8-10
困った。サクラがいなければあのスキルを発動させる事は出来ない。なんか最近いつも困っている気がするな。
しかし早くしなければ忍者たちも軽装歩兵に磨り潰されていなくなってしまう。
敢えて逃がして追跡する事で情報を得ようとする目論見も、殺到するならず者を見るともはや破綻していると言える。
というか、よく見ると路地の中にはうちの魔法歩兵らしき人間が控えている。魔法か何かを使ってうまく潜伏しているようだが、魔力が光って見えるのでまる分かりだ。
魔力がはっきり見えるのはおそらく私特有の、隠し芸的な何かだと思われるが、他にもそういう人間がいないとも限らない。
彼らにはそういうビックリ人間対策の偽装も考えてもらった方がいいかもしれない。例えば辺り一面に濃密な魔力を充満させて強引に誤魔化すとか。
とにかく、その路地に続いている包囲の穴を突破したならず者たちは、路地の中で魔法歩兵たちに静かに処されていた。死体も残さず始末されている。
たぶん、ハズレが来たらそう対処する手筈になっているのだろう。
これ私だったら忍者が来ても間違えてやっちゃいそうだな。
というか、魔法歩兵の皆は忍者が来たらちゃんと殺さず逃がす事が出来るのだろうか。
魔法歩兵は分かりやすく言うと工兵と砲兵を兼任するような兵科なので、破壊するのは得意だろうが追跡が得意だとは思えない。斥候などは軽装歩兵の仕事だと思われるが、彼らは今馬車の周りで奮闘している。
あと残っている一般兵科は重装歩兵だけだ。さすがに彼らの重武装で追跡するのは無理だろう。そういえば見当たらないようだがどこにいるのか。
そう考えると、追跡計画を邪魔する形になってしまったのは申し訳ないと思うが、うまくいったとしても彼らも果たして最後までちゃんとやれたのかどうかは疑問が残る。
最初だけうまくやって後は流れで、とかそんな感じだったのだろうか。
しかし、最初だけうまくやる、か。
考えてみれば、別にスキルを完全に使用する必要はなかった。
必要なのは周辺の魔力を奪う事であって、スキルの効果ではない。コストを支払い発動だけして、後は失敗でも問題ないのだ。
そのくらいなら、私が指揮をしながらサクラの代わりをすれば出来るかもしれない。指揮棒もあるし。
「ちょっと、出てきます」
「……は? 出るって、外に? 今?」
「ええ」
「何馬鹿なこと言ってるのよ。もしかしてトイレなの? 我慢しなさい」
「そんなわけないでしょう。グレーテルこそ何言ってるんですか。エドゥアール殿下もいらっしゃるんですよ」
性別的にはむしろユールヒェンなどに聞かれる方が気まずい気がするのだが、エドゥアールに聞かれるのも何か気まずい。
「あっ、そうねごめんなさ──なんで私が怒られてるのよ! どう考えても今出ていくとかおかしいでしょ!」
すぐさまトイレの発想になる方も大概だと思うが。
「大丈夫ですよ。ちょっとのことです。それに外には我が──いえ強そうな方々もいらっしゃるようですしね」
グレーテルを適当に宥め、馬車から外に出た。
そういえばディーが静かだなと思ったら、当然のように付いてきていた。それならサクラの代わりにディーでも良かったかもしれない。いや、初めての試みだし一応私がやっておこう。
突然馬車から下りてきた私を見て、最初に驚いたのはおそらく軽装歩兵だろう。彼らは私の顔を知っているし、何なら最優先護衛対象だ。次点の護衛対象らと一緒に固まっていれば護るのも楽なのだろうが、それが単体で馬車から離れようとするのを見れば驚くのも分かる。気苦労を増やして申し訳ないとは思うが、最終目標達成のためにここは見逃してもらいたい。
軽装歩兵たちの次に私たちに注目したのは生き残った忍者たちだ。
それまでは馬車全体を攻撃目標にしていたのだが、一部が私に殺到してきた。
やはり狙いは私なのか。いや、堂々と姿を晒しているにもかかわらず全員で来ないという事は、これは単に馬車から出てきた人間がいるからとりあえず殺しとこうくらいの反応なのかもしれない。
いちばん反応が遅かったのはならず者たちだ。
包囲の穴に向かわなかった者たちが、人質にしようと私の方へとやってくる。そこで忍者と衝突して争いになり、それが馬車に近い場所なら軽装歩兵にまとめて狩られる。そんな感じだ。
そして狩られた忍者に息があれば、そのまま自爆して周囲を巻き込み消し飛んでしまう。
ならず者が近くにいれば、巻き込まれて消し飛ぶ。
おかしいな、ユージーンはちょっと焦げただけだったのだが、あれあんなに威力あったのか。破壊ではなく証拠隠滅がメインとかいうレスリーの分析はなんだったのか。
どうせユージーンや彼の装備が頑丈過ぎただけなのだと思うが、マルゴー基準で物事を考えるのはいい加減やめてほしい。ここは平和な王都なんですよ。今はちょっとだけサツバツとしてるけど。
よく見てみると、爆発していない忍者もあった。何だろうと思ったが、ピクリとも動かないので死んでいるようだ。
自爆を発動させる前に息の根を止めてしまえば証拠隠滅は防げるというわけだ。まあ、死んでしまっては情報を聞く事も出来ないので意味は薄いが。
ともあれ、状況が動いたおかげで各所で多発する自爆を止める必要がある。
成功しても魔力を奪う事は出来るが、肝心の自爆のタイミングに合っていなければそれも出来るかどうかわからなかったので、こう景気良く自爆してくれるのであればやりやすい。
「ビアンカ」
私が名を呼ぶと、察したビアンカはするすると私の身体をよじ登り、私の頭に覆いかぶさるように乗った。ちょっと重いが、まだ余裕はある。
「ネラ」
同様にネラも私をよじ登り、ビアンカの上にだらりと乗る。私には見えないが、たぶんそう。
「ボンジリ」
私の胸元からボンジリが這い出し、小さな羽でパタパタと羽ばたいてネラの上へと飛んでいく。
ややあって、どすん、という衝撃とともに私の首が悲鳴を上げた。
「ぶにゃっ」
「きゃふっ」
あとネラとビアンカも悲鳴を上げた。
ボンジリもずいぶんと重くなったものである。大きさはあまり変わっていないのだが、重さだけが妙に増えている。まるで石で出来ているかのようだ。
過去最高に首に力を込めながら、姿勢が歪まないよう必死で立つ。
どこかで見たようなと思ったが、そういえば実家で頭に本を乗せて歩かされていたフィーネに似ている。確か体幹を揺らさずに歩く練習とかだったか。私もやっておけばよかった。私は最初から出来たからやらなかっただけだが。
「──さて、皆様」
刮目して見よ、と言いかけてやめた。もしスキルがうまく発動して最後まで行ってしまったらどうなるだろう。刮目して見た者全員がスキルの効果を受けて全身から血を流して死んでしまうとも限らない。
前回一度しか放っていないので正確な効果範囲がよくわからないのだ。
ルーサーやレスリー、ディーは無事だったので、たぶん味方は自動的に除外してくれると思うのだが、そうなると味方の定義がよくわからない。
今回もディーは大丈夫だと思うし、グレーテルも問題ないだろうが、ユールヒェンやエドゥアールは微妙だ。仮に判定が私の気分ではなく対象の気分、つまり私の事を味方だと思っているものを除外するみたいな内容だったとしたら、私に対抗心を持っているユールヒェンが無事でいられるかどうかは微妙なラインだ。
いやいや、効果が目的ではないのだから、そもそもきちんとやる必要はないのだった。
こっそり発動して、こっそりコストだけ奪う。それでいい。
「やっぱりなんでもありません。私の事はどうかお気になさらず、そのまま続けてください」
しかし私がわざわざ言うまでもなく、忍者の一部は変わらず私を狙ってくるし、残りは馬車を狙っているし、ならず者も暴れているし、軽装歩兵は困っている。みんな自由だな。
とにかく、今のうちに発動してしまえばいいだろう。
私は持っていた乗馬鞭を握りしめ、呟いた。
「ええと……。刮目はしなくていいです。で、これこそ我が誇り高き護衛団で、あー別に聞かなくてもいいのですが、その名は『戦慄の音楽隊-1』。その身に刻……む事はたぶん無いと思いますが、とりあえず我が音楽隊の暴……じゃなくて何かいい感じの旋律の、【G線上のミセリア】です」
前回そんなような事言ってたな、という内容の言葉をふんわりと呟き、スキルが発動したのを感じる。
ただ頭の上の3匹は少々困惑しているようだ。え、結局どうすればいいの、という感情が伝わってくる。どうすればいいのかは私も分からないので、それも仕方がない。
しかし、発動によってコストの徴収だけは行なわれたようだ。
周辺から魔力を吸い取り、スキルの効果をもたらすために力が集まってくるのを感じる。
その中にいくつもの、まとまった魔力のダマのようなものがあるのがわかった。ケーキとか作るために粉を混ぜてる時に出来るやつ。あれに似ている。
前回ひとつだけだったときは特に不審にも思わなかったが、こうもたくさんあると違和感がすごい。
しかし間違いなく、これが他人が魔法を発動させるために集めた魔力の塊だ。
ならばと見渡してみると、軽装歩兵に無力化された忍者たちで爆発している者はいなくなっていた。
ぐったりと地面に倒れ込む者の中にも息がある者がおり、まだ元気が残っている者は焦った様子で自分の身体をまさぐっている。
どうやら無事忍者たちを不発弾に出来たようだ。いや不発弾なら無事とは言えないが。
さて目的は果たした。
問題はこの集めた魔力だ。
すでにスキルは発動しているので、問題なければこのまま効果を発揮するのだが、こちらはメンバーも足りていないし、スキルを発動させたときの意志も曖昧だし、どうなるのだろう。魔力は適当にそこらに捨てられないものだろうか。
そう思っていたら、ふっと集めた魔力が失われた感覚があった。
霧散したとか奪われたとかそういう感覚ではない。
そう、スキルが正しく最後まで発動しきったかのような、いわゆる手応えを感じた。
「……あら?」
あのスキルが最後まで発動してしまった、となると、暴力的な旋律によって効果範囲内の全ての者が──いや、今回は暴力的な旋律とは言ってないんだったかな。なんて言ったっけ。
すると、スキルの効果を受けたかもしれない周囲の者たちはいつの間にか争いをやめており、どこか穏やかな顔で地面に座り込んでいた。ならず者や、忍者たちまでもだ。
効果を受けていないらしい軽装歩兵や衛兵たちは困惑している。
そうだ。今回は確か、何かいい感じの旋律とか言って発動したのだ。
「……もしかして、何かいい感じな状態になってしまった、のでしょうか」




