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水の記憶 5 光の国はお伽話


 露店店主の妹夫婦の宿は料理自慢というだけあってうまかった。


シャンフィールは水産物が名産の国である。


新鮮な魚介類をメインに新鮮な野菜やミルクも使って贅沢な味わいになっていた。


「うまいな」


ファラシスは川魚の香草焼きに感心する。


川魚独特の臭みを香草を使うことで、なんとも言えない香りがふんわりと尾をひいて口に残る。


宿屋の居酒屋というより、貴族の屋敷などでふるまわれるような繊細かつ絶妙なバランスの味付けだ。


「ええ。本当に。シャンフィールのお魚は美味しいですね」


「鮮度の違いというか、やはり腕の違いだろうな。ファシル・アルド・バードにも鮮度のよい魚はいくらでもいる」


「・・・・料理長になかれますよ」


「けなしてなどいない。質より量も兵士には大事だ」


「・・・そうですか」


いや、そこはあんた量より質が問われる立場でしょとビルは遠い目をする。


言ったところで合理的ではないと一刀両断されるに決まっている。


「それにしても繁盛しているな。やっぱりこの祭りのような馬鹿騒ぎのせいか?」


ファラシスは満員の店内を見渡しカウンターごしに店主にきく。


カウンターが6席と4つのテーブル席。


宿の大きさからも無難な規模だが、店内に入れない客が店の外に陣取り酒を飲んでいる。


すっかりできあがった彼らの声は近所迷惑でしかないが、今夜はあらゆる場所で似たような光景が広がっていた。


昼間感じた王都全体のうかれっぷりがそのまま夜になった感じだ。


「そりゃあ、旦那。ファシル・アルド・バードの国王様がシャンフィールにいらっしゃるってんだ。光の大陸で特別な国の王様だ。歓迎しないわけがない」


店主はにこにこと笑う。


邪気なくさも当然とばかりに、うれしげに笑う姿にファラシスが端正な顔をひそめた。


「たかが一国の王様だろう。ファシル・アルド・バードの国王といっても光の大陸の諸国の王よりもずっと若輩者だ」


「ああ、十代の若さでファシル・アルド・バードをお継ぎになられたんだよな。けれど、その噂だって誉れ高い。立派にファシル・アルド・バードを継いでいるらしいじゃないか」


「いや、即位は二十歳は越えていたんだがな」


どうにもこうにもファシル・アルド・バードはともかく、ファシル・アルド・バード以外でのファシル・アルド・バード国王は存在そのものが伝説になっている気がする。


苦虫をかみつぶしたかのような顔になったファラシスにビルは肩をすぼめた。


「ファシル・アルド・バードの国王はただの国王ですよ。もちろん我々国民が尊敬してならない賢王でありますが、まだまだ先代に比べると青二才と古参の大臣や兵士たちからは表されています」


「それでも聖王ラディオンの真っ当な血筋だからな。やっぱりほかの王族様とは格が違うだろ。そりゃあ、シャンフィールにもサラシアナ王女様って水の子がいらっしゃるが、あくまで水の子ってだけで、フィリシア様の生まれ変わりでもなんでもない」


店主の言葉にますますファラシスは眉をひそめる。


気に入らない。


「じゃあ、サラシアナ王女の価値ってのは水の子てあるということだけなのか」


「そうは言っちゃいないが、でもそれも大きいだろう。シャンフィールはアクア・フィール様のお力によって守られている国だ。そのアクア・フィールさまの寵愛をうけているのがサラシアナ様だ。国民にとって以上な事実はないだろう。だからこそ、王族は近しい血族だけで婚姻を結ぶ訳だし」


「近しい関係か・・・。正直、我々ファシル・アルド・バードの民にはわからない倫理ですが」


同腹ではないからと血のつながった兄妹で婚姻を結ぶ。


そもそもファシル・アルド・バードにおいては王族であろうとも一夫一妻制だ。


歴代の王族はただとりの妻だけを生涯の伴侶としてきた。


なかには子に恵まれず王の兄弟から養子を迎え入れた代もあれば、平民の娘が王妃となった過去も、その逆に王女が平民挙がりの兵士と婚姻した過去もある。


むろん、それぞれに大変な苦労があっての婚姻成立だけれども。


ファシル・アルド・バード王族はただひとりだけを愛し守りぬく血筋だ。


それがお互いを真摯に思い合うラディオンとフィリシアの思いの強さゆえか。


光の大陸にあってファシル・アルド・バード王族が特別だという烙印も押されていた。


「だからさ、ファシル・アルド・バード王家っていや、光の大陸のすべての国民がうらやむ恋愛ストーリーの宝庫ってわけさ」


「なるほど・・・。ようは娯楽を提供する王族ってことですね」


ビルが得心したようにうなずく。


吟遊詩人が好んで唄う恋愛話の宝庫ってわけである。


純愛の王家ともある意味ささやかれるのがファシル・アルド・バードの王家だ。


「そこは、格好よく狼とでも例えてほしいがな」


うんうんとうなずきあう店主とビルをじっとりと眺めながらファラシスは酒をぐいっとあおった。


狼は愛情深くただ一匹の番だけをともにする。


誇り高き森の王。


(そういえば、ある意味あれも森の王か?)


ファラシスの脳裏に腰の丈ぼどのどこが髪か髭なのかわからない白いもじゃもじゃの老妖精が浮かぶ。


たしか彼の妻である魔女は御伽噺か大好きで、そんな妻にめいいっぽう弱かったファラシスの教育かがりだ。


(いや・・・いくらなんでもないな)


ファラシスは今年で22歳になる。


いくらなんでも成人した自分の相手として子供はない。


ゆっくりと首を振りならもう一度、勢いよく酒をのんだ。


とにかく今日は酔いにまかせて早々と寝てしまおう。


ビルに目配せすると彼も心得たもので目線でうなずいた。


こうして浮かれ気分のシャンフィールの夜は更けていく。

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