16
オリビアが目を覚ますと、辺り一面が真っ白だった。意識が覚醒するにつれ、白い天井に白いカーテン、白いシーツのベッドに寝ていたことに気が付いた。
“ここはどこかしら……?”
上半身を起こしてキョロキョロすると、窓の外にピンクの影が動いた気がした。
きゃー!
バキバキバキー!ドサッ!
おわっ!うげっ!
“え?なに今の音?”
不穏な音と叫び声に、オリビアは窓へと駆け寄り、外を見た。今いる部屋は2階のようで、下を見ると、木から落ちたらしいふわふわなピンクの髪の少女が、金髪の麗しい王子様を押し潰していた。
“ああ、これもイベントの1つだわ……木に登る女子なんて、本当にいるのかしらと思っていたけど……やっぱり登ったのね。
でも確かこれはエリックとのイベントだったはずだわ。人目を避けるために、裏庭の木陰で本を読んでいたエリックの上に、何故か木に登っていたヒロインが落ちてくるのよね……
それがどうしてレオン様に変わったのかしら?エリックの性格が変わったから、ゲーム通りに成長したレオン様に全てのイベントが変わったとか?
こうやって、どんどんレオン様とヒロインの距離が縮まって行くのね……”
夢にまで見たイベントのはずなのに、スチルを見ても、オリビアの心は浮かれなかった。
むしろそれ以上見たくないと、さっさとこの場を離れて教室に行くことにした。
案内図を頼りに、なんとか到着した教室のドアを、オリビアは何も考えずに開けてしまった。
ちょうど自己紹介の途中だったようで、急にドアを開けたオリビアに、注目が集まってしまった。
我に返り、急に注目されてオリビアは内心わたわたして言葉が出て来ず、フリーズしてしまった。
「よう、オリビア。もう大丈夫なのか?お前の席あそこだってよ。ボーッと突っ立ってないで、さっさと入れよ」
グレースの弟のヒューゴが、見かねたのか声をかけてくれた。
「ありがとう」
そう無表情で言って、席につくと、何故か教室がざわついた。
「オリビアさん、もう大丈夫ですか?体調が悪くなったら、すぐに言ってくださいね。
では、自己紹介を続けましょう」
優しそうなおじちゃん先生の言葉に、自己紹介の続きが始まった。
この学園は、魔力が強い者が3年間通う魔術科と、その他の者が2年間通う経済科とで分かれている。
経済科では、領地経営や商業等、自国はもちろん諸外国の事も学べる。
魔術科は人数も少なく、各学年に1クラスだけだが、経済科は平民生徒も多く、各学年5クラスほどある。
1クラス辺りの人数も、経済科の方が多くなっている。
嫡男や嫡男の婚約者などは領地経営を主に学ぶため、1クラスにまとめられているが、それ以外はランダムにクラスわけされている。
そう、つまりオリビア以外のメインキャラは、みんな魔術科なのだ。
オリビアは少し疎外感を感じて寂しかったが、エミリーに会いに行く度に顔を合わせていたヒューゴが同じクラスだったので、ほっとした。
自己紹介も終わり、今日はこれで終了ですと言われ帰り支度をしていると、信号機の様な髪色の女子生徒達がやって来た。
「オリビア様、ごきげんよう。私はアメリアと言います。彼女はステラ、彼女はシンシアですわ。
お倒れになったと聞きましたが、大丈夫でしたか?」
真ん中の黄色信号もとい、アメリアに代表して挨拶をされた。
「ええ、もう大丈夫ですわ。ご心配をお掛けしました」
“この子達って、オリビアの取り巻きでヒロインをいじめる実行犯よね……出来れば関わりたく無いけれど……知らないところで暴走しても困るわよね……”
「それはそうと、先程は驚きましたわ。
あの男子生徒、平民の分際でオリビア様になれなれしく話しかけて……オリビア様も、平民なんかにお礼など勿体無いですわ」
ヒューゴにわざと聞こえるような大きな声で言って、くすくすと笑い合っていた。
“吐き気がする……こんな考えが普通だと思っているのかしら?”
「平民だからなに?席を教えてもらったのだから、お礼を言うのは当たり前でしょう?
貴女達、今すぐ自分の顔を鏡で見てみたらどう?酷く醜い表情をしているわよ?」
絶対零度の表情でオリビアが言い放ち、一瞬にして教室の空気が凍った。
いや、むしろ本当にオリビアから冷気が出ていた。先程までヒューゴをバカにして笑っていた信号機3人は、恐怖で顔を青くして震えている。
「ストーップ、はい、オリビア落ち着こうな!お前達も落ち着いて呼吸をしろ、大丈夫だ!
口が悪くて無表情だが、オリビアはお前達が思っているほど怖くないから!」
バカにされていたはずのヒューゴが慌てて止めに入り、信号機3人を庇うように立った。
「……友人をバカにされて、少し言いすぎましたわ。ヒューゴ、止めに入ってくれてありがとう。また明日ね。
皆さんも、ごきげんよう……」
確かにイラッとしたが、いつものオリビアならうまくあしらえたはずなのに、モヤモヤしていて、つい八つ当たり気味に言いすぎてしまった。
重い空気に耐えられず、オリビアは逃げるように教室を出た。
そのまま急いで公爵家の馬車に乗り込んだが、エリックはまだ色々あるらしく、時間がかかるそうなので先に帰ることにした。
とにかく今は、一刻も早く学園から離れて落ち着きたかったのだ。