4-6
私たちは、再び向かい合ってお互いの武器を構えた。
暗くなった河川敷では、相手の姿は見えづらくて、私は目を凝らすようにして、彼女の顔を見つめる。
すると、向こうからもこちらを見つめていた目と目が合う。
その瞬間、私は、足を――
「はい、一旦止め!」
ぱん、と大きく手を叩き、私と舞の間に、一人の人間が突然現れ、私たちを制止した。
「誰!?」
魔法少女を視認でき、その間に入ってくるような人物に舞は警戒心を露わにして、私に向けていたステッキを人影に向ける。
しかし、私はその人物を知っていた。
「お母さん?」
「ええ、そうよ。かさねも舞ちゃんも一回止まってね」
どうどう、と私たちを止めようとする彼女を指して、舞は戸惑うような様子を見せる。
「これが……上岡あさみですか?」
「舞ちゃん、あなたの三倍以上生きている私から一応アドバイスしておくけど、初対面の人を『これ』とか言うと関係に弊害が出るから気をつけてね?」
舞ちゃんが今度はこちらを非難するような目を向けてきた。ひとまず、両方の仲介役として、話をつなげることにする。
「ええと、そう、彼女が上岡あさみ――私の母親。こないだ話した時とはもう少し事情が違って、今は和解したというか、母娘の関係です、一応」
「……本当に信用できるんですか?」
疑いの目をお母さんに向ける舞。
確かに、私があの時話した内容からすれば、そうそう信じることができないのはわかる。
「ひとまず、私には、彼女が私の母親だっていう確信はあるよ。主観的なものだから説明はしづらいんだけど」
「そうじゃなくて、母親だからって――」
「えーと、とりあえず先に私が出てきた理由を話してもいい?」
いつまでも進まない状況に業を煮やしたのか、あさみは話をぶった切るようにして、声をあげた。
舞は、仕方なく口を閉じて、睨めつけるように彼女を見つめる。
……この二人、相性が良くないのかもしれない。
しかし、彼女がどうしてこの場に出てきたのか気になった私は、あさみの話に傾聴した。
「実は、どこかの誰かが重力平面とか銀河の再現とか宇宙級の魔法を乱打したせいで、周囲がちょっとまずいことになってるわ」
あさみが大人げなくもいやみったらしい口調で説明すると、都合の悪いことから目をそらすように、舞はふいっとそっぽを向いた。
私と一対一では見ることのなかった表情が少し新鮮で、私は目を丸くする。
「一応できるだけの対処はしたけど、一旦中断して、勝負は後日ということにしてもらえないかしら? これ以上大きくなると誤魔化し切れなくなって、街に悪影響が出るわ」
彼女の言う『悪影響』というのがどういうものなのかはわからなかったが、私たちの勝負が周囲に被害を及ぼしてもおかしくないレベルだということは、実際にそれを受けた私が最もよくわかる。そして、それに承諾する証として、私は変身を解いた。
「街に影響が出るなら、仕方ないですね……」
舞は残念そうだったが、自分が守る街に自分で被害を出すことを嫌って、彼女も同じように変身を解き、カナタカの制服に戻った。
私が変身を解いても、星色の薔薇は消えてしまうことはなく、手元に残ったままだ。
また、妙な物品が増えちゃったな。
この先、シャンタク鳥のように人を襲う神話生物が現れたとしてもこれはオーバーパワーすぎて使えないし、困った。
私が薔薇のつぼみを眺めてどうしようかと思案していると、お嬢様校の制服姿になった舞が隣に立って私に話しかける。
「かさねさん、どうしますか?」
「あー、このあと?」
「それもそうですけど、この勝負です」
「そうだね……。じゃあ――」
「舞ちゃん」
今度は、私の言葉を遮るようにして、あさみが舞の名前を呼んだ。
気に入ってはいない人間に呼ばれたとしても無視するような娘ではない彼女は、声の方に向けて身体を向ける。
「なん――」
パン! となにかが破裂するような音が、夜の河原に響いた。
生温かい液体が突然飛び散って、私のジーンズを濡らす。
目の前に立っていて、たった今まで普通にしゃべっていた舞の身体が、力なく私の胸に倒れ込んだ。
そして、母親の右手には、硝煙をくゆらせる拳銃が握られていた。
「え……?」
理解の及ばない光景に、意味のない声が漏れる。
ただ呆然と、胸に体重を預ける舞の形の良いつむじを見つめた。
「……お母、さん…………?」
「ええ、その通り。私は上岡あさみ、あなたの母親よ」
初めて言葉を交わした時を繰り返すように、彼女は名乗った。
「どうして……?」
だって、彼女は間違いなく私の母親で、私の相談を聞いてくれて、私に協力してくれていた。
ネクロノミコンによる影響があったとしても、それは私の家族の問題。
お母さんが、彼女を撃つ理由はないはずだ。
「どうして、舞ちゃんを撃ったの!?」
私が激しい剣幕で問いかけると、あさみは静かに言葉を発した。
「死。それは崩壊と再生。個人と世界の狭間。静止と螺旋」
答えにならない答えを返す彼女に、私はたやすく激昂した。
「意味の分からないことを――!」
弾劾の言葉を吠えようとした私のブラウスを、小さな力が引く。
驚いて、舞を見下ろすと、彼女は電池切れの近いおもちゃのようにぎこちない動きで顔を上げて、私と目を合わせた。ヒューヒューと息の漏れる音を混じらせながら、彼女は最後の力を振り絞るように私の名前を呼ぶ。
「か…………さね……さ……………」
「舞ちゃん……! 大丈夫!?」
こんな大けがで、大丈夫なわけがないのに、私はそんなことを考える余裕もなくて、ただ口についた単語を口にする。
服を掴んだ舞の手を握ると、彼女は私の指を力なく握り返す。
その手はまだ温かかった。
「…………どう……し……た…………か……?」
重傷を負いながら、痛みに喘ぎながら、彼女は私に言葉を伝えようとする。
震える瞼が今にも閉じようとしていて、その隙間からゆらゆらと焦点の合わない瞳が覗く。せり上がってきた液体が、だらしなく唇から溢れて、舞の真っ白な首筋を染めた。
私は、たった今、彼女が私に発した声を脳裏に再生した。
――かさねさんは、どうしたいですか?
それは魔法少女の誇りをかけた真剣勝負の行く末。
彼女が勝った時、私が叶える願いは、『魔法少女をやめる』ということだった。
それは、私と彼女の立場が分かれたあの時、その溝を埋めるために、舞が思いついた一つの道だったのだろう。
最善が分からないままでも、彼女は行動することを選んだ。
結局、どうするのが正解なのかはわからないままだけれど、その中で、どうしてほしいかを彼女は告げた。
この戦いは、あの日の精算だった。
だから、彼女は、私がどうしたいのかを、私が望む道をこの戦いで問うた。
今、その答えを――
「舞ちゃん!」
呼びかけると、ピクリと唇の端が動いて、彼女は紫色になった唇を開こうとしたが、むせるようにゲホゲホと地面に向けて大きく咳き込む。
彼女の全身が大きく震えて、それから、止まった。
「舞ちゃん……?」
まるで、糸の切れた操り人形のように、舞の身体は、ピクリとも動かない。
急に金臭いにおいが鼻について、支えた私の手が、じっとりと濡れたブレザーの背中に触れた。
ぼんやりとした光を放つつぼみが手のひらを照らす。
彼女の小柄な背中から胸にかけて空いた一本の穴から、鮮やかなほどに真っ赤な液体がとろとろと零れる。
このままいけば、舞ちゃんは――死ぬ。
「どうして……!」
私の口から、意味のない言葉が、こぼれる。
これじゃあもう、私たちはわかりあえない。
お互いの望みを汲んで、ゆっくりと歩み寄っていくことも、
私の要求を聞いて、彼女が困ったような顔でそれを受け入れることも、
電撃のようにお互いのことを理解して、わからなかったときのことで笑い合うこともない。
動かなくなった舞の身体を抱きしめると、私の頬に、つぅっと一筋の涙が跡をつけた。
ここで終わり。
私たち、はもう存在しない。
死は、消失であり、不可逆でぶつ切りの終わりだ。
「なんで……こんなことするの……? ねぇ――お母さん!」




