水の記憶 1 水の都 シャンフィール
水の都シャンフィール。
シャンフィールには、水の女神アクアフィールが住む湖がある。
湖は女神の張る結界と深い万年雪に、おおわれており、その聖域に、入れるものは、限られていた。
水の女神が愛をさずけた水の子だけである。
とはいっても、水の女神は、人間を愛しており、慈悲深くほかの女神や神よりも、ずっと髪や瞳のどちらかに、特徴をもつ水の子の誕生は、多かった。
そして、現在の王家にも、水の子は、存在する。
シャンフィールの第5王女であるサラシアナは、清流のような銀髪と深い海色のアクアマリンの瞳をもつ水の子であった。
「サラシアナ?サラシアナは、どこなの?」
シャンフィールの王宮では、王妃がわが子を探していた。
シャンフィールの正妃であるロレッタ王妃は、結婚十年目にしてようやく懐妊し、唯一生んだ子が水の子サラシアナだった。
サラシアナは、本来なら、正妃の子でありながら、第5王女とあまり価値のない王女であった。
だが、正妃である王妃が生んだ子であると同時に、シャンフィールにとって、特別な存在になっていた。
久しぶりとなる髪と瞳に水の女神の加護をうけし王女の存在は、国民に、さらなる平和と発展の象徴として歓迎されていた。
水の都シャンフィールにとって、水の子の存在には、とても意味がある。
水の子は、代々王家の者と結婚し、その血を濃く残していくことが、宿命だとされていた。
シャンフィールの王家の特徴である青い髪に、青紫の瞳は、その証しともいえる。
現在の国王であるユノス国王とら正妃のロレッタも、異母兄妹という関係だった。
限られた血を濃く残すためシャンフィールの王家では、同腹でない兄妹間の結婚が、慣例となっていた。
これは、シャンフィールだけでなく、光の大陸の王家では、よくあることだった。
長年の彼の地との戦で、次第に光の大陸は、劣勢となってるためだ。
神々の加護をつよくうける王家の血を濃く残すことは、国の安泰にもつながるとされている。
むしろ、血族の婚姻がないのは、もう古き光の都、ファシル・アルド・バードくらいのものだ。
ファシル・アルド・バードには、ほかの国々にない強い加護があるので、その必要もないのだともいえた。
今日は、そのファシル・アルド・バードの若き国王が、はじめてシャンフィールを訪れることに、なっていた。
光の大陸にとって、ファシル・アルド・バードはとても特別な国だった。
その新しい王を国に招くとあり、国中が歓迎ムード一色のお祭り騒ぎに、なっている。
もうすぐその国王が到着するというのに、シャンフィールの象徴ともいえる水の子の王女の姿がない。
「いったい、こんな時に、どこに行ったというの?」
正妃であり、サラシアナの母であるロレッタは、サラシアナの乳母に、といかける。
この乳母はロレッタの乳母もつとめており、ロレッタにとって、とても信頼でき人物なのだが、なにしろ高齢だ。
決してお転婆とはいえないサラシアナにも、簡単に逃亡をゆるしてしまう。
乳母は、困ったように、ほほ笑んだ。
「王女様がお城にいらっゃらないのであれば、足をむけられるところは、ひとつだけかと」
乳母の言葉に、ロレッタは、ため息をついた。
「じゃあ、またあの子は、アクアフィール様のところに行っているのね。あんなに今日だけは、城にいるように行ったのに」
「仕方ありませんわ。サラシアナ様は、男性が苦手ですもの。とくに他国の王族など、サラシアナ様にとっては、脅威でしかありません」
「あの子は王女なのよ。いつまでも苦手だからといって、避けていては、立派な王妃にはなれないわ」
「とはいうものの、私たちでは、サラシアナ様をお迎えに行くのは無理かと」
冷静にたんたんと語る乳母に、ロレッタは盛大にため息をついた。
「アクアフィール様の泉にいったのなら、どうしょうもありませんわね。陛下にお知らせして、サラシアナの不在をどう説明するか相談しないと。あの子は、食事はもっていったのかしら?」
「いえ・・・。今回はサラシアナ様もとても大切なご公務だと分かってらっしゃいました。携帯の非常食だけですので、長くても明日には、お戻りにられるかも・・・」
「そう・・・。まあ、アクアフィール様の結界に守られているのだから、なにも心配いらないのでしょうけれど・・・」
「サラシアナ様は、とても聡明な姫君ですし、なにも心配はいらないかと」
信頼できる乳母の言葉に、ロレッタは、もう一度大きく息を、はきだした。
「そうね。あの子を、信じてまちましょう」
それでも陛下の耳に入れなければ・・・。
このシャンフィールだけでなく光の大陸にとっても、サラシアナの存在は、とても貴重なものなのだから。
(こまった子・・・)
そう思いながらも、ロレッタ形のよい唇の端に、笑みがうかぶ。
もう自分は、子供など望めないのではないか。
兄も国民にも申し訳なくふがいなさに、何度も枕を涙で濡らし、もう枯れ果てたと思われた矢先に、できた何よりも愛しい存在のサラシアナ。
正妃である血の濃さでも、水の子という立場からも、ずっと王宮に住むサラシアナは、これから先もずっとロレッタの傍らで、成長し続けてくれる。
どうして兄と結婚しなけければいけないのかと悩んだ若い日も、愛しいわが子が、ずっと傍らにいてくれるなら、むだではらなかったとおもえる。
幸い側妃のうんだ王子たちは、どの王子も穏やかで慈悲深く公正な国王の血を受けついいる。
第一王子だけでなくどの王子が国をついでもよい国王となるだう。
そして娘にとっても、よき夫となるにちがいない。
生まれた時より異母兄弟のいずれかに嫁ぐことが約束されたサラシアナは、
目立つ外見と共に温室のバラのように育てられ、今年、14歳になるというのに、夜会デビューもしていない。
それは、ほかの男性の目にふれる必要もないというのもあるが、なによりもサラシアナが、男性恐怖症だからに、ほかならない。
いや・・・対人恐怖症か。
白銀の髪と清流の瞳をもつサラシアナは、幼いころから、とても愛らしくとても人目をひく容姿だった。
そしてまた精霊の加護をつよくうけるためか、人の感情に敏感だった。
いつしか好奇な眼差しや男たちの憧憬に、嫌悪を抱くようになり、人前にでると高熱をだすようになってしまった。
それがわかっているために、サセシアナに人前での公務などをさせるつもりは、なかったのが・・・。
さすがに14歳。
おりしも近いうちにシャンフィールの王妃となることがきまっているのだから、内外でも高い評価をもつファシル・アルド・バードの新しい国王に、挨拶することは、いい練習にもなるはずだ。
光の大陸にとって、ファシル・アルド・バードの王族は、とても大切なものなのだから。
それを、さっしてサラシアナは、アクアフィールの泉に行ったのに、ちがいない。
なにしろそこは、聖なる結界により水の子であるサラシアナ以外は、何人たりとも近づくことは、ゆるされないのだから。
(本当に困った子)
もう一度王妃は、ため息をついた。