口寄せ、そしてその後
僕はそこを訪れた。ただの団地の一室。
その女性は死者とのコンタクトが可能だという。いわゆる口寄せ術。イタコってやつらしい。
どう見ても普通のおばさんにしか見えなかったが。
でも、本当の事なら、僕にはどうしても話したい人がいた。
「5年前亡くなった恋人と話したいのです。彼女は、突然の事故で亡くなって」
今でもその事を考えると、胸が張り裂けそうになる。最愛の人だった彼女。彼女にどうしても伝えたい事があった。
「いいでしょう。その彼女を今から私におろします。思い残す事ないように、お話しなさい」
女性から急に力が失われ、ガクッとうなだれる。そして、ゆっくりと顔を上げる。
僕は目を見張る! 彼女だ! 間違いなかった。顔こそイタコの女性のものだったが、表情の作り方から、それはあきらかだった。
「…あきくん久しぶりだね。ずっと見てたよ。新しい家族と一緒に暮らして幸せそうで安心してるよ」
僕は言葉に詰まって何も言えなかった。涙が次から次と流れ出てくる。
「…よかったのかな…僕だけ…僕だけ幸せになってしまって」
「もちろんだよ! 生きてる人はいつだって幸せを追い求める権利があるんだよ。だから泣かない。しゃんとする! パパになったんだから。そんなことじゃ、家族を守っていけないぞ」
「うん。わかったよ。ごめんね。いや、ちがう。ありがとう」
「どういたしまして。ささ。過去の女の事なんかすっぱり忘れて、大事な家族のもとへ帰りなさい。早く早く」
「君はかわらないね。わかったよ。さようなら」
僕は、涙を拭いてその場所から立ち去った。
彼の去った後、その場。
イタコは独り言を言っていた。
「よく頑張ったな。」
「だって私は死んじゃってるもの、しかたないよ」
その一室は静かだった。