1-10
「──ミセル。なぜ呼ばれたかわかっているな」
「いいえ。見当もつきません」
屋敷に戻ってすぐ、父に呼ばれた。
「……冗談の下手な奴だ。私がお前に言ったのは、病弱な令嬢のふりをして相手方の事情を探れ、という内容だったはずだ。
どこの世界に馬車を飛ばして国を縦断する病弱な令嬢がいるというのだ」
確かに。
「……申し訳ありません。次はもっとうまくやります」
「せめてやる前に相談しろ、という意味なのだが……。まあいい。
ユージーン、お前がついていながら何という体たらくだ。何のためにお前を付けたと思っている」
呼ばれたのは私だけではない。
『餓狼の牙』のリーダー、ユージーンもである。
「俺としちゃむしろ、こうするために付けられたのかと思ってましたがね。ダンナもわかってるんじゃあないですか? お嬢は若い頃のアンタにそっくりだ。止めたところで止まるようなタマじゃあねえだろ」
父はそう言うユージーンを睨んだあと、諦めたように眼を閉じて眉間を揉んだ。
「……はあ。済んだ事だ。無事に帰って来たのならそれでいい。
それより、お前たちがのんびり帰ってきている間に、アングルス伯爵から非公式の感謝状が届いている」
父がデスクの引き出しから数枚の紙束を取り出し、読み上げた。
それによれば、私たちが馬車の旅を満喫している間に魔物の泉は両方とも消滅してしまったようだ。やはりあの泉は謎の男たちがわざわざ維持していたものらしい。
その後も観察を続けていたが魔物が生まれる事もなく、泉が復活する様子もなかった事から、アングルス伯爵は事態は完全に終息したと判断したとの事である。
手紙には主にそれについての礼と、嫡子が私と婚約出来なかったことを残念がる文章──に見せかけたおそらく謝罪だろう文言が書いてあった。
隣国メリディエスに対してどう出るのかはまだ決まっていないらしいが、差し当たっては国境線の警備を強化し往来を制限する事で対応するそうだ。
名目は「原因不明の魔物の増加が続いているので、旅行者などの安全のために入領を制限する」とするらしい。
「状況から見て、メリディエス王国が我が国にハラスメントを仕掛けてきたのは間違いないだろう。
ただ、あの国に組織的な魔物の研究機関は無かったはずだ。どこから魔物の泉の情報を入手したのかは気になるところだな」
これは私やユージーンが聞いてもいい話なのかな、と思ったが、父が話しているのなら構うまい。
しかし、私も14年間魔物たちの近くで過ごしているが、あれらの発生や行動を人間が制御できるとはちょっと思えない。
制御していたというよりは他人の土地で意図的に暴走させていただけだった気もするが、それだってどこかで実験でもしてある程度の目処が立っていなければ出来ることではないだろう。
父の言うように、何の基礎研究もないところからいきなり現れる技術には思えない。
そんなことが可能だとしたら、常に魔物の脅威に晒され、その研究を余儀なくさせられている我が領くらいのものである。
「……仮にですが、お父様が敵国と同じ事をしようとした場合、可能なものなのですか?」
「愚問だな」
父は鼻で笑った。
「仮に私が主導していたのなら、今頃アングルス領は地図から消えている」
つまり、泉を戦略兵器として使う程度は造作もないということか。
「……ダンナも娘に自慢とかしたくなる年頃か。時代の流れを感じるなぁ……。あと、ダンナが突っ込まねえから俺が代わりに言っとくが、まだ正式に敵国になったわけじゃねえからな」
「ごほん。そんなことより」
父は咳払いをした。自慢をしたかったのは図星らしい。
「ユージーン、お前ならサイラスを使って先にこちらに報告を寄越す事も出来たはずだ。屋敷に娘の姿が見えんと思ったら、いきなりアングルス伯から感謝状が届いた私の気持ちが分かるか?
さっきも言ったが、何のためにお前たちを付けたと思っている。ちゃんと仕事をしろ」
「そうは言われましてもね。今回俺たちゃお嬢の下に付くように言われてたはずだぜ。お嬢はサイラスや俺たちに対しても追加報酬を払ってくれたし、雇い主としちゃダンナより上等だったぜ。ならお嬢の命令を優先するのは当然だろ」
あのゴブリン亜種の強さは異常だった。
つまりあの戦闘はイレギュラーな事態であり、イレギュラーな働きに対しては追加のボーナスも必要だろう。
なのでユージーンたちには追加で報酬を約束していた。
屋敷に戻ってから支払うつもりだったが戻るなり父に呼ばれてしまったので、厳密にはまだ支払っていないのだが、ユージーンの中ではそういうことになっているらしい。
義理堅い男である。
損をしそうな性格で少々心配だ。
私は報酬を踏み倒すなどという美しくない行ないはしないので大丈夫だが。
「……妙な事を考えているのではないだろうな」
「馬鹿言うなよ。だいたい、俺たちはただの傭兵だぜ。領軍でもないし、ダンナの部下でもない。昔の恩で手は貸すが、俺たちだって人間だ。出来れば楽しい方が良い。
だったら、昔ダンナと暴れたみたいにまた楽しめそうな方につくのは当たり前だろ。ましてやそれが恩返しにもなるってんならなおさらな」
父と私を天秤にかけるなら私の方に味方をしてくれる、ということだろうか。
それはいい。
「……ふん。あまり無茶はさせるなよ。それと、もし手を出そうなどと考えているなら──後悔する事になるぞ」
「出さねえよ、おっかねえな。つか、心配性だな」
「私が心配しているのはミセルの方ではないのだが、まあいい」
これはつまり、ユージーンを連れていくならまた外出してもいいという事だろうか。
しかし仮に父が許すとしても、私が大っぴらに外に出るのはマルゴー家としてあまりよろしくない。
家族に迷惑をかけるのは本意ではないし、何か考える必要がある。変装とか。いや、私の美しさは少々の変装などで覆い隠せるものではない。どうしようか。
「それより、ミセル。戻って早々お前たちを呼んだのは説教の為だけではない」
なら「なぜ呼ばれたかわかるな」とか言わないでほしい。他に用事があったなどわかるわけがない。
完全に怒られるだけのつもりで気楽に来たのだが。
「王太子殿下のご息女に、マルガレーテ殿下という方が居る。お前と同い年だ。お身体が弱いという事で、社交界に出た事はない。
現国王陛下は亡き我が父、お前の祖父と親交が深かった方だ。もしかしたら、もしかするやもしれん。
陛下も我が家の事情を御存知なのか、孫にお前を会わせたいという打診が来た。出来れば王立学園に通わせ、孫娘の学友になって欲しいとも。
もしあちらがお前の事に気づいているとしたら、これは断れん。
お前も来年には15になる。王都の学園に入れ。
先ほど自分で言ったな。次こそうまくやれよ」
父の言葉は一瞬理解できなかった。
学園に入れ、と言ったのか。
まさかこの私が学園に通える日が来ようとは。
私は期待と少しの不安を胸に父の部屋を退室した。
◇◇◇
「──残してあるのはサイラスか」
「あと、レスリーもだな。サイラスだけじゃあ、情報の収集は出来ても分析は出来ねえ」
「……敵を1人、取り逃がしたのは失態だったな」
「……それについちゃ言い訳のしようがねえ。お嬢がいるのに無抵抗の相手にあんまエグい事も出来なかったってのもあるけどよ」
「立派に言い訳しているではないか。あれはそんな柔ではない。過度に気を使うのはやめておけ。必要ない」
「ま、たしかに肝は座ってんな。でも、本音を言えば屋敷に大事にしまっておきたいところなのは確かだろ」
「……ふん」
「全部体験したわけじゃねえが、あのスキルは異常だぜ。それに、あれだけのスキルを息をするように同時発動させるくらいだ。きちんと魔法を覚えりゃそれだけで戦えるようになる。
ぶっちゃけ、戦略的な重要度で言えばマルゴー領でも屈指だろ。上の兄貴がどんなもんなのか知らねえけどよ」
「長男と次男は優秀だ。若い頃の私と同じくらいにはな」
「自分で言うのがすげえよな。やっぱそっくりだわアンタら」
「……ともかく、王都に堂々とお前たちを付いていかせるわけにはいかん。ルーサーなら目立たずに監視も出来るだろう。お前にはサイラスたち3人の監督と連絡役をやってもらいたい」
「ああ。ところで、もちろん追加で特別手当は出るんだよな?」
「……なんだそれは。どこで覚えてきたんだ。そんなのこれまで言ったことなかっただろ」
「イレギュラーな仕事に対する正当な報酬ってやつだ。これもアンタの教育の賜物だぜ。多分な」
これにて第一章は終了です。
明日から第二章を投稿します。
パッパも自慢好き。
自慢といえば、エチオピア王ケフェウスの妻カシオペヤはたいそう自慢好きな王妃であったそうで、自分の美しさは海の精霊ネレイスにも優る、と自惚れていたようですね。
これに腹を立てたネレイスたちがポセイドンに訴えると、ポセイドンはエチオピアの海に海獣ケートスを遣わし、大災害を起こさせたそうです。
これを鎮めるにはケフェウスとカシオペヤの娘アンドロメダを生贄に捧げなければならない、という話で、まあなんやかんやあってペルセウスが勇者ムーブして丸く収まったらしいですね。
そのカシオペヤが星座になったのがトレミー48星座のひとつカシオペヤ座で、これは5つの★が特徴的なW型を形作り……
5つの★……?
そういえば、この下の方にも5つの★があったような。(長い前フリ)
あとブックマークもよろしくお願いします。




