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あれから冬が過ぎ、暖かな日差しが増えてきた頃、間近に迫った卒業式とパーティーに向けて、学園中の空気がそわそわしていた。
最近では、魔術科のみんなは研究の大詰めらしく、食堂で見掛けることもほとんど無くなっていた。
魔術科の生徒みんながそうかと言うと、そうでもないようで、食堂や移動中などオリビアが視線に気付き振り向けば、知らない魔術科の生徒達に見られていると言うことが増えていた。
目が合えば慌てて視線をそらされるのだが、どちらかと言うとオリビアの周りをぼーっと見ているようで、幽霊でも見えるのかとオリビアは少々怯えていた。
“ああ、また見られているわ……しかも背後と言うか頭上辺りを……何か見えてはいけないものが見えてるのかしら?
しかも、何だか皆さん悲しそうな目をしているのよね……は!もしかしてララさんとレオン様が魔術科棟でいちゃいちゃしていて、私は哀れまれているのかしら……?”
相変わらず無表情で悶々と悩むオリビアの頭上では、花が震えながら回りをキョロキョロ見たり、頭を抱えてうがーとなったりしていた。
エリックの帰宅も遅くなり、最近では別々の馬車で登下校している。
時々家で顔を会わせるが、疲れているのか少しやつれ、くまも出来ていた。
リリアンとヴィクトリアが訪ねて来ることも最近では無くなり、学園でもほとんど見掛けることはなかった。
経済科は平和で、特に何事もなくパーティーのパートナーに誘っただの誘われただのとあちらこちらで盛り上がっていた。
レオンハルトとオリビアのランチは続けられていた。
相変わらず爽やかスマイルで接してくれるが、明らかに疲れが見てとれて、何度かランチ会を止めるようオリビアは進言した。
だが、レオンハルトはオリビアと会って癒された方が力が出るからと言って、2人で会うことを止めようとはしなかった。
ふと、オリビアはレオンハルトの腕に見慣れない腕輪がはめられていることに気付いた。
エメラルドがはめ込まれたシンプルな腕輪だったが、どうも気になった。
「レオン様、その腕輪はどうされたのですか?」
「ん?ああ……これは……お守りのような物だよ。そうだ、今度オリビアにもブレスレットを贈ろうか?」
「いえ……レオン様にはいつも色々いただいていますので……それに私にはこのネックレスがありますしね」
“何だか歯切れが悪かったわ……もしかしたらララさんに……”
「ひ、ひやっ!レ、レオン様、何を……!ひゃん!」
レオンハルトにネックレスごと胸元を舐められ、オリビアは驚いて変な声が出てしまった。
「だってオリビアが可愛いこと言うから……」
そう言って、チェーンに沿って首筋に舌を這わされ、声を殺すのに必死で、疑問が吹き飛んでしまった。
我を取り戻したオリビアは、翌日の放課後真相を確かめるべくレオンハルトの研究室の前に来ていた。
ドアをノックしようとしたところで、中からレオンハルトとララの声が聞こえてきてそのまま固まってしまった。
「……殿下……もうこれ以上は……」
「ララならまだやれるだろう?……頑張ってくれ……2人の未来のために……」
「本当に……陛下と王妃様に婚約を認めていただけるのでしょうか?」
「ああ、きっと大丈夫だ……」
「……でもオリビア様は…………何も知らな…………」
「大丈夫だ……卒業パーティーで…………だからもう少し…………」
「……はい……愛する人との未来のために……んんっ…………はあ、はあ…………」
“え?な、なにこの会話……?中でいったい何やってるの?
扉越しで全てが聞こえたわけではないけれど……やっぱり2人は……
そっか、やっぱりそうなったのね……卒業パーティーでってことは、きっと断罪イベントね……言ってくれれば潔く身を引いたのに……“
オリビアは暫くその場で声を殺して涙を流した。
卒業式当日、レオンハルトはやはり忙しくてエスコートは出来ないそうだ。
エリックも式のあと家には戻らずに、そのまま学園で着替えて夜のパーティーに出るそうだ。
つまりオリビアは一人である。レオンハルトに贈られたすみれ色のドレスを身にまとい、綺麗な銀髪を複雑に編み込んで、いつもより少し濃いめの化粧で顔色が悪いのを誤魔化した。
逃げると言う選択肢もあったが、オリビアは逃げなかった。大好きなゲームの世界で、立派に悪役令嬢を演じきってやると、何故か明後日の方向に燃えていた。
もちろん頭の花も燃えていた……何故かコテコテケバケバに武装して……
1人で会場に現れたオリビアだったが、特にざわりとすることもなく普通だった。
“あれ?ここって普通1人で現れた悪役令嬢にざわりとなるはずなんだけどな?”
ケバケバのお花ちゃんも頭に大きなクエスチョンマークを浮かべていた。
開始時刻になり、レオンハルトと魔術科のみんなが一緒に入場してきた。
壇上では、中心にレオンハルト、左斜め後ろにヴィクトリア、リーダー、右斜め後ろにはララ、アンドレア先生、見知らぬイケメンな女性がいた。エリックとリリアンはレオンハルトの後ろにいた。
“ええ!攻略対象だけじゃなく、ヴィクトリア様やリリアンまで……さすがにショックだわ……”
頭の花もガーンとショックを受けていた。
「卒業生諸君、卒業おめでとう。皆と共に卒業できた事を誇りに思うと同時に、皆にはこれから起こる出来事の、証人になって欲しい。
オリビア=アプリコット!」
“ああ、ついにこの時が来てしまった……”
覚悟を決めて、オリビアは背筋を伸ばし堂々とした足取りで、壇上のレオンハルトの前へと歩み出た。
「レオンハルト殿下、皆様、卒業おめでとうございます」
オリビアはレオンハルト、そしてフロアにいる卒業生に向けてお祝いを述べ、レオンハルトに向けカーテシーをした。
頭の花も、一緒にカーテシーをしている。
「ぶふっ……!」
壇上、フロア、所々でいっせいに数人がくしゃみ?をした。
“みんな、花粉症かしら?これから断罪イベントなのに、何だかしまらないわね……”
頭の花も、むむっとふくれた。
「ん゛ん゛ん、オリビア=アプリコット。君との婚約を終わりにしたい」