8-14
エドゥアールに大公についての情報をもらい、お礼に注意喚起をして満足した私は、速やかに宿舎を後にした。
あの様子だと大公がオキデンスにいるのは確実のようだし、大公が忍者を使ってエドゥアールを亡き者にしようとしている事もわかった。
これで母も満足してくれるだろう。
居場所が曖昧なので最悪の場合は国ごと消えてもらう事になるかもしれないが、それもちゃんとエドゥアールには言っておいたので、もし知り合い何かがいる場合は避難勧告くらいはするに違いない。
しかしそれにしても、忍者は王子を狙っているのになぜ女にしか見えない私たちが乗った馬車が攻撃されたのだろうか。
まあそれをあの場で聞いてみたところで答えは得られなかっただろうし、何か理由があるのならきっと自宅の忍者たちが洗いざらい話していることだろう。
とにかく、大公がまだオキデンスに残っているらしいことは間違いない。
この辺りの情報をうまくぼかしながら伝えられれば、私もオキデンスに連れて行ってもらえるかもしれない。
外国には行った事がないので、少々楽しみだ。
◇◇◇
「──ど、どういたしますか。大公家を断絶などと……!」
「──お、落ち着け! あんなもの、世間知らずの小娘が吹かしているだけだ! たかだか一地方貴族ごときが国家を相手取るなど……出来るはずがない! 我がオキデンスが落ち目であると馬鹿にしているのだ……!」
ミセリア・マルゴーが辞去し、エドゥアールが乱した身だしなみを整えに別室へ移動した後、残された2人は顔を突き合わせ、小声で会話をしていた。
「……で、ですが殿下。実際にあの娘は私の部下たちをすべて一瞬で無力化してみせました……! まだ年端もいかぬ少女でさえあれだけの力を持っているとなると、その本家の実力たるや……!」
メイドの少女──実際は若づくりをしているだけで、少女と言えるような歳でもないのだが──は両手で自らの肩を抱きながら震える。
半分は闇の世界に身を置きながら、長らくオキデンス王家に仕えてきたこの女は、世の中にはたった1人であらゆる戦況を覆しうる馬鹿げた存在がいることもよくわかっている。
その結集とも呼べるものが王家を陰から操る正体不明の組織だったのだが、その影響はある日を境にぱったりと途絶えてしまった。
女の隠密一族だけでは到底排除が叶わないような組織であったため、王家が残り続けられるならばということで容認せざるを得なかった。それが急に無くなった事で、怪しみつつも喜んではいたのだが、時すでに遅く、主家の当主たるオキデンス国王はすでに戻っては来られないところに行ってしまった後だった。
ならばこそ、次点として当主の弟、大公デュシスに指示を仰ぎ、王子暗殺にも手を貸すことにしたのだ。
王子は間違いなく国王の子であるが、王家そのものに仕える隠密一族にとっては、王子も大公の子も血の濃さで言えば変わらない。今となっては何の後ろ盾もない第一王子よりは、大公というバックボーンを持っている大公の子の方がまだ将来性があると言える。それゆえの判断だった。
そのバックボーンが今、たった1人の外国の貴族によって脅かされようとしている。
そして異常な能力を持つ個の存在をよく知る女にとって、それは目の前の影武者の男がわめくような、荒唐無稽な話ではない事はよくわかっていた。
「……はったりだ……! そうに違いない……! くそ、あの、顔だけで何の苦労もなく今まで生きてきたような小娘に、あそこまで馬鹿にされて黙っていられるか……! この私がこの顔のせいでどれだけ苦労してきたと思っているんだ……!」
思っているんだとか言うが、そんな事をミセリア・マルゴーが知るわけがない。
だが、影武者の男がその顔のせいで苦汁をなめさせられてきたのは事実だ。
第一王子エドゥアールと同い年にして同じ顔。
この男こそ、ジョルジュ・オキデンス。大公デュシスの実の息子であった。
ジョルジュは幼少の頃より、人より頭ひとつ抜けて優秀だった。
まさに一を聞いて十を知るを地で行くような神童で、王家直系のエドゥアールほどの教育は受けられなかったにもかかわらず、エドゥアールをも凌ぐほどの優秀さを見せていたのだ。
しかし、出る杭は打たれるとはよく言ったもの。
その優秀さは当然のように謎の組織の目に止まり、それ故に冷遇される事になる。
冷遇と言っても、虐げられたりなどといった事ではない。
その存在の抹消である。
ジョルジュはエドゥアールの影武者として取り立てられ、同時に大公の子であると公言する事を禁じられたのだ。
以降、ジョルジュの出した成果はすべてエドゥアールの成した事として発表され、ジョルジュ・オキデンスという人間は表向き姿を消した。
エドゥアールがジョルジュの事をほとんど知らなかったのはそのせいだ。
謎の組織にとっても、傀儡とはいえ王家が無能であるのはあまりよろしくない。優秀であると国民が思ってくれるのならそれに越したことはない。しかし、本当に優秀だとそれはそれで将来困る。
そういう意味では、影武者ジョルジュの存在はちょうどよかった。
適度に結果を残すし、いつか邪魔になれば消してしまっても誰も困らないからだ。
しかし当然、それはジョルジュの父である大公デュシスにとって到底許せる事ではなかった。
大公が表向きは王家に仕え、裏では王家を操る謎の組織を警戒しつつも、しかしあまりの力の差にどうにも出来ないもどかしい時間を過ごしていたある時。
突然、諸悪の根源たる謎の組織の気配が消えた。
大公は最大限の警戒をしつつ、恐る恐る組織があったであろう位置を配下に探らせる事にした。
おぼろげにわかってはいたが、組織に知られぬよう探る手段もなかったため、これまで正確な位置は不明なままだった組織の拠点だが、そう労せず見つける事が出来た。
というのも、目星を付けていた辺りに明らかに異常な状態のエリアが存在したからだ。
その場所は焦土だった。
森の中に忽然と現れた、不自然な漆黒。
まるでこの場所だけが地獄と入れ替わってしまったかのような、そんな有様だった。
状況から、ここが組織の拠点であったと考えるのが妥当だろう。
そしてすでに組織が壊滅しているのもおそらく間違いない。
では報告を、と帰還しようとしたところで、大公の配下は出会った。
同じく気配の途絶えた組織の拠点を探りに来た、王家を守る隠密の一族と。
「──とにかく、まずは捕らえられた部下たちと何とか連絡を取る手段を考えませんと……」
「連絡を取ったとして、役に立つのか? 自刃すべき状況でそれを止められたような奴らだぞ。連行されていく時の表情からすると、何らかの精神操作を受けている可能性もある。もう戻らんやもしれんぞ……」
ここでジョルジュは自分の伯父、亡きオキデンス国王を思い出していた。
あの男は大公デュシスによってその命を断たれる瞬間まで、夢の中にいるかのような顔をしていた。
先日馬車の中から遠目に見た隠密たちの表情は、その国王を彷彿とさせるものだったのだ。
「……しかし、やはりあの襲撃が問題だったな。あれさえなければ、あの小娘を調子づかせる事もなかったろうに」
数日前の、マルゴー家の馬車を襲った件である。
ジョルジュは影武者として、そして隠密の若頭領である女は表向きメイドとして、エドゥアールを常時監視している。
しかし監視しているという事は、逆に常にエドゥアールに縛られているという事でもある。
そのため、学園や宿舎の外にいる隠密たちに正確に指示を伝える事が出来ていなかった。
ジョルジュや若頭領が伝えたのは、ただひとつ。
この学園にいる、エドゥアールと同じ年頃、同じ身長で、女の姿をした者を殺すことである。
それも、エドゥアールの姿をした者のすぐ近くにいる者を、だ。
これは同じ顔をしているジョルジュを間違って攻撃させないためであり、その上で、ジョルジュの近くで従者のふりをして侍っている本物のエドゥアールを始末させるための指示だった。
しかし、そのエドゥアールに不審に思われない制限の中では詳しい指示は出せず、そのような曖昧な内容になってしまった。
これも様々な事があまりに一度に起きすぎたために、首魁である大公をはじめ誰も十分な準備時間がとれなかったせいだろう。
「──ジョルジュ殿下。やはり私は、一度オキデンスに戻るべきだと具申いたします。
あの娘、底が知れません。任務のためには命さえ投げ出すよう訓練を受けている配下たちを、一瞬であのような腑抜けた様子にしてしまうほどの精神操作を表情ひとつ変えずに発動し、あまつさえ笑顔で一国を滅ぼす予告をするなどと……。尋常な精神ではございません」
「あれは! あの娘のはったりだと言っているだろう! 精神操作の件については、そうかもしれんが……。いや、何かタネがあるに決まっている! 恐れることなどない!」
確かに大公や祖国が心配でないわけではないが、今ジョルジュにとって重要なのはエドゥアールをいかに自然に始末するかだ。それも、従者の少女という身の上のままで。
それが果たされた時、ジョルジュは完全にエドゥアールに成り替わり、新たな王として祖国オキデンスに返り咲く事が出来る。
これまで殺され続けてきたジョルジュという存在の仇を討ち、見返りに全てを奪ってやる事が出来るのだ。
◇◇◇
「──えっ。もう出発したんですか? 大公がどこにいるのかもわからないのに?」
私が屋敷に帰ると、屋敷の周りの家々には誰の気配もなくなっていた。
出かける前には確かに、マルゴー領軍の小隊たちが住んでいたはずだったのだが。
「幼い王族の生き残りと違って、大公とやらには国から逃げる理由なんてないのだから、国に残ったままに決まっているでしょう。大公家の屋敷や別荘くらいなら、現地での聞き込みでも特定は十分可能です」
「……ならどうして私に大公について聞いてこいなんて言ったのですか、お母様」
「貴女がいるところで指示なんて出したら、付いていくとか言いかねないからです」
「そ、そんな事を言うはずがないでしょう」
体よく追い払われていた、ということらしい。
しかし、マルゴー領軍も災難な事だ。いきなりたった二個小隊で隣国の重鎮を暗殺してこいとか、ブラックにもほどがある。色んな意味で。
せめて私が付いていければ、福利厚生として道中での癒しを提供できたのだが。眼福とかそういうやつ。
「あ、そういえば忍者の皆さんは? 監視というか見張っていないと自爆してしまうのでは」
「それならもう大丈夫です。貴女が心配することはありません」
「それはどういう」
「大丈夫です」
そうですか。ご冥福をお祈りします。
立つ前のフラグをあらかじめ折っておくのがお母様のスタイル。
わかりにくとのご指摘をいただきましたので、オキデンス留学組を整理しますと。
エドゥアール(実は影武者。本名はジョルジュ・オキデンス)
従者の娘(実はエドゥアール。女装子)
メイド(若作りのくノ一)




