第二話
「でさ~、私が青山くん陣営と見せかけての裏切った時のプレイヤーの顔見た!? ホント傑作なのね~!」
「凄い顔してましたもんね。黄島さんの演技力あってこそですよ」
「あの顔が見れるからこそ、『中ボス』て微妙な立場でも頑張れるのね~」
「そういや白井、大丈夫だったか? 俺がお前を殴るシーンだけど、俺つい手加減しそこねちまって本気で……」
「問題ないわよ赤川。アタシも止めのシーンでやり返し……手加減しそこねて切り裂きすぎちゃったから、お互い様よ」
「ならよかった……ってやっぱりあれワザとだったのかよ!? あれ地の文の描写より明らかに傷深かったよな!? プレイヤーも困惑してたし、修復に三十分ぐらいかかったからな!?」
先程までは若干険悪な雰囲気となってしまっていたが、やはり疲労感と達成感は皆同じ。パーティーが始まってしまえば、四人は『本編』の話や、今回のプレイヤーの反応で盛り上がっていた。
そんな調子で飲み物もどんどん進み、赤川のコップが空になった。
「おっと、俺としたことが。もう一杯目を飲み干しちまったぜ」
「僕がいれてきますよ赤川さん」
熟練の伴侶のように即座に反応する青山。
「いいって。お前は主人公なんだから、もっとどっしり構えてろよ」
「いえいえ! 僕なんてボイスもない存在ですし、敵役の赤川さんと黄島さんがいるから目立ててるんですよ!赤川さんこそ、影の功労者なんで休んでてください」
「いやいや、お前だって最近演技上手くなったし、もっと自信持とうぜ」
「赤川さんに比べればまだぺーぺーですよ」
「いやいやいや」
「いえいえいえ」
お互いにニコやかな顔で謙遜し合う主人公とラスボス。
次元が一つ上の住人が見たらなにを思うのだろうか。結局、二分ほどの攻防の末に赤川が折れ、青山がジュースを注ぎにいった。
「この辺めんどくさいのね~。『フォレストの店員』がいれば、こんな面倒はないのだけどね」
残念ながら『ETERNAL』には、『フォレスト』はあっても『フォレストの店員』というキャラクターは存在しないのだ。
「一応地の文では言及されてるけどね。『今にも老衰が来そうな店長』、て」
「でもセリフがあるわけじゃないし、言及されるのもその一文だけだし、キャラクターとして存在してなくても仕方ないのね」
「製作者の資料を漁れば設定画ぐらいはあるかもしれねぇが……下手したら製作者も考えてないかもな」
赤川がそう口角を上げたとき、「お待たせしましたー」とオレンジジュースを手にした青山が戻ってきた。
「サンキュー」
「青山~、私もお願いするのね~。メロンソーダね」
━━━と同時に再びおつかいをさせようとする黄島に、赤川がギョっとする。
しかし、当の青山は嫌な顔一つせず「メロンソーダですね?」と確認を取ってから、再びカウンターの裏側へと回った。
「青山くんは器が広いから好きなのね。本人は謙遜してるけど、こういう地味な所に『主人公』としての素質があると思うのね~」
「そこに関しては同感だが、だからってあんまりパシらせんなよ……」
呑気に言う黄島に赤川は苦笑いする。
しかしその横に座る少女……白井は苦笑いと呼ぶには……少々険しい顔をしていた。
「赤川の言う通りよ、黄島。青山はアンタのパシリじゃないのよ」
赤川が先程とは違う意味でギョっとする。この話題に白井が食いついてくるとは思っていなかったのだ。
「え~いいじゃないのね~」
「あんまり調子に乗らないでよ。それに、いい加減にその口調直しなさいよ。不快なのよさっきから」
「でも、ホントに癖になっちゃってるのねー」
「だからって……!」
「ハイハイそこまでそこまで」
思わず二人の間へ割ってはいる赤川。このやり取りに━━━いや、正確にはヘリポートで白井と合流した辺りから、赤川は微かな違和感を感じていた。
「どうしたんだよ白井、今日はやたらと黄島に噛みつくじゃないか。『休憩時間』だってのに、『本編』みたいなキツイ性格になっちまってるぞ」
『本編』での白井は、いわゆるツンデレヒロインというヤツだった。主人公(青山)には終盤までなかなかデレず、プレイヤーの中にはストレスを感じるものも少なくない。
だが『素』の白井は、素っ気なくこそあるものの、気遣いもできるしここまでトゲのある性格ではなかったはずだ。
「……別に」
不貞腐れたように目をそらす白井。
この仕草だって、普段の彼女ならばしないことだった。
「はぁ……やだやだなのね」
ため息を吐きつつまた黄島は頬杖をつく。やたらと白井に噛み付かれて嫌なのはわかるが、何度忠告されても態度を改めない黄島側にも問題がある気がする。
ラスボスでありながら、こんな重い空気が苦手な赤川は頭を抱えそうになった。
そこへ、
「メロンソーダおまちどーでーす!」
再び突撃してくる青山。その突撃に黄島は一瞬で機嫌が直り、赤川は心の中で拍手を送った。
「やっぱり『主人公』は、お前しかいねぇよ、青山……」
「えっ、どうしたんですか赤川さん」
キャラクターとしての、男としての憧れを勝手に抱く赤川に、青山は少し困惑しているようだった。
だが、そうして青山が困惑した拍子に彼も白井が纏っている不機嫌オーラに気付いた。
「ど、どうしたんですか、白井さん?」
「いいのよ……少し自己険悪もしてるだけだから……ちょっと放っておいて……」
その言葉と共に残っていたウーロン茶をイッキ飲みする白井。とてもではないが、放っておけるような状態ではない。
「白井さん? 何か悩みがあるなら、話してくださいよ。僕たち、同じ『ETERNAL』のキャラクターじゃないですか。話すだけでも、楽になるかもしれませんよ?」
泣く子をあやすように優しい口調で白井に問う青山。その話術に、赤川は舌を巻きそうになった。自分には一生できなさそうなことだ。
「同じ『ETERNAL』の……確かにそうね」
白井も少し心が楽になったのだろうか、体を青山の方へと向けた。そして、何もない虚空へと手をかざす。
すると突然、半透明な水色のメッセージウインドウと、キーボードのようなモノが空中に表示された。
「……ちょっとこれを、見てほしいのだけれど」
みんなの視線が、そのメッセージウインドウへと集まった。
空中に表示された半透明のキーボードを、白井は静かに操作する。パチパチと、とあるコードを入力すると、半透明のメッセージウインドウに変化が表れた。
ヴォン、と音がした後、半透明のウインドウがこことは異なる、もう一つ上の次元━━━いわゆる、『外』のネットワークと接続された。
「えっ!? 白井さんって、『外』のネットワークと接続させる方法を発見してたの!?」
「ハァ!? なんだよそれ!? 知ってるんなら教えてくれよ!!」
「私にも教えてほしかったのね!!」
『外』とのネットワークを繋げたことに、彼らは目を見開いて驚いている。彼らにとって『外』というのは、あくまでもプレイヤーとの画面越しでのみ眺められるもの……つまり『我々』にとっての二次元と同じ認識だったのだ。その二次元に自由にアクセスできる術を見つけた……となればこんな反応にもなるだろう。
だがそんな彼らの高揚を無視して、白井はキーボードを操作していく。
やがてウインドウは一つの画面を表示した。その画面には、『ETERNAL』に対するプレイヤーのコメントが書かれている。
どうやらこれは感想サイトのようだ。
「おおう……これが『外』のウェブサイトってヤツか……こんな感じだったんだな……」
「なんか、製品版のパッケージに写ってる僕らを見るのって、変な感じだね……」
「まるで映画に出演してる自分を見てるようなのね」
口々に意見を言う三人。そんな三人の興奮が一段落したのを見計らってから、白井はウインドウのある一点を指差した。
「この辺りよ」
白井が指差した点を、三人は見る。
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『エターナルが発売して二週間経ったけど、ぶっちゃけどうなの?』
『興味ない。設定も見たことあるようなのばっかりだし、正直ハズレだと思うわ』
『いや、あれは面白いぞ。どんどん引き込まれる』
『わかる。やっぱシナリオって、大事なのは料理の仕方なんやな、て』
『まだやってない兄貴たちは早くやってみてホラホラホラ(強制)』
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そこには様々なユーザーによって様々な意見が飛び交っていたが、ざっと見た限りでは好意的な意見がたくさんあった。
「おぉ……!なんかいい感じじゃねぇか!?」
これには赤川のテンションも爆上がりだった。他二人の顔も、一気に安心したものへと変わる。
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『王道展開はやっぱりいいものだな』
『黄島さんの裏切りとか初見で見抜けたヤツおるん?』
『おいコラネタバレはやめろって』
『あ~葉緑ちゃんマジで癒されるんじゃ~』
『主人公もなんだかんだ漢だったしな』
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「よかったじゃないか青山、お前評価されてるぞ!」
「いや~、僕の力なんて些細なものだし……」
「やっぱり私の裏切りは誰も見抜けてなかったのね! 私の演技力が最高すぎるのね!」
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『最後の赤川の意味深な一言よかったよな』
『「永遠は……儚きモノ……」てセリフな。あれはどんな意味だったんだろう』
『タイトルも「ETERNAL」だし、あれこそが製作者が伝えたいメッセージだと睨んだね』
『やっぱストーリーの質高ぇな。これは考察厨のテンションが上がるぞ』
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「赤川さん、僕も気になってたんだけど、あの言葉ってどんな意味があったの?」
「いや、実は俺にもわからねぇんだよな。多分製作者はなにも考えてないぞ。適当にそれっぽいこと言わせただけで」
「それは草なのね」
サイトを見ながらキャッキャと盛り上がる三人。
とその時、コホン、という咳払いが聞こえた。
見ると、咳払いの主である白井が苦虫を噛み潰したような、メインヒロインにあるまじき顔をしている。
「そ、それでっ」
それに気付いた青山は急いで声を出した。
「白井さんは、どうして急にこのサイトを見せたの?」
そうだ。白井がワザワザこんな画面を見せたということは、白井はこのサイトについてなにか物申したいことがあるのだろう。『ETERNAL』が好評だったことについての高揚で忘れてしまっていたが、発端は白井の発言だったのだ。
「……問題はこれよ」
ようやく苦虫を吐き出した白井は、また半透明のキーボードを操作する。次に表示されたのは、一見はさっきのサイトと同じような画面だった。
だがよく見てみると、全体的なコメント数が少なかったり、前回に見えたコメントが見当たらなかったりする。どうやら先程のサイトに投稿されていたコメントを、一定の法則で絞り混んだものらしい。
再び白井は画面の一点を指差し、三人は再びその一点を凝視する。
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『どのヒロインの√が一番当たりだった?』
『個人的には黒泉先輩の√かな。逆に白井はイマイチ好きになれんかったわ』
『俺も黒泉√だったな。深かったわ』
『は? 葉緑√こそ嗜好だろ。無敵のロリだぜ?白井がイマイチなのは同感だが』
『白井さんのツンデレきつすぎひん?』
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その場が、なんとも微妙な空気に包まれた。
例えるなら、芸能人が渾身のギャグを滑らせてしまったような、居たたまれないような空気だ。
「えーと白井さん……。その、元気だしてよ、ね?」
そんな空気にも負けず白井に慰めの言葉をかける青山。もうお前がNo.1でいいよ、と赤川は心の中だけで叫んだ。
だが、そんな青山の言葉も意に介さず、白井は別の一点を指差す。
正直もう見たくなかったが、三人は画面を注視した。
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『黒泉パイセンの√は最高だったな』
『あの胸柔らかそう』
『主人公マジ爆発しろ』
『黒泉さんのメインテーマ好きだわ~』
『もうこの人がメインヒロインでいいよ。え、白井さん? 知らない子ですねぇ……』
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二度、居たたまれない空気が流れた。
さしもの青山も絶句し、赤川はひたすらに気の毒そうな表情を浮かべ、黄島は━━━今にも爆笑しそうな勢いで肩を震わせている。
その空気のまま一分ほどの時間が過ぎ。
そろそろ白井の瞳に涙が滲んだ辺りで、
「……まぁ、飲もうぜ。白井」
ラスボスは無言で、『本編』で自分を殺した相手にオレンジジュースを差し出したのだった。