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新連載はじめました。
ちょっと何か、アレなアレですが、よろしければお付き合いください。
こんな出だしなのに恋愛カテゴリじゃない時点でお察し(
一目惚れ、というものを知っているだろうか。
もちろん言葉の意味は誰もが知っているだろう。
しかし、本当の意味でそれを知っている者がどれほどいるだろうか。
私はそれを、生まれ変わって初めて知ることになった。
あの衝撃は生涯忘れることはない。
もし、知らない人がいるのだとしたら、それはそれで不幸であり、またある意味では幸せなのだと思う。
自分が一目惚れをしたからと言って、相手もそうだとは限らない。
いやむしろ相手はそうではない事がほとんどだろう。
ならば多くの場合、一目惚れによる恋を成就させる事は出来ない。それはきっと不幸な事だ。
しかしもし出来たとしたら、天にも昇る心地になるはずだ。それはきっと幸せな事だ。
私は一目惚れを自覚したその瞬間、恋の成就と失恋とを同時に味わう事になった。
なぜなら私が一目惚れをした相手というのは、他ならぬ、鏡に映った自分自身だったのだから。
◇
インテリオラ王国辺境、北方への守りを一手に引き受ける、マルゴー辺境伯家。
この家には少し変わった風習がある。
マルゴー家に生まれた三男以降の男児は、跡目争いの元になるため、隠すべし。
というものだ。
この「隠す」という言葉にはいくつかの深い意味がある。
ひとつは文字通り、一切表舞台に出さないようにして、ひっそりと育てること。
この場合、本人はまだ幸せな方かもしれない。
確かに一生を日陰者として生きていかなければならなくなるが、それでも生きてはいられる。名誉も誇りも持てないだろうが、最低限の尊厳だけは守られる。
ふたつめは、少し暗い意味になる。
手っ取り早く、生まれた時点で殺してしまうことだ。
死んでしまえばどうにも使いようがないし、面倒も起こらず、後腐れもない。
非道い話ではあるが、産みの母には死産だったと言っておけばいいし、対外的にもそういうことにすればいい。
そんなことをするくらいなら始めから子を作らなければいい。
確かにその通りではある。
しかし貴族というのは面倒なもので、男児2人だけではままならない時もある。
血の繋がりによって他家に渡りを付けたい時など、婚姻を政治の道具にすることがあるのだ。
そんな時、跡継ぎとその予備だけでは如何ともし難い。
長男がある程度成長し、事故や暗殺以外で死ぬ確率が下がってくればいいのだが、その頃には次男も当然それなりに成長しており、婚約するには歳が行き過ぎている場合がほとんどだ。
ゆえに、長男、次男が居るにも関わらず第三子を作るべくせっせと励むのは珍しいことではない。
このマルゴー家も同じであった。
ただでさえ中央から物理的に距離が開いており、貴族同士の繋がりが薄くなりがちな辺境である。
武力も当然必要だし、それが何より重要なのは間違いないが、だからと言って政治力が必要ないわけではないのである。
さりとて、ここで男を作ってしまえば次男との間で無用な争いになる恐れがある。
次男は基本的に長男の予備であるため、長男が恙なく家督を相続した後はお役御免になる。そうなると大抵の場合は分家に養子に出したり当主が持っている予備の爵位を分け与えたりするのだが、これも三男の分までは用意されていない場合がほとんどだ。
マルゴー家は辺境の盾という事であまり余分な爵位を持っていないため、その傾向も顕著であった。
なので、三人目の子は女子が望ましい。
人間の男女の割合はおおよそ半々であるから、男、男と来たならば次は女だと信じたくなる気持ちもわかる。それが泥沼になってしまうことも、まぁある。
覚悟を決めて3人目を作り、それがまた男であったとしたら、その落胆はいかばかりか。
そこで先程の「隠すべし」。そのみっつめの深い意味である。
ここで隠すのは性別のみ。
つまり、三男には女装をさせて、姫として育てるべし。
当然婚姻には使えないので、結局は病弱ということにして屋敷に押し込めることになるが、ただ隠しているよりは見られてしまった場合のリスクが下がる。
この私、マルゴー辺境伯家長女、ミセリア・マルゴーはそうして生まれた三男だった。
◇
私は姿見に映る自分の姿を見て、ほう、とため息をついた。
──今日も私は美しい……。
自ら光を発しているかのような薄い金色の、いや白金の髪。
それと同じ色の睫毛は長く、少し目を伏せれば琥珀色の瞳を覆い隠してしまう。これがなければ眼があった者をことごとく魅了してしまう事になるため、当然のことだ。むしろ無闇に被害者を増やさないために睫毛が長く伸びているのだろう。
すっと通った鼻筋は幼さを残しながらも、しっかりと顔の中心で全体のバランスをとっている。
ふっくらとした唇は艷やかに光を返し、紅を差さずとも柔らかな赤色を発している。
まさに美の化身、地上に降りた女神と言っていい。
いや、私は控えめな性格なので、人の枠の中では並ぶものが居ない、くらいに留めておくべきか。
特に女神を引き合いに出すのはよくない。
あれには狂信者がたくさんいる。
下手なことを言うとリアルに殺されてしまう。
女神というのは見たことがないが間違いなく私の方が美しいはずなので、別に嘘というわけではないのだが、事実はどうあれ狂信者たちは女神を貶められるのを極端に嫌うらしいのだ。
以前、屋敷の中でつい言ってしまったときに世話係にたしなめられた事がある。
実際の所、女神という存在がいるのかいないのかはわからない。
それは前世で死亡し、この世界に生まれ変わった時もそうだった。
いわゆる神様転生のようなものではなかったということだ。
前世の自分がいつ、どこで、どのようにして死亡したのかまでは覚えていないものの、気がついたら母の乳房にむしゃぶりついていた。
ただ、この国の宗教としては女神の存在が信じられているらしい。
そのものずばり女神教という名の宗教団体が存在しており、大きめの街には神殿が、小さめの村にも教会くらいは建っている程度には普及しているようだ。
狂信者というのはその関係者である。
現在の主流の派閥からすれば、原理派として疎まれているらしいが。
マルゴー家が治める領都にも神殿があり、私も5歳のときに洗礼を受けに行ったことがあった。
洗礼というのは神殿にて女神に祈りを捧げる事で、これを行なうと神より授かった【スキル】を確認することが出来る。
事実上、これ以外にスキルを確認する手段がないので、女神教側はこの洗礼のときに女神よりスキルを賜ったのだと主張しているが、そんなはずはない。
それが誤りだということは、5歳の時に自分自身で確認し、確信した。
洗礼で確認出来たスキルはいくつもあったが、ほとんどは大して重要でもない瑣末なスキルだった。
問題はその中に【超美形】と【美声】があった事だ。
そんなもの、この世に生まれ落ちたその瞬間から持っている。
いちいちスキルの確認などしなくてもわかる。自明の理だ。
それを恩着せがましくも「女神様より賜った」など、片腹痛いにも程がある。
だいたい、洗礼を受ける私の姿は少ないとはいえ教会の人間も見ていたはずだ。
洗礼の瞬間に突然美しくなったとでも言うつもりか。
そんなわけがない。
私は元々美しい。
それは齢3歳の頃、今世に生まれて初めて鏡というものを見て、心を奪い、奪われた瞬間から知っている。
と、今日も自室の姿見の前で悦に入っていると、部屋の扉を叩く音がした。
この叩き方は家宰のクロードだろう。
家宰とは家事の一切を宰領した者の事であり、我が家においてクロードは領地経営から屋敷の取りまとめまでの全てを管理、統括している。そんな者が隠された三男の私に用があるとは思えない。そして家宰を動かせるのは、辺境伯家当主である父だけ。
ならば父が私を呼んでいるのだろう。
実際、父はよくこうしてクロードを使いに私を呼びつけるのだ。
だからこそ私もノックの癖を覚えてしまっているわけだが。
「──お嬢様。お館様がお呼びです」
「わかりましたわ。すぐに参ります」
淑やかに答え、すぐに部屋から出る。
身だしなみを整える必要はない。初めから整っているからだ。姿見で常に確認もしている。別に部屋から出るつもりで姿見を見ていたわけではないが。
先導するクロードの後について歩き、父の元へと向かう。
向かう方角的に、父は執務室にいるらしい。
ということは領主としての話ということだ。
さて領主としての父が私に何の用なのだろうか。
ここ辺境伯領都においてこそ私の存在は公にされてはいるが、基本的には秘されている。対外的には病弱な令嬢という事になっている。
貴族社会において、病弱な令嬢という存在の立場は弱い。
なぜなら夫の子を産み、育てる事が何より重要とされているからだ。育てる事に関しては他者に任せる事も出来るが、産む事ばかりはそうはいかない。
前述の通り、場合によっては3人も4人も産まなければならない以上、貴族の令嬢には健康的な肉体が不可欠なのである。
当然のことながら男性と結婚して子を作る事など出来ない私は、病弱だからという事にして、いわゆる社交界に出される事はなかった。
非道い仕打ちだと考える者もいるだろう。しかし殺されたり、いない者として座敷牢で一生を終えたりするよりは遙かにマシな待遇であった。
令嬢に仕立て上げるというのにはこうした理由もあるのだと思う。
病弱だとだけ言っておけばあとは普通に生活させていても誰からも干渉されることはない。政治の道具に使えない貴族の娘などには誰も興味を持たないのだ。中央から離れた辺境という立地条件もそれを後押ししている。
我が家の事ながら頭のいかれた風習だとは思うが、私にとっては歓迎すべき事でもあった。
何しろこの美しさだ。
男装も悪くはないが、女装ほどには私を引き立てる事は出来なかったはずだ。
つらつらと父への感謝を胸に浮かべながら歩いていると、先を歩くクロードが足を止めた。
父の執務室だ。
「お館様。お嬢様をお連れいたしました」
「──入れ」
厳かな、低く渋い声が扉を震わせた。
失礼します、と前置いてクロードが扉を開ける。
扉の向こうには怜悧な美貌を顰め面で固めた迫力のある美丈夫が、執務机に向かって何か書き物をしていた。
薄い金色の髪は窓から差し込む陽の光を、まるで跳ね除けるように弾き、煌いている。
顔には髪と同じ色の口髭が乗ってはいるものの、その容姿はかなり若く見える。とても4人も子供がいる男には見えない。
眉間の皺はかなり深く刻まれているが、これは機嫌が悪いわけではなく、素の表情だ。
それを以てしても、溢れる気品と美貌を損ねる事は出来ていないが。
これこそ我が父、マルゴー辺境伯ライオネル・マルゴーである。
世界一美しい私の父にふさわしい容姿と若さ、そして辺境を治めるに足る武力と知力を持つ稀代の英雄だ。
父が若く見えるのには当然理由がある。
ここより別の世界で過ごした記憶がある私には違和感が強いのだが、この世界の人間は非常に長命なのだ。
およそ20歳くらいまでは前世の人間と同様に成長するのだが、そこから先は緩やかに老いていく。
寿命はおよそ200歳くらいだったろうか。
もちろんこれは怪我や病気をせずに穏やかに一生を終えられた場合の話で、医療技術も発達しておらず、さらに色々危険が多いこの世界ではそんな人間は稀である。
現在父は確か齢60を超えたくらいだった。
奇妙に思えるかもしれないが、この世界では一般的にはこれでまだまだ若く働き盛りな美青年である。
「来たか。ミセル」
「失礼します。参りました。お父様」
クロードの後に続いて執務室に入り、かるくスカートの端を摘んで足を曲げ、屋敷の主に礼をした。
父からは家族にいちいちそのような事はしなくていいと言われてはいるが、私は無視していつもやっている。
何故ならカーテシーをする私もまた、世界一美しいと思うからである。
父は書類から目を上げ、そんな私の姿を見て僅かに目を細めた。
私は父のこの視線があまり好きではなかった。
厳格にして冷酷な父の表情を読める人間自体それほど居ないが、よくこの視線を向けられる私にはわかる。
この目には憐れみと申し訳なさが同居している。
私は誰にも憐れまれる筋合いなどない。それがたとえ、女として育てる決定をした実の親であってもである。
私が今幸せなのは間違いなく父のお陰だからだ。
「早速だが、本題だ。ミセル。お前、この家の外の人間に会った事があるか?」
私は屋敷の敷地から一歩も外に出た事がない。例外は5歳の洗礼の時だけだ。
マルゴー家は辺境を治める領主であるから、出入りの業者ももちろんいるし、彼らが屋敷に出入りする事も多い。しかしそういう来客用の区域や物資搬入用の区域と家人のパーソナルスペースは明確に隔てられており、私が彼らと接触する事はない。
屋敷で働く者たちは、先祖代々仕えている家の者か、クロードが直接会って採用した者ばかりで、もっとも重視されているのはその口の堅さである。
そこから私の存在が外に漏れる事もない。いや存在だけなら知れ渡っているが、詳細を知っていたり直接目にした者はいない。
「いいえ、ございません。お父様」
そんな事は父もよく知っているだろうし、ならばこれは質問ではなくただの確認だ。
回りくどい事はいいから、早く本題とやらにいって欲しい。
私は早く部屋に戻って鏡を見たいのだ。
父はそうかと呟くとひと呼吸置き、話し始めた。
「……実はお前に、縁談の打診が来ている」
何を言われたのかわからず、一瞬思考が停止してしまった。
今、父は縁談と言ったのか。
「……なぜでしょう」
よもや私に縁談が来るなど考えたことも無かった。
普通に考えれば、病弱な令嬢に縁談など来ないからだ。理由は前述の通りである。
「何故だろうな……。それがわからんから、誰かと直接会った事でもないか確認した。が、やはり心当たりはないか……」
例外があるとすれば、その令嬢の格があまりに高いか、あるいはその令嬢があまりに美しく、ただいるだけで価値があるかのどちらかくらいだ。
辺境伯というと、その職責の重さからこの国では侯爵相当の扱いを受けている。
その格はもちろん高いと言えるものなのだが、職責が重く、厳しく定められているが故に、格を理由に縁談が来る事は少ない。
当主が辺境からあまり離れる事が出来ないため、影響力の割に関わる旨みが少ないからだ。
であればもうひとつの理由。
そう、私自身の並外れた美しさのせいだろう。
「……よもや、お会いしたことさえ無い方の心まで虜にしてしまうとは……。美しさは罪とはよく言ったものですね」
「……相変わらず冗談のセンスは壊滅的だな。社交界に出す事は無くとも、社交術くらいは習わせておくべきだったか」
「そう言うお父様も、あまり冗談のセンスはないようですが」
「あいにくと社交の場で磨く機会がなくてな。冗談で魔物が退いてくれるのならいくらでも練習するのだが」
似たもの親子というわけである。
転生し、過去に別世界で生きた記憶を持っている私ではあるが、親子の情は間違いなく今世の両親にある。
それは前世の記憶、特にエピソード記憶と呼ばれる類のものがほとんど残っていないからだろう。
この世に誕生したと認識したその瞬間には確かに持っていたはずだったそれだが、次第に、そう物心がつくころになると、かなり曖昧になってしまっていた。
特に家族や知り合いなどの人物の記憶はきれいさっぱり消えている。
寂しく、悲しい事のように思えるが、それが自然の摂理なのだという気もする。前世の事など、本来は覚えている方が不自然なのだ。
「冗談ではないとすれば、私に縁談が来ているというのは事実なのですね。
当然お断りするものとは思いますが、その話をなぜ私に?」
貴族家に生まれた以上、政治的理由による婚姻は避けては通れないものだ。
故に普通はすべて段取りが整ってから当人に宣告するはずである。
断る前提とは言え、この段階で私に言う理由が分からない。
というか、そもそも隠されるべき人間である私に話す必要などないはずだ。
「もし直接お前を目にした事があるようなら、何かの間違いで懸想してしまってもおかしくはない。
しかし、どうやらその可能性は低そうだ。ならば相手はお前個人ではなく我がマルゴー家の長女を娶りたいと考えている事になる。つまり我が家との明確な繋がりを求めているということ。それでいて、より若く健康的なフィーネではなく、病弱なお前を指名した。
何か理由があると考える方が自然だ」
フィーネというのは私の妹だ。
控えめに言って、世界で二番目に美しい子である。もちろん世界一は私だ。控えめに言わなければ私が宇宙一で妹は宇宙で二番目だ。
無事に妹が生まれた事でマルゴー家の子作りは終了となった。
この妹を誕生させるためにマルゴー家は私という負債を抱える事になったわけだ。
父はこの事によく心を痛めているようだが、私は気にしていない。
私は美しいし、妹は可愛い。何も問題はない。
なお母は私を着せ替え人形にして遊ぶのが趣味であり、日々楽しそうにしている。悩んでいるのは父だけだ。
「それはそうでしょうね。ですが、やはりお父様がその話を私にした理由がわかりません」
「お前を嫁に出す事は出来ない。しかし、この縁談の裏は気になる。放置するべきではない」
「おっしゃる通りかと。え、まさか」
「相変わらず察しが良いな」
誰に似たのやら、と父はため息をついた。
「お前には、病弱な令嬢の振りをして、相手方に直接会い、探りを入れて来てもらいたい。
なに、心配せずとも事は貴族の婚姻だ。間違っても婚前交渉などあり得ぬし、お前の容姿ならば正体がバレる事もあり得まい」
私は信じられない思いで父を見た。
否定の気持ちからではない。
未来への期待からだ。
もとよりこの屋敷の中で一生を過ごすと覚悟していた身である。
確かに美しい私自身を鏡で見ていられればそれだけで幸せではあったが、それはそれとして世界の景色を見てみたくないわけではないのだ。
基本的には相手の使者を屋敷に呼んで話をする形にはなると思うが、それでも普段触れ合う事がない人間と話せる数少ない機会である。
話の流れによっては相手の家まで赴く事もあるかもしれない。
知らず目を輝かせた私を見て、父が再び目を細めた。
今度の父の視線は、嫌いないつものそれではなかった。
「念のため護衛をつけよう。後で私の古い友人を紹介しておく。信頼できる者たちだ。この件ではお前の手足として好きに使え」
主人公がヒロイン枠ですが、ヒロインが男性でも一向に構わないという方はぜひ評価の☆を5つくらいお願いします。
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