エピソード1 彼女を退ける
つたない文章ですが、どうか最後までお付き合い下さい。
幼い頃、理由はわからないけれど、泣いていた自分がいた。
たぶん学校の帰り道。みっともなく1人でメソメソと泣きながら歩いていた。
「コラッ!!男の子がそんなに泣くもんじゃないよ!」
容赦なく小学生の背中を叩いて、男らしい笑顔を向ける女の人。中学生だろうか。セーラー服を着ている。
僕は、顔を背けて目をそらした。
「泣いてないよ!」
「おや〜?さっきまでずっとメソメソしてたくせにー」
「してないよ!もうあっち行けよ!」
なんでこんな知らない女の人にこんなことを言われなきゃなんないんだ。
幼心に僕は腹が立ってきて、走って逃げようとすると、女の人に腕をがしっと掴まれてしまった。
気がつくと、僕の手の中には迷彩柄のリストバンドが握られていた。
「それあげるから、もう泣くな。それさ、大きくなったら腕にはめてみてよ」
なぜそのとき、そんなに嬉しかったのかわからない。
ただ、握らされたリストバンドと、それからあの女の人の笑顔がすごく印象的で、幼い僕の心は一気に惹きつけられてしまった。
・・・・・・・・・・
「――・・・まどかぁ・・・・・・円!起きろよ」
まどろむ意識の中、俺はゆっくりと目を開けて自分がどこにいるのかを考える。
ああ、そうだ。サークルの飲み会だったんだ。先輩に飲まされて、俺も調子に乗って飲みすぎて・・・・・いつのまにか寝てしまったらしい。
「すんません、俺寝ちゃったみたいで」
「お前寝すぎ。もう11時まわってっぞ」
先輩は俺の額をデコピンしたが、酔った今の状態では地味に痛い。
くらくらする頭を押さえながら、ようやく周囲の様子がさっきまでと違うことに気づいた。
「あれ?他のみんなは?」
「終電なくなるから帰るとよ。円はどうする?そろそろお開きにしようかと思ってんだけど、サ室に泊まりたいんだったら泊まってもいいし」
「あぁー・・・帰ります。明日も授業あるし」
ぼんやりとしながらようやく外に出てみると、外は雨が降っていることに気づいた。
傘を持ってこなかったことを後悔しながら、まあ濡れるのもいいかと思い、近くに停めてあった自転車を引く。
大学から自転車で10分。そこに俺の下宿先がある。
それにしても驚いた。今の今まで思い出すこともなかった記憶をなぜ夢で見たのだろうか。それもリアルに。
あのリストバンドは今の下宿先に引っ越すときに持ってきたことは覚えている。
どこに閉まったっけか?
ザー・・・
雨が強くなってきた。だんだん視界もきかなくなってきた。
アパートの前にある自転車置き場に自転車を停めて、エレベーターで5階へと上がっていく。
たぶん俺は酔っていたけれど、普通に自分の部屋に入ってそのままベッドに入るつもりでいた。
―――彼女を見つけるまでは。
「は・・・?」
一瞬、目の前の出来事が信じられなかった。
なんで俺の部屋のドアの前に、女がもたれて寝てるんだろうか。これじゃドアが開けられないし。
後で思うともっと別のことを考えるべきだったんだろうが、そのときの俺はそんなふうにしか考えられなくて、仕方なくその女をずるずるとその場から退けた。
・・・・・・・・・・
で、朝起きた俺はやっぱり混乱することになる。
まず、1人で暮らしているはずなのに、掃除機の音で起こされたからだ。
「ほら!起きた起きた!いつまで寝てんのさ!」
「ん〜・・・もちょっと・・」
寝ぼけていた俺は子供のような言い方で答えるが、すぐにその違和感に気づいた。
・・・・・・誰だ?
顔を上げると、掃除機を持った誰かとまともに目が合うことになる。
どこかで見たことがあるような顔。それが昨日家の前で寝ていた女の人だと気づいたとき、彼女はにっこりと笑った。
改めまして、はじめまして。広瀬コウです。
これは、面白く、少し切ない話にしたいと思っています。
よろしくお願いします。