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ブラック・ゴート・チャイルド  作者: かたつむり工房
第一章 星異物との邂逅
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1-6

 自分を包む光によって視界が染まって、自分の肌に触れる感触が変わっていくのを感じる。再び視力を取り戻した時には粘液で真っ黒に汚れた制服は消え、全身を純白の鎧が包んでいた。

「えっ、鎧?」

 自分の予想外の格好に驚きの声を上げる。

 肩から胸までは白い布が張られた胴当てと腕を包む小手は燦然とした銀色。腰より下は大きくスリットが開けられた純白のロングスカートで、膝上までの金属製のブーツが覗く。さらに、頭には前頭から目元を隠すようなサークレットが装着されていた。

 白い薔薇の花びらがはらはらと舞う中で、私は腰に刷いたブロードソードを引き抜く。

 剣も、鎧も、冠も、今の私には空気のように軽かった。

 私は白昼の住宅地に立つ巨大な神話生物に駆け寄り、地面を蹴れば、怪物の脇腹の触手まで剣が届く。触手の根元に刃を振り下ろすと、豆腐でも切るようにすっぱりと断ち切れて、重力に引かれた私とともに道路に落ちた。

「杏子!」

 杏子を支えていた触手が消えたことで、彼女の身体は粘液の中からずるずると吐き出されていく。剣をしまって落下点に滑り込んだ私は、親友をこの胸で受け止め、ついに助け出せた歓喜に嗚咽した。

「よかったぁ……」

 杏子を離れた場所に寝かせたことで安心して脱力しそうになる気持ちを引き締めて、私は再び神話生物の前に立った。

 こんなもの、放っておけるわけない。

 私がもう一度剣を抜くと、敵意を察した神話生物は、鎧の少女を絡めとろうと二本の触手を大きく伸ばした。

 一本の先端が届くタイミングで、私は前方に踏み込み、触手を中ほどから切り飛ばす。すると、踏み込んだ私を追いかけるようにもう一本の触手が背後から回りこむ。純白のロングスカートをはためかせながら、触手をバック宙返りで飛び越し、私は剣を振り下ろす。短くなった二本の触手がしゅるしゅると本体に戻っていくのを見ながら、私は自分の行動に驚いていた。

「な、なにこの身体能力……」

 バック宙なんてフィクションの中の出来事だと思っていた私は、こんなアクロバットができたことに、少し自信を持つ。

「いけるかも……!」

 相変わらずその場を動かない神話生物に向けて駆け出すと、敵はまた一本の触手を伸ばす。私は先ほどと同じように触手をよけて、剣で払い落した。そして、怪物の足元まで突貫した私は、その勢いを乗せて水平に構えた剣を、掛け声とともに怪物の身体に突き刺す。

「はぁ!」

 ずぶずぶと刃がタールのように黒々とした粘液の中に埋まっていく。もったりとしたクリームのような手ごたえで刃は根本まで埋まり、鍔、柄、さらには腕を包む銀色の小手まで真っ黒な粘液に入り込んだところで、おかしなことに気づく。

(体がない!?)

 怪物の体内に入り込んだ剣をどんなにかき回したり、振り回したりしても、全く手ごたえらしきものはなく、怪物の反応もなかった。

(まさか――)

 敵を攻撃することに集中していた私は、頭上から迫ってくる攻撃に気がつかなかった。

 ガツン、とサークレットの上から触手で叩かれ、視界に火花が散った。頭がぐらぐらと揺れて、意識が一瞬朦朧とする。

 ふらふらと足元が不確かになると、さらなる追撃に見舞われた。触手で胴を薙ぎ払われ、数メートル宙を舞って、アスファルトの上をガリガリと金属音を立てながら滑る。

「いったぁ……」

 地面の上で、私は痛みにぼやいた。しかし、鎧のおかげか魔法の力か、これだけの攻撃を受けても動けなくなるということもなく、立ち上がる。さっきの攻撃では、相手にはなんの効果も及ぼしているようには見えなかった。たぶん、この神話生物は、触手や目などの器官以外の全身が液体でできていて、殴っても蹴っても切っても突いても効果がない。

「くっそぉ!」

 悪態をついて、どうしようもなく怪物を見上げた時、また、声が響いた。

『てっぺんに』

「え?」

 それ以上声はなにも言わなかった。意味は分からなかったけれど、腹をくくって、私の変身を導いたその声に従う。

 私は再び伸びてきた太い触手の上に飛び乗り、身体能力に飽かせて、触手を飛び移ることで上を目指した。

 攻撃されたら次、さらに次と登っていく。

 最も高い位置の触手の先端に飛び乗ると、振り落とそうと触手が上に振り上げられるのに合わせて、大きくジャンプをする。

 触手という強いばねを踏んで飛び上がった私は、まるで箒にまたがった魔女のように空を飛んだ。

 空に迫る私の視界には、自分の生まれ育った町が広がっていた。

 一本向こうの道には、ランドセルを背負った小学生が遊んでいる。

 角のコンビニの前ではおばさんが井戸端会議に夢中だった。

 車通りの多い道で、自転車が信号待ちで立ち止まる。

 ああ、ここは、私の町なんだ。

 私は毎日を生きている町で、魔法少女になって、怪物と戦っているんだ。

 眼下の神話生物を見下ろせば、それが、この町に、この国に、いや、この星のすべてにとって異物であることを強く感じた。

 ここで、倒そう。

『《再誕と過去の薔薇――』

 さらに、声がする。

 私は、何も言われずとも、それを復唱するべきことがわかった。

「――黒天を拒み、悲嘆に沈む神聖」

 身体が重力に捉えられて、落下していく。

 逆手に持った剣の柄を両手で握りしめて、私は、その切っ先を突き立てる相手をじっと見つめた。

 刃が怪物の頂上に突き立てられ、黒い粘液が弾けた瞬間、私と彼は、強く唱和する。

『「すべての悲しみを捧げよ――アルバ・ローザ・フュリーセ》!」』

 剣の切っ先が埋められたその場所から怪物そのものを苗床にするように、神話生物の全身に茶色の根が伸びていく。最後の触手の先端まで色が染まったとき、そこには一つの大きな花のつぼみがあった。

 地面に降り立った私が、剣を収めると真っ白な薔薇は花開き、神話生物はこの世から姿を消した。

 肉体的疲労よりも、こんな非現実的なことを自分の手でやってしまったということに対する精神的疲労から、私は大きく肩を揺らして息をする。

 視界を埋め尽くすほどに大きい白い薔薇の花は、さらさらと砂時計が落ちるように、ひとりでに散っていって、風に乗って道の上へと舞い上がった。

 薔薇の花弁が舞い踊る中、私は気絶した杏子のもとへ歩み寄る。

 彼女の身体が寝息によって規則正しく揺れていることを確認して、私は深く息を吐く。

 目元を隠すサークレットを外すと、私の服はあっという間にセーラー服に戻った。

「これが、私の仮面……」

 掌の上のサークレットは、私が眺める前で、銀色の十字架のペンダントに姿を変える。それはあの夢で母親から受け取ったものそのものだった。

 三つ編みをたくし上げて、自分の手でペンダントを着ける。

 これは、私の力の象徴。

 私が、自分を、家族を、故郷を、そして杏子を守るために欲したペルソナ。

 魔法少女として生きる私は、ここに始まったのだった。



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