人となることで王都で暮らすことを許された、他国の貴族出身の姉妹だ。
ちなみに、どこの国のどういう立場の令嬢なのか、その一切は謎に包まれている。謎で丁寧に梱包しているのはマルゴー家だが、何故マルゴー家が謎に包んでいるのかもまた謎に包まれている。
「はぁ……。エドゥアール様……。鼻毛くらい、私が切って差し上げますのに……」
「……ユリア、まだ言ってるの? エドゥアールは行方不明になってしまったのだから、もう忘れなさいよ」
「……なんでいつもいつも、結果的に絶対実らない系の相手に懸想するのでしょうね、ユリア様は。呪われてるんでしょうか」
エドゥアールもう打たなくていいんですかやったー!
……ドゥドゥいるじゃないですかやだー!
これにて第八章は終了です。お疲れ様でした。
いろいろありましたが、これでついに男の娘が5人になりましたね。大丈夫かこの学園。
5人……5人?
ひとり☆1として、つまり☆5……?
いやもう無理やりだな! でもよろしくお願いします!
次回から九章「ロード・マルゴーと因縁の魔王」です。
一体誰視点なんだ(




