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オリビアは、悩んだ結果ネックレスを着ける事にした。それだけで婚約破棄が回避できるとは思わないが、せっかく貰ったものを着けずに不仲になるよりはいいと思ったからだ。
レオンハルトの訪れから2日後、今度はリリアンが公爵家へやってきた。
リリアンは王都から離れた所にある伯爵領に普段は住んでいて、今回の王妃様主催のお茶会と、王室主催の舞踏会に両親が参加するために1週間だけ王都に滞在していたのだ。
バタバタな招待になってしまったが、この日を逃すと来年まで会えないので、無理を言って来て貰ったのだった。
公爵夫妻もこの日は在宅だったので、リリアンの両親も一緒に招待してお茶会をすることになった。
「やあ、いらっしゃいリリアン嬢。君に会うのをオリビアは凄く楽しみにしていたんだよ」
当たり障りのない挨拶の後、公爵がリリアンに優しく微笑みながら話しかけた。
「まあ!それはとても光栄ですわ。オリビア様、私もお会いするのを楽しみにしていました」
頬を薔薇色に染めてリリアンが嬉しそうにオリビアに微笑んだ。
「べ、別に楽しみになど……ただ、初めてゆ……友人をお招きするので緊張していただけですわ」
“もう、お父様ったらそんなこと言わなくていいのに!楽しみにしてなかったって誤解されていなければいいのだけど。
ああ、本当は凄く楽しみだったのに!嫌われちゃったかしら……?”
頭の花は、頭を抱えて後悔ポーズの後、チラリと不安そうにリリアンに視線を向けた。オリビア自身は相変わらずの貼り付けた微笑みでリリアンを見た。
「くすくす、オリビア様、今日はお招きありがとうございます。この間は両殿下に取られてあまりお話し出来なかったので、今日はたくさんおしゃべりしてもらえると嬉しいです」
「そうですね、あの時は途中で邪魔が入りましたもんね。今日はたくさんお話しましょう」
リリアンの両親もおっとりした性格のようで、オリビアがツンとしたことを言っても気にせず、微笑ましく娘達の様子を見ていた。
意外にも、変わり者で有名な公爵とリリアンの父親である伯爵は話が合ったらしく、とても楽しい一時となった。
「まぁ、リリアン様にはお兄様がいらっしゃるのね。上に兄弟がいると言うのは、どんな感じなのかしら?」
「そうですね……今は二人とも学園に入っていて普段は会えませんが、上の兄はとても優しくて穏やかな性格で、いつも私や下の兄を気にかけて可愛がってくれます。
下の兄は……騎士様になりたいようでして……いつも体を鍛えては私に筋肉を見せて来ます。
ちょっと変な兄ですけど、私が男の子にからかわれた時、離れた所にいたのに飛んで来て守ってくれて……あの時はヒーローに見えました」
何かを思い出すように少し右上を見ながら話していたリリアンが、恥ずかしそうに微笑んでオリビアを見た。
“ぐはっ!か、可愛い!兄の自慢話をしてしまって、はにかんでいる姿が可愛すぎるー!
こんな妹なら、私も飛んでいって相手の男の子を蹴散らしてしまうわ。ああ、でももしかしたらその子もリリアンが可愛くてついいじめてしまったのでは?
小学生の男の子は、好きな子はいじめてしまうって言うし……でもきっとシスコンのお兄様に目をつけられて、今後リリアンに近付く事は出来ないんでしょうね。
御愁傷様です。ちーん”
頭の花も、見たことの無いリリアンをからかった男子に向けて手を合わせた。
「ふふふ、妹思いの素敵なお兄様達なのね。リリアン様もお兄様方が大好きなのね。
リリアン様がお嫁に行く時は大変そうですね。ふふふ
そう言えば、リリアン様は婚約されていたりするのですか?」
「い、いえまさか。私のような取り立てて美しくも無く裕福でも特産があるわけでも無い田舎の貴族に、婚約話など来ませんわ。
学園でいい人を見つけるか、王宮の侍女になれればいいのですけれど……」
「あらそうですのね……でも、リリアン様はとても可愛らしいから、学園に入ればすぐにいい人が見つかりそうですね」
オリビアがチラリとエリックを見れば、何やら難しい顔をして考え込んでいるようだった。
先日のお茶会の時、エリックがかなりリリアンの事を気に入っていたようだけど、どうなのかしら?等とオリビアの頭の中は、下世話なことでいっぱいであった。
頭の花もニヤニヤとエリックを見ていた。
「オリビア様はどうなのですか?先日のお茶会後に婚約話が殺到しているんじゃないですか?
妖精のようなお美しさで、同性の私でも見とれてしまいましたもの」
お茶会でのオリビアを思い出すように、少し右上を見ながらぽ~っとした表情でリリアンが言った。
「その日のうちに、王太子殿下から申し込みがあり婚約が決まりましたよ。翌日にはこちらにいらして、それから毎日花が贈られてきてます。
まぁ、姉上はあまり乗り気じゃ無いようですけどね」
エリックがからかいを含んだ口調でリリアンに説明した。オリビアは、まだ吹っ切れていないので、楽しかった気分が一気にモヤモヤへと変わってしまった。
頭の花も、ニヤニヤ顔から一気にモヤモヤ顔へ変わって、ため息をついた。
「王太子殿下ですか?凄いです!でも、確かにあの日ずっとオリビア様の手を繋いでいらっしゃったので、不思議でも何でもないですね。
美男美女でとてもお似合いです!どうしてあまり乗り気じゃないのですか?」
「それは……その……1度会っただけで婚約を決めるだなんて、ちょっと早過ぎじゃないかしら?
学園に入って、たくさん可愛い子を見たら心変わりされるんじゃないかしらって思って……」
リリアンの純粋な眼差しに、オリビアは思わずしどろもどろに答えた。
「そんなことありませんよ!オリビア様ほど美しいご令嬢は他にはおりませんわ!うふふ」
何だか言い切られてしまったけど、実際ヒロインが出てくるんだよね……
楽しい時間はあっという間で、伯爵一家が帰る時間になってしまった。
ぜひ来年からは宿ではなく公爵家に泊まるよう公爵家のみんなで勧めるほどまで、子供も大人も仲良くなっていた。
初めこそ遠慮していた伯爵家だったが、気を遣わなくて良い様に離れではどうかとまで言われてしまっては断れず、来年はよろしくお願いしますと言って帰っていった。