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それからも相変わらずオリビアはエリックに冷たい言葉をかけてしまっては落ち込む日々だった。
だが不思議とゲームと同じようなことを言っているのに、エリックがオリビアを嫌うことは無く、むしろ姉上姉上と慕っているようだった。
マナーが上達するごとに、勉強が出来るようになる度にオリビアに報告に来ては
「公爵子息なら出来て当然ですわ。みっともなくはしゃぐのはおやめなさい」
等と冷たくあしらわれるのだが、嬉しそうに頬を赤らめて
「はい、もっともっと頑張ります」
と全く気にすること無く言ってのけるのだ。オリビアはその純粋な眼差しに、可愛いと萌えると共に本当は一緒に喜んで誉めてあげたいのにまた言ってしまった……と落ち込んでしまうのだが
「姉上、マカロンを用意してもらったので一緒にお茶を飲みませんか?僕のマナーが上達したか見てください!」
と可愛らしくおねだりされて、表情には出さないがどこまでも花を溢れさせてしまい、エリックを喜ばせるのだった。
母親のエリックに対する態度は、オリビアが早々に
「お母様、エリックをいじめるなんてはしたないですわよ。悪いのはメイドに手を出したお父様であって、エリックではありませんわ。
それにお母様は立派な淑女なんですもの、私にいつも言っているように、何事にも動じずに堂々となさってください。
今は混乱されてエリックにキツいことを言ってしまいましたが、いつものお母様でしたら婚外子を我が子と同等に立派に育てて、さすが公爵夫人と社交界でさらに尊敬される存在のはずですわ」
と釘をさしたのだ。その後公爵夫人は憑き物が落ちたようにエリックとオリビアを別け隔てなく厳しくも愛情を持って育てることになった。
エリックも第2の母と慕い、時々父上に甘えてみるといいですよなんて男心を教え、夫婦の仲も良好な物となった。
1番ゲームと違うのは、エリックが本当の母親と連絡が取れて時々会いに行けることだろう。
公爵家から援助が出ていて働かなくても生きていけるのだが、本人の希望で王都の隣の領の大きな商家でメイドをしている。
エリックのことは貴族社会のスキャンダルとなり、エリックの母親が貴族の屋敷で働くのはさすがに色々支障が出るので、関係の無い平民の商家を公爵が探してくれたのだ。
「私もこうやって頑張って働いていないと、正面から真っ直ぐエリックの目を見ることが出来ませんわ。
何の負い目もなくエリックと会うために、働いていたいんです。それに……働いているとあっと言う間に月日が流れて、エリックがいなくて寂しいと思うことも少ないんですよ。ふふふ」
と朗らかに微笑む彼女は、公爵夫人のように華は無いけれど、とても優しい雰囲気で美しかった。
「それに、こうやって働いている姿が好きだと、亡くなった主人にも言われてましたので……」
頬を赤らめてはにかむ姿は、とてもエリックの母親とは思えないくらい若々しく見えた。
「え?亡くなった?エリックの父親はお父様では無いのですか?」
「ち、違います!公爵様は主人の兄で……主人が亡くなり途方にくれていた私達に手を差しのべてくださったのです!
許されない恋だと分かっていたのですが、どうしても一緒にいたくて……おかげで主人は公爵家から勘当されて……私と一緒にならなければ、今頃は元気で過ごしていたかもしれませんね……」
「ええ!エリックは異母弟ではなく従弟だったのですか?」
思わず驚いて貴族令嬢にあるまじき大声を出してしまった。
「姉上、父は勘当された身なので、僕を養子にするにあたり父上の婚外子とした方が都合が良かったそうです。
姉上と母上には誤解が無いよう説明した方がいいのでは?と言ったのですが、真実を知る人物が少ない方がいいと父上がおっしゃられたので……騙していてすみませんでした」
「ご、ごめんなさい!まさか家族にまで秘密にしてると思わなくて!余計なことを言ってしまいましたね……」
目の前で落ち込んでしまった親子に、オリビアは慌てて声をかけた。
「別に気にしておりませんわ。従弟でも異母弟でもエリックが弟なことは変わりませんし。
お父様への心証は変わりましたけどね。いくらお母様が妊娠中とは言え、あの仕事バカなお父様がよその家のメイドに手を出すのかと不思議だったのでスッキリしましたわ
エリック、私が知っていてお母様が知らないのはよろしくないので、帰ったら一緒に報告しましょう?」
「はい、姉上!姉上の弟になれて、僕は幸せです!」
その瞬間、表情は全く変わっていないオリビアの背後に、大量の花があふれでてきたのだった。