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私が叫ぶように問いかけても、母親は無表情のまま、ただ口を動かすだけだった。
「死の瞬間、人間は最も世界に近づき、最も上位存在と接続しやすくなるのよ」
上位存在。接続。
彼女の言葉は結論だけを伝えていて、それだけを聞いても理解できない。
でも、一つだけわかることがあるとしたら、それは、彼女は舞ちゃんを使ってなにかをしようとしているということ。
「お母さんが作ろうとした救世主は私であって、舞ちゃんは関係ないでしょ!?」
彼女は、挑戦的な瞳を私に向ける。
「あなた、本当に自分が救世主にふさわしいと思ってるの?」
「……っ!」
救世主、と呼ばれながらずっと思っていたことは指摘されて、私は言葉に詰まる。
結局ただの魔法少女である舞ちゃんにすら、勝てていない。
そんな私が、救世主として、世界を救うところなんてまったくイメージできなかったのだ。
事実、彼女の手記にだって書いてあった。
私は、救世主の〝礎〟なんだ、と。
「かさねが救世主の器にふさわしければ、また違うプランで動いていたわ。でも、いくら追いこんでも、あなたはなにも起こさなかった。だから、かさねの実験から得た結果をもとに、次のステージに進むの」
例え私が救世主にふさわしくなかったとしても、それが彼女を巻き込む理由にはならない。
ましてや拳銃で撃つ理由になんて――!
「でも、じゃあ、魔法少女が必要なら、私を使えばいいじゃない! 舞ちゃんを巻き込む理由はないでしょ!?」
「それは無理ね。かさねは、二つの魂が対として強く結びついていて特殊すぎるから。今回必要なのは、等価でありながらそれぞれ違う輝きを持つ九の魔法少女の魂、そして、それらを結びつけうる強力な一つ――平須舞は最適だわ」
「まさか……他に九人も……!」
こともなげに口にされた言葉に、私が抱いた疑念は、彼女の頷きによって肯定される。
舞を含めて、十人もの魔法少女を彼女は手にかけていたというのか。
「そこまでして、なにを……」
「旧支配者の力に対抗するためには、数を積み重ねるだけでは意味がないわ。死に瀕した最も強い魂を核に、さらに九つの魔法少女の魂を接続し、一人の人間に植えつける。十の球を内包する一の器と一の魂、それはセフィロトの再現よ」
セフィロトの樹――それはユダヤ教神秘主義カバラにおいて世界の創造の段階を示した図形で、十の球と二十二の小径、そして、隠された一つのダアトからなる。
神の属性を表す十のセフィラを魔法少女の魂によって表し、それを植えつけた人間の魂をセフィラの共有体ともいわれるダアトとして、一人の人間をセフィロトとしようと彼女は言っているのだった。
「でも、そんなことをしてなんになるっていうの?」
そんな猟奇的でスピリチュアルなアートは駅前のギャラリーに置いておくわけにもいかないだろう。
視線の力を強くする私に、彼女は涼しげに説明を続けた。
「魔術とは、因果の形成。理由がなければ動かない世界に理由を与えてあげること。ヨグ=ソトースへ直接アクセスできない私たち独立種族は、記号という形で上位存在に呼びかける。記号という形で似せられた情報は、その大元になった神――すなわち旧神や旧支配者などの上位存在のもとに届き、その加護を受け、よりそれに近づくように改変が為されるの」
でも、そもそも彼女の目的は旧支配者を倒すことにあるはずだ。
それに、こんな片田舎でセフィロトを祀り上げたってそんな都合よく神様が加護を授けてくれるっていうのは、ちょっと都合がよすぎる。
「旧支配者を倒すために旧支配者が力を貸すなんておかしいと思わないの?」
私がさらに疑問を呈すると、彼女は思い出したという風に見せる。
「かさねにはまだ言っていないことがあったわね」
まだ銃口をこちらに向けたままの彼女はもう片方の手を気だるそうにポケットに入れて、この世界の仕組みについて、話し始めた。
「アザトースによって作られたこの世界は、一つの方向性を持つ。それは、創造主と同じ、世界への存在を確立すること。ヨグ=ソトース上にしか存在しない私たちが、真に世界に存在し、アザトースの隣に立つ。それが、この世界が達すべき目的であり、与えられた問いなの。そのために、この世界が答えを出すために、そして、真理そのものである〝銀の鍵〟に辿り着くために、アザトースに連なるものどもは動き続けている」
ヨグ=ソトースは、シミュレーション世界なのだと彼女は語った。
私たちが、ここを出て、本来の世界で存在できるようなスキームを完成させる。
それが、この世界が生まれた意味であり、至るはずの真理を〝銀の鍵〟と呼ぶ。
そんな、あるのかもわからないもののために、私たちは生きているというのか。それとも、あるかもしれないものを追い求められるだけ、幸いなのか。
「人間に関するものだけでも、『這いよる混沌』ナイアルラトホテプが人間にネクロノミコンを渡し、『父なる神』ヤハウェ・エロヒムがナザレの若者に奇跡を与え、『名状しがたきもの』ハスターが魔法少女を作るように、外なる神、旧神、旧支配者、そのどれもが、力無きものに力を与えることで、新たな可能性を見出そうとしている。だから、自分に発信される情報は、記号は、儀式は、祈りは――それがどんなものであろうと、無下にはしないわ。それが上位世界へと近づくための手掛かりとなるかもしれないからよ。
私は旧支配者から人類を救うために働いているけれど、大きく見ればその動きの中にいる。その中で加護を得ようとすることは、確実とは言えないけれど、分の悪い賭けじゃないでしょう?」
まるでこのために用意していたかのようにすらすらと神と世界の真理について語る彼女が、もうとっくに、ちっぽけで狭量な社会を捨てるのに十分な狂気に侵されていることは疑うまでもなかった。
こんなことを――神の意図を、世界の意義を、求めるべき真理を知ってしまって、間違いなく理解してしまったら、もう、正気でなんていられるはずがない。
等身大の人の身では相対することのできない大きさと重みを持つ事柄と向き合うために、彼女は、人間としての正気を捨てたのだ。
それとも、捨てさせられた……?
じっと母親を見つめる私にもう示す疑問がないことを悟った彼女は、手を差し出して、胸中に抱かれた魔法少女を求めた。
「話が長引いたわね。平須舞をこちらに渡しなさい。さもなければ、彼女の魂は、永遠に失われるわ」
その手ぶりを合図にして、私の周囲にどこからか何頭かのミ=ゴが降り立った。舞の肉体を受け取ろうとする。
彼女の言葉が真実なら、少なくとも、これを渡せば、舞の魂は取り出され、消えることはないのだった。
なにもすることができない私が、これを抱いていても仕方がない。
触角を暴れるように振り回すミ=ゴたちの鋏に、舞の身体をそっと差し出した。
「あら、素直ね。理解を示してくれたってことでいいのかしら」
「最後に、二つ聞いていい?」
そう言いながら、私は頭の中で、聞くべきことを整理する。
「手短にね」
母親は、ちらりと私の背後の蟹たちに目を向けた。
私は、舞の身体をいじっている彼らを視界に入れないようにしながら、尋ねた。
「娘の友人を殺し、息子を殺し、九人の少年少女を殺したことはどう思ってるの?」
「私はまだ、誰も殺してなんかいないわ」
舞の胸を目の前で撃ち抜いておきながら、ぬけぬけとそんなことを言う彼女に、私の頭は一瞬で沸騰する。
胸倉をつかんで、その端正な顔をぶん殴ってやろうかという衝動が私の身体を駆ろうとしたが、嫌らしく笑う邪神の顔が頭をよぎって、私は気がついた。
それが、彼女が言っていた、ネクロノミコンを〝読み込む〟という意味なんだ。
あの優しかった母親が嘘だったわけではない。
知ってはいけないことを知ってしまった彼女は、人として間違っていて、正しく狂っている。
正しさの基準が違う、それだけのことだった。
「もう一つは?」
急かすように、彼女は私を促した。
最後の最後、彼女の意図が見えた今、母親だと分かったことで、むしろ聞くことができなかったことを聞こう。
本当は聞く必要なんてない。うすうすわかっていたことだし、彼女も隠す気なんて無いようだった。
例え、実験のためにそうしたんだとしても、私を助けてくれて、優しくしてくれた彼女を、歩み寄ってきてくれた母親を責めるようにはしたくなかった。
でも、今、私は、彼女を糾弾するために、彼女に問いかける。
「結局――」
ミ=ゴと組んで私を覚醒させようとしたことも。
ショゴスによって杏子を人質にとって私を覚醒させたことも。
ナイアルラと組んでシャンタク鳥をけしかけて、私の力を引き出そうとしたことも。
「――全部あなたがやったことなんでしょう?」
「かさねが賢い娘に育って鼻が高いわ」




