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あ、これ通算100話ですね。
お読みいただきありがとうございます。
衛兵隊はこの中では最も個の実力が低いようだが、人数は最大である。
ゆえにその数を頼みにしての包囲、それによって壁を作る事に関しては完全だと言える。
何より、ここは王都。彼らの職場そのものだ。
衛兵隊によって完全に封鎖された通りからは何者も逃げられない。
そして通りの中心にある、馬車の周りはすでにマルゴーの軽装歩兵が守っている。
相争うならず者と忍者たちは、すでに衛兵隊とマルゴーの軽装歩兵に挟み撃ちにされている状態にあるのだ。
めちゃくちゃに見えたが、意外とそうでもないらしい。
「……まあ結果オーライ、でしょうか」
ならず者たちという異物はあるが、あっても無くてもさして変わらないだろう。
あとは忍者が自爆しないように気を付けるだけだ。
とはいえ、それが一番難しいところでもある。
さらに言えば、元々忍者の狙いが王子なのかどうなのかを知りたかったという目的もあったのだが、これだけ囮が多種多様に揃っていては今さら特定もできない。
なんてことだ。全然オーライじゃなかった。
しかし考えてみれば。
仮に忍者の狙いを特定できたとして、どうだというのか。
真に求めるのは忍者を放つ黒幕の情報なので、狙いがわかったところでそこから黒幕を推理する工程が必要になってくる。しかも情報が少ない以上、当然推理の精度は下がる。
言うまでもなく、この忍者たちをどうにか捕まえて黒幕を吐かせるのが一番手っ取り早い。どうせ狙いを探るのはもう無理だろうし、開き直って捕まえた時に自爆させない方法を考えた方がいいのかもしれない。
レスリーの話では自爆は魔法の一種だということなので、仮にシステム的に妨害するのであればその魔法を失敗させてやればいいのだろうか。
魔法を妨害するのであれば、基本的には撃たれた後にそれを防ぐか相殺するのがセオリーだ。
魔法というのは、発動さえしてしまえばこの世に生まれた現象のひとつになる。火でも水でも風でも、あるいは精神に影響を及ぼすものでも同じだ。であれば、より大きな力を以て無理やりねじ伏せてやるのが一番早い。というか、それ以外の手段は限られている。
翻って発動前の状態では、他人の魔法に干渉する事は基本的に出来ない。
術者が己の魔力、あるいは集束した周囲の魔力を練り上げて、意志の力で魔法の形を編み上げるのだが、その間術者の制御下にある魔力は術者によって強固に守られているからだ。
そして発動が自爆を意味する忍者たちの魔法に関しては、発動後にいくら防ごうとしたところで遅い。
ちなみに魔法が複雑であればあるほど、また集める魔力が多ければ多いほど構築には時間がかかる。
以前、レスリーがオークジェネラルだったかに切り札の魔法を使おうとしていたのがおそらくそのケースだろう。
「……うん?」
そういえば、あの時の魔法は発動前に失敗していた。
何故だったか。
そう、確かビアンカたちと協力して放ったスキルが、レスリーの制御下にあるはずの魔力まで一気に吸い取ってしまったからだった。
魔法は人の努力と研鑽の上に成り立つれっきとした技術だが、スキルは違う。スキルは女神の祝福によって賜る物だとされている。
理由としては、選んで身に付ける事は出来ない事、基本的に魔法や他の技術よりも上位の効果を持っている事などが挙げられる。
そんなスキルの効果であれば、普通の手段で不可能なことが可能であってもおかしくない。
しかしスキルなら必ず魔法以上の優れた結果が得られるのかと言えば、そうとも限らない。
効果が強いだけあって、また人が作ったものではないと言われているだけあって、スキルは融通が利かないところがある。出力調整くらいしか発動者に出来ることはない。
これは、スキルは常に効率的な運用をするよう予め定められているからだと言われている。その制限の中で、結果的にだいたいの場合は魔法よりは強い、というだけの話なのである。
発動前の魔法の魔力を奪い取るような、非効率的な事は普通はしないし出来ない。
出来るとすればそれは、元々「他者の魔力を奪う」効果を持ったスキルくらいだろう。
以前にビアンカたち、『戦慄の音楽隊』と共に放った合体スキル【G線上のミセリア】を思い出す。
あの瞬間に誕生した新たなスキル。
あれには確かに、周囲の魔力を強制的に徴収する機能がついていた。
レスリーがどういう魔法を使おうとして魔力を集めていたのかは知らないので、あのとき奪った魔力が元々どのくらいだったのかはわからない。
ただスキルの効果が、オークが全身から血を噴き出して死ぬだけという美しくもない地味なものだったことを考えると、あまり有効活用出来ていたようには思えない。
となるとやはり、吸収した魔力を効率的に使う事が出来ていなかったのだろう。
他者の制御下にある魔力を強制的に奪い取る事に無駄にリソースを割かれているのではないだろうか。せっかく奪った魔力も、奪うために使った魔力でかなり相殺されてしまっている。つまり、めちゃくちゃ燃費が悪いのだ。
しかし今やりたいのは魔力を奪う事であって、結果自体はどうでもいい。
あのスキルの燃費がいかに悪かろうと、肉を焼く事ではなく燃料を燃やす事が目的なら全く問題ない。
忍者たちが倒れ、もはやこれまで、と彼らが覚悟した瞬間に【G線上のミセリア】を起動すれば、おそらく自爆は失敗するはずだ。
せっかく生まれたあのスキルは仲間の魔力まで奪ってしまう困ったスキルだと思っていたが、そうでもないようだ。
「……やはり結果オーライでしたね」
「なんで同じ事二回言うの?」
大事な事だからである。
◇
そうしていた間にも、馬車の外ではならず者と忍者の戦闘は続いていた。
劣勢なのはならず者の方だ。かなり数を減らしてしまっている。
と言っても全てが死んで減ったわけではない。忍者の目的は馬車なので、ならず者をいちいち殺す必要がないからだろう。ただ邪魔をするから対処しているに過ぎない。怪我でも負わせて一時的にリタイアさせればそれで事足りる。死んでしまっている者もいるようだが、たぶん殺さなければ排除できない強者だったか、単に運が悪いかのどちらかだ。
包囲する衛兵隊とマルゴーの軽装歩兵隊はその様子をただ見ている。
この状況でも忍者たちの動きに乱れが見られないのは、どうせ任務に失敗した瞬間には死ぬ事を覚悟しているからだろう。
彼らの任務が何なのかは知らないが、これまでの事と今の状況からして、馬車に乗っている誰かを害する事なのは間違いない。
であれば、ただ包囲されているだけならばするべき事に変更は無い。優先順位としては任務の達成と情報の漏洩の防止が先であり、退却はその後だという事だ。
一方でならず者たちの行動が変わらないのもわかる。
彼らは元々、貴族子女を人質にとって金銭を要求するのが目的だった。と思われる。
事ここに至り、包囲されてしまっている状況では、もはや彼らがここを切りぬけるには私たちを人質にとってそれを盾にするしかやりようがない。
だからこそ、一縷の望みをかけて馬車に向かうし、その馬車を傷つけようとする忍者の思い通りにさせるわけにはいかないのだ。
ここまで派手にやってしまっては、今投降したところで全員縛り首だろうし。
まあ派手になったのは忍者のせいなので、その恨みで戦っている部分もあるのかもしれないが。
さて。いい感じの所でスキルを発動させなければならないな、と考えていると、同じように外を見ていたグレーテルが怪訝そうに何か呟いた。
「……あら?」
「どうしました、グレーテル」
「いえ、気のせいなのかもしれないのだけど、あちらの路地の方、包囲に穴があいてないかしら」
「どちらの路地ですか?」
「だからあっちよ」
「だからどちらですか。あっちではわかりません」
「もう、だから──」
「あの、お嬢様、王女殿下。イチャイチャしないでもらえますか。緊張感が薄れます」
顔を寄せ合って窓から外を見ていたら、ディーに叱られてしまった。
「うるさいわねもう! だから、あっちだってば!」
業を煮やしたグレーテルは窓から身を乗り出し、ひとつの路地を指差した。
そちらに顔を向けてみれば、確かに衛兵隊の包囲に穴がある。あそこなら、ならず者程度でも強行突破は出来そうだ。
最初からそうやって指差してくれればいいのに、と思っていると、屈強な男たちに取り囲まれているにもかかわらず気軽に身体を乗り出した王女に気を取られてか、外にいる者の何人もがグレーテルの指の先に顔を向けた。
「──あそこだ!」
「──あそこからなら、逃げられるぞ!」
ならず者たちが口々に叫び、我先にと包囲の穴へと向かっていく。
すると圧力の減った忍者たちは馬車へと差し向ける戦力を増やす事が出来るようになり、こちらに殺到してきた。
しかし馬車の周りを守っていたマルゴー軽装歩兵の敵ではない。
たった5名でありながら、その歩兵分隊は流れるような連携で忍者たちを打ち倒し、次々に無力化していく。
だがもはや戦えないと判断した忍者たちは、あの時と同じように自ら爆発して塵のみを残して消えてしまう。
忍者たちも分が悪いと感じればどこかで撤退に舵を切るのかもしれないが、現状ではそれは難しいだろう。
包囲に開いていた穴もならず者たちが殺到したせいで埋まってしまっているし、逃げ出す隙がない。
「……もしかして、あの包囲の隙は、あえて忍者を逃がすために開けていたものだったのかも」
「ニンジャ? ニンジャって何?」
「あの黒ずくめの方々です」
グレーテルは外で自爆している忍者たちを見ると頷いた。
「……そうか。倒してしまうと自爆するから、敢えて逃がして追跡するつもりだった、ってことね。
それを私が見つけてしまって、大声で叫んでしまったから、ならず者たちにもバレてこんな事態になってしまったと……。やっちゃったわねこれは……」
グレーテルが肩を落とす。
だが大丈夫だ。
まだやりようはある。
私が忍者の魔力を吸い取って、自爆を阻止すればいい。
幸い、ここにはスキル発動に必要なメンバーも揃っている。
指揮者の私に、ボンジリ、ビアンカ、ネラ──
「──あれ。サクラがいませんね」
「サクラって、貴女の家の馬? あれなら学園に置いてきたじゃない。今さら何言ってるの」
そうだった。
集合場所の学園まではサクラの曳く馬車で移動したが、そこからこの大型馬車に乗り換えたので置いたままだった。
教職員は出勤しているので馬房にも係の者はいるとは思うが、ちゃんとご飯とか食べているだろうか。




