エピソード10 俺の気持ち
嫌な予感がする・・・
昔からこういうカンはよく働いて、たいていその後ロクなことがなかった。
だから、今回もそうなるかもしれない。本当にそんな気がするんだ。
「佐伯君・・・・・・佐伯君!」
その声に反応して、俺はようやく自分がどこにいるのか理解した。普段からたいして聞いてもいない授業の真っ最中だ。
顔を上げると俺の前の席に座っていた江崎さんが心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
「どうしたの?なんかずっと怖い顔してたよ・・・?」
「や、なんでもないよ。昨日あんまり寝れなくてさ」
俺は無理やりに笑ってごまかす。ふと、足立さんも今朝こんなふうに笑ってたなと思い出して、またどくどくと血管がうずいてきた。
あぁ、畜生!なんでこんなにあの人のことが気になるんだよ――!
なにも言わずに立ち上がると、隣に座っていた間宮がさすがに顔を上げる。
「サボリ?」
「ちょっと気になる。あとよろしく」
江崎さんがこっちを見てきたのがわかったが、今は振り返る余裕さえなかった。
・・・・・・・・・・
アパートに戻ると、そこにはなぜかよっちゃんの姿があった。ちなみに俺は彼女の本名を知らないので一瞬呼び方に迷ったが、そのまま呼ぶことした。
「よっちゃん!」
「え、えんちゃん・・・!授業はどうしたんですか!?」
「抜けてきました。それより、足立さんはいますか?ちょっと用があってきたんです――」
そこまで言って、俺はようやくその違和感に気づいた。
俺の家の中――もともと少なかった足立さんの荷物が運び出されていることに・・・・・・
「・・・・・どういうことですか?」
静かに言い放つと、よっちゃんは小さな体をさらに縮めてしまった。
「・・・先生はこないだ描き上げた原稿を最後に漫画家をお辞めになりました・・・・もうここには戻ってきません」
「なんで・・・そんなことになったんですか!?」
「先生のお母様が再婚するはずだった男の人と別れてしまったことが原因なんです・・・・・自分が官能系の漫画家だからだと、先生は自分をお責めになって・・・・・」
てっきり足立さん自身が婚約者に逃げられたんだと思っていたが、それでも彼女にとって悲しいことに変わりはないだろう。
俺は再びよっちゃんを見た。
「足立さんは・・・どこへ?」
「・・・・・わかりません」
それでも、俺は駆け出さずにはいられなかった。例え居場所がわからなくても、捜していればドラマのようにまた会えるような気がしていたんだ。
ずっと捜し続けた。日が暮れても、日付が変わっても。
ずっと、ずっと――
だけど、俺が足立さんと会うことはなかった・・・・・
・・・・・・・・・・
足立さんがいなくなった穴は大きかった。
部屋の中はこんなに広かったのか疑いたくなるほどだったし、静かすぎた。
いつのまにか季節は冬になろうとしていた。
「えんちゃん」
「―――っ!!」
思わず反応して振り返ったが、足立さんではなかった。彼女の呼び方を真似した間宮が無表情でそこに立っているだけだった。
俺は急に恥ずかしくなってしまった。
「なんだよ・・・」
「別に。そういや、こんな呼ばれ方してたなって思って」
間宮はそのまま俺の横を通り過ぎる。俺は黙って後をついていく。
秋の空気は寒い。ただでさえ嫌いな季節なのに、いろいろなことが重なって余計に寂しくなる。
なんでだろう。もともと野暮用が終わったら出て行くって約束だったはずだ。なのに、俺はなんでこんなに寂しくならなきゃなんないんだ?
あんな変態女、どこへ行ったって俺には関係ないのに・・・
あ、わかった。たぶん俺は――
「間宮・・・」
「ん?」
「俺、足立さんのこと、好きだ」
「うん」
以前感じたもやもやの正体を俺は初めて知った。