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私のことを守ってくれた少女は、私に話したいことがあるといって、私を誘った。もう日は暮れていたけれど、このまま放り出されるほどたまらないことはないし、快くその誘いに乗ることにした。
一旦駅前まで戻って、私たちは適当なファーストフード店に入った。向かい合って座る彼女はすでに魔法少女としての変身を解き、普通の女の子になっていた。
「私は平須舞。鹿目大学付属高名女子中学一年生で、魔法少女です」
舞は中学生にしてもわりと小柄で、ツーサイドアップという髪型もあって、見た目だけなら小学校中学年くらいにも見えた。しかし、ブレのない敬語や、白ブラウスに紺のニットベスト、灰色のプリーツスカートというかっちりとした服装から見た目以上に大人びた娘なのだと感じた。
「カナタカって二駅向こう、だよね。その辺に住んでいるの?」
カナタカ――鹿目大学付属高名女子中学の通称――は藤砂、木鈴のさらに一つ隣の高名駅前にある私立中学校だ。女子中ということもあってお金持ちのお嬢様しかいないと噂だったのだけれど、こんなところで縁があるとは思わなかった。
「いえ、私が住んでいるのは藤砂と木鈴の境くらいです。だから今日もどうにか間に合って、良かった」
「うん、本当に助けてくれてありがとう。あのままだったらきっと私は……」
さっきの場面を思い出すと同時に、お母さんはあの後どこに行ったのだろうかと今更の疑問を抱いた。私が舞ちゃんと話し始めた時にはもういなかったような気がした。
「私も魔法少女になって結構経ちますが、神話生物に襲われているのを救うなんて初めてで、かなりハラハラしました」
現実ではヒーローは遅れてやってくる、なんてことはそうそうないのか、と少し安心した。
と、そこで、私は自分の自己紹介を忘れていることに気がつく。
「あ、ごめんね。自己紹介忘れてたね。私は藤砂市立南中学校二年の上岡かさね。普通の中学生、かな。たぶん」
最後の文言は特に言うことも思いつかなかったから付け加えただけだったのだけれど、舞はそれに首を振った。
「かさねさん、あなたは普通の中学生ではありません」
「へ?」
「あなたは魔法少女になります」
奇しくも、私を救った魔法少女が言ったのは母親と同じだった。
その奇遇にも、偶然が示す必然にも、私は絶句する。
「信じられないでしょうけど、あの怪物――神話生物と呼ばれるのですが、あれは普通の人間には見えません。魔法少女にしか見えないんです」
だから、神話生物を見ることができた私は、魔法少女になる――ということか。
しかし、私が考えていたのは、自分が魔法少女になるということよりも、母親が言っていたことがどうやらデタラメではなさそうだということだった。
「えっと、舞ちゃん」
「はい、なんでしょう?」
「魔法少女になる時には、不思議な夢を見たりする……のかな」
「夢、ですか? 私は見てないと思いますが、覚えてないですね」
じゃあ、夢を聞いたところは嘘? それならどうして、わかったのだろう。それとも本当に魔女としての知識がある……?
「ポップ、知ってる?」
舞がなにかの名前を呼ぶと、彼女の肩の上に黄色いふわふわとした丸っこい生き物が現れる。
「聞いたことないぽ」
目鼻口のついた黄色いふわふわは光を放ちながら、奇妙な語尾で質問に答えた。
これは、なんだろう……舞ちゃんは「ポップ」と呼んでいたけれど……私の珍獣を見るような視線に気づいてふわふわは一層強く光を放ち、テーブルの上を浮き沈みする。
「なんだぽ! 質問に答えてやったのにその態度はぽ! やんのかぽ!」
見た目のかわいさとは裏腹に、語尾を除けば言っていることはただのチンピラだった。
「ごめん、気にしないで」
舞は平手を振り下ろして、ふわふわを机の上に叩きつけながら、早口で謝った。
それから、敬語が崩れたことに気がついて、付け加える。
「……ください」
二重の恥ずかしさに顔を赤くする舞。
なんとなく、ようやく彼女も同じ中学生なんだということが実感できて、くすくすと笑った。私が笑ったのを見て、最初は頬の赤みを強めた彼女も、少しずつおかしくなったようで、彼女からも笑い声が聞こえ始める。私たちは束の間、笑いあった。
笑いが収まった頃、私は一つ尋ねた。
「そのふわふわは誰なの?」
この時も「言うに事欠いてふわふわとはなんだぽ!」と騒ぐ声があったが、舞は無視して答えた。
「この子はポップっていって、私の使い魔なんです」
「使い魔?」
「使い魔っていうのは、魔法少女に力を与える存在で――そうですね、魔法少女についても説明してしまいましょうか」
彼女は一旦オレンジジュースで喉を潤してから、説明を始めた。
「魔法少女というのはポップのような使い魔に選ばれて、『正義』のために力を与えられる者たちのことです」
そういうところも私の知っている魔法少女なんだな、なんて、すでに半分以上減ってしまったアイスティーのカップの冷たさを右手に感じながら、私は他人事のように思った。
「使い魔から与えられた力で変身すると、魔法少女は一人に一つの武器を持ち、少女ならドレス、少年なら鎧の姿になります」
「男の子が魔法少女――いや、魔法少年? になることもあるの?」
「ええ、あるらしいです。私は見たことありませんが、ポップが言うにはそうだと」
話題に出た使い魔に目を落とすと、ちょうどご主人のトレーからフレンチフライを一本くすねとってむしゃむしゃ食べているところだった。
(こいつ、もの食べるのか……)
それにしても手もないのにどうやって、容器からポテトを取り出したんだろう。
「私たちの使命は、神話生物を排除することにあります」
そういえば、母親も神話生物を倒す使命を負うということを言っていたことを思い出す。やはり、彼女の言葉がでたらめだったということはないようだった。
「ところで、さっきも言ってたけど神話生物ってなに?」
「ああ、そうですね。神話生物っていうのはさっきの怪物的なものの総称です」
すると、補足をするように卓上のポップが口を挟んだ。
「神話生物は旧神の手先なんだぽ」
「旧神?」
使い魔が自発的に加わるとは思わなかったので少々驚いて、テーブルを見下ろした。
「旧き神と書いて旧神ぽ。旧神はかつて世界を支配していた神で、神話生物を使って復活するための力を集めているんだぽ」
「旧神が復活すれば人間がどうなるかわからない。だから、私たちは神話生物を倒さなきゃいけないんです」
旧神の復活を妨げるため、神話生物を倒し続ける――それが魔法少女の使命。
彼女がいつ魔法少女になったのかはわからないけれど、少なくとも小学生が背負うには酷すぎる使命だ、と私は胸中で呟いた。
「ポップのような使い魔は常に魔法少女になれる人間を探していて、そうやって使い魔に出会う前、魔法少女となる人は必ず神話生物を目にすることになります」
説明を続ける舞は、真剣な瞳で私を見つめた。
「だから、もしかしたら仲間になれるかもしれない人と、話しておきたかったんです」
魔法少女、使い魔、魔女。
神話生物、旧神、邪神。
世界の危機。
そんなことをいきなり目の前に並べたてられて、正常に判断ができるわけがないし、私の頭の中は二種類混ぜられたジグソーパズルのように、ピースを探すのに必死だった。
ただ、それでも、自分の命を救ってくれた少女の真剣な思いには応えたい。
それは正直な気持ちだった。
「私から話したいことはそれくらいです。なにか聞きたいこととかありますか?」
彼女は私がなにか答えるのを待つことなく、話の終わりを告げた。
「今日初めて神話生物を見たんだけど、ああいうのは結構その辺にいるものなの?」
私はずっと気になっていたことを尋ねる。あんなビジュアルのものが街中を闊歩しているのが、魔法少女の日常なのだろうか。
「いえ、そうそういるものでもありません。週に一回出るか出ないかというところですね」
不安は否定されて、私はほっと胸を撫でおろす。その様子を見て、舞はカバンから携帯電話を取り出した。
「一応現れたらポップが察知しますが、もしも出会ってしまったときのために連絡先を渡しておいた方がいいですね」
「お願いします!」
いざあんなのと出会ってしまったときに頼れるところがあるのとないのでは雲泥の差だ。お互いに連絡先を交換し、携帯をしまったところで、私はもう一つ質問を思いついた。
「最後にもう一つ、訊いてもいいかな。今の話にはちょっと関係ないんだけど……」
「なんですか?」
「邪神ナイアルラトホテプって知ってる?」
これには質問した舞ではなく、ポテトの空き容器に頭を突っ込んでいたポップが反応した。
「ナイアルラトホテプは『這いよる混沌』『無貌の神』の名で知られる邪神ぽ。幻夢境とネクロノミコンの管理人を任されているといわれるぽけど、実際に会ったものは見たことないぽ」
『邪神ナイアルラトホテプ』って、ある言葉なんだ……。
母親の話の信憑性が強化される形になって私は困惑せざるを得なかった。
「ところで、かさねさんはなんで邪神の名前なんか知ってるんですか?」
「ええっと……」
さすがにお母さんが言っていたからとは言いづらいな……。
「神話生物が言ってたから……?」
「なに言ってるんですか? 神話生物はしゃべりませんよ」
え……しゃべらない?
脳裏に摩擦音のような奇妙な音が蘇る。その音はやっぱり言葉には聞こえなくて、あの時のあれは空耳だったのかもしれないと結論付けた。
舞はちらりと腕時計を見る。
「もうこんな時間ですね。そろそろお暇させていただこうと思います」
「あ、そうだね。私も帰らなくちゃ」
私たちは顔を見合わせて、同時に席を立った。軽く世間話をしながら店外に出ると、もうすっかり日は暮れていた。
「それじゃあ、きっとまた」
「うん、バイバイ」
駅方面に歩き出す舞に手を振って別れる。この辺りは、駅前の雑踏を抜けると、急に人気も明かりもなくなる。暗闇の中、一人になった私は、この闇夜のどこに怪物がいるかわからないと思うといつも通っている道が怖くて仕方なくなって、走って家を目指した。




